がんの予防や進行を抑えるために、食生活で気をつけるべきことは何か。東京工科大学教授の佐藤拓己さんは「糖質を減らすことが有効だと考える人も少なくないが、糖質を一律に制限することには危険がある。
がんとの長期的な共存を目指すには、がんの原発巣を小さくすることよりも、悪性化や転移をいかに抑えるかが重要だ」という――。(第2回)
※本稿は、佐藤拓己『アメリカ人を巨大化し、日本人を糖尿病・脂肪肝にする果糖の正体』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■無理な糖質制限が命を縮める
正常細胞はブドウ糖だけでなく、アミノ酸、脂肪酸、脂肪など、多様な物質を酸化し、エネルギーを得ている。このとき、酸素を使ってエネルギーを大量に生み出すことができる。
細胞ががん化すると、酸素を使わず、ブドウ糖を使った「解糖系」という代謝経路だけに頼ってエネルギー生産を行なうようになる。これは「ワールブルグ効果」(※1)と呼ばれる。この性質は、がんの研究のなかで中心的な課題だった。また治療への応用も検討されてきた。
がん細胞を兵糧(ひょうろう)攻めにするためには、ブドウ糖をがん細胞に与えないようにすればよいという意見が、一部のがんの臨床医を中心に今でも根強くある。がん細胞へのブドウ糖の供給を絶てば、がん細胞はエネルギー不足で死ぬだろう。これは、がん治療に糖質制限を用いる医師の理論的な根拠だ。
ただし、この方法は、2つの理由で現実的ではない。

■「がん化」だけでは人は死なない
1つは、糖質制限をしても血糖値はほとんど下がらない。絶食を数日間持続すると、ほんの少し下がる程度だ。だからがん細胞の微小環境において、ブドウ糖の濃度は低下しない。たとえ低下してもほんのわずかである。肝臓が血糖値を一定に保つために、ブドウ糖を生産して血中に放出するからだ。
もう1つは、がん患者に糖質制限を用いることは、大変に危険だということだ。がんの患者が糖質制限をすると、急激にやせて体力を失い、かえってがんの悪性化を進める危険が大きい。がんの原発巣が縮小する前に、あちこちに転移巣が出現して、患者の命が危険になる可能性の方がはるかに高い。
がんは、無限に増殖する細胞だ。ただ、がんの原発巣が出現しただけでは人間は死なない。人が死ぬのは、がんが悪性化するからだ。悪性化すると転移や浸潤(しんじゅん)が起こり、じっさいに腹膜、肝臓、肺や骨などに転移するため、人間の命を奪う。

だからがんの悪性化を抑制できれば、がんとの長期間の共存も可能だ。悪性化さえしなければ、家族と一緒の生活を何年も続けることが可能だ。「糖質制限」を行って、がんの原発巣を縮小することに躍起になるよりも、「果糖制限」を行って、がんの悪性化を抑制する方策を取るほうがはるかに生産的だろう。
■果糖の摂りすぎががんを悪性化させる
がん細胞による果糖の利用は、転移を促進する。果糖ががんの悪性化を誘導することを実証した画期的な論文がある(図表1)。ヒトではまだ十分に検証されてはいないが、果糖制限ががんの悪性化を止める可能性は高い。
最新の研究成果によれば、がん細胞は、2段階のエネルギー代謝の変容を起こす。
がん化:ブドウ糖だけをエネルギー生産に利用する。

悪性化:果糖だけをエネルギー生産に利用する。(※3)
がんの悪性化を止めれば、がん細胞との平和共存を可能にするだろう。このためには、がん細胞による果糖の利用を最小限にする必要がある。
果糖はGLUT5(グルット5)(※4)という膜タンパク質を通って体内に入る。
GLUT5は腸管の上皮などに発現している。もしGLUT5の阻害剤があれば、それはがんの悪性化を抑制し得る。じつは、GLUT5阻害剤(※5)は、創薬科学の最もホットな部分だ。
■膵臓がんや大腸がんの暴走を止める新薬
21世紀の創薬科学は、短時間で阻害剤を創製できる。ターゲットであるタンパク質がわかれば、コンピュータですぐに立体構造を推定できる。さらにこの立体構造に特異的に結合する化合物を、コンピュータ上で検索できる。だから、がんの悪性化を促進するタンパク質がわかれば、その日のうちに何種類かの阻害剤の候補を分子設計することは容易だ(図表2)。
GLUT5阻害剤は、マウスの脂肪肝や肥満を強く抑制する。やはり果糖が脂肪肝や肥満を引き起こしていたのだ。すると、糖質すべてを抑制しなくてもいいことになる。果糖だけを抑制すれば、生活習慣病はかなりの部分が抑制できる(図表2)。
がん細胞が悪性化するとき、何が起こるのか? これはまだ正確にはわからない。
少なくとも、果糖の取り込みの増加が、悪性化を決めている可能性は高い。がん細胞(とくに消化器系のがん細胞)が悪性化すると、果糖の取り込みを担うGLUT5が強発現するからだ(図表3)。
がんが悪性化すると、果糖だけを取り込んで、これをエネルギー基質とする異常なエネルギー生産を行なう。
GLUT5阻害剤は、ステージ4のがんを抑制する可能性が高まっている。じっさいに基礎研究のレベルでは、GLUT5阻害剤は、膵臓(すいぞう)がんや大腸がんをはじめとして、多くの悪性度の高いがんを抑制することが多数報告されている。
■新薬完成を待たずに今すぐ試せる予防法
卵巣がんの患者で比較すると、明らかに、転移したがんの方がGLUT5の発現が高い。また、GLUT5の発現によって、生存率が大きく異なる。GLUT5の発現が強いほど、生存率は下がる。
果糖を取り込めないようにしてやれば、がんが縮小する可能性は高い。もっと具体的にいえば、GLUT5の阻害剤が、がんの悪性化を止める可能性はある(図表4)。
何よりも、GLUT5阻害剤の実用化が待たれる。まだ基礎研究の段階で、ヒトの臨床研究にさえ入っていない。
市場に出るまでには、最低でもあと10年以上は必要だ。また、ヒトの臨床試験で脱落する薬剤も多いので、ここは時間をおいて見守るしかない。
しかし、落胆することはない。GLUT5阻害剤と同じ効果を、すぐに得ることができる。それは簡単なことだ。糖質のバカ食いさえしなければ、果糖は体内ではほとんど合成されない。体外から入ってくる果糖をなくせばよい。すなわち果糖制限をすればよい。

(※1)ワールブルグ効果:ドイツの生化学者であるオットー・ワールブルグは、がん細胞は、酸素が十分であっても、ミトコンドリアを使わず、解糖系という代謝経路を優先してエネルギー生産を行なうことを発見した。

(※2)ケトヘキソキナーゼ(KHK):フルクトース(果糖)をフルクトース‐1‐リン酸へリン酸化する酵素で、フルクトース代謝の“最初のゲート”を担う重要な酵素。

Zhang H, Zhu Y, Xu C. Ketohexokinase: A central mediator of fructose-associated pathogenesis and promising therapeutic target. Pharmacol Res. 2026 Aug;230:108330.

(※3)悪性がんの果糖取り込みの増加:転移能を持った悪性のがん細胞は、果糖の取り込みが増加する。果糖だけに依存したエネルギー生産を行なうようになる。



1. Cui Y, Tian J, Wang Z, Guo H, Zhang H, Wang Z, Liu H, Song W, Liu L, Tian R, Zuo X, Ren S, Niu R, Zhang F. Fructose-Induced mTORC1 Activation Promotes Pancreatic Cancer Progression through Inhibition of Autophagy. Cancer Res. 2023 Dec 15; 83(24): 4063-4079.

2. Jin X, Liang Y, Liu D, Luo Q, Cai L, Wu J, Jia L, Chen WL. An essential role for GLUT5-mediated fructose utilization in exacerbating the malignancy of clear cell renal cell carcinoma. Cell Biol Toxicol. 2019 Oct; 35(5): 471-483.

3. Yang J, Dong C, Wu J, Liu D, Luo Q, Jin X. Fructose utilization enhanced by GLUT5 promotes lung cancer cell migration via activating glycolysis/AKT pathway. Clin Transl Oncol. 2023 Apr; 25(4): 1080-1090.

(※4)GLUT5:肝臓や小腸などの上皮細胞に存在し、果糖だけを輸送する膜タンパク質。

1. Du L, Heaney AP. Regulation of adipose differentiation by fructose and GluT5. Mol Endocrinol. 2012 Oct; 26(10): 1773-82.

2. Liang RJ, Taylor S, Nahiyaan N, Song J, Murphy CJ, Dantas E, Cheng S, Hsu TW, Ramsamooj S, Grover R, Hwang SK, Ngo B, Cantley LC, Rhee KY, Goncalves MD. GLUT5 (SLC2A5) enables fructose-mediated proliferation independent of ketohexokinase. Cancer Metab. 2021 Mar 24; 9(1): 12.

(※5)GLUT5阻害剤:GLUT5を抑制することにより、果糖の取り込みを阻害する薬剤。少なくとも動物では、乳がんや大腸がんなどの悪性がんを抑制する。MSNBAが代表例。

1. Włodarczyk J, Włodarczyk M, Zielińska M, Jędrzejczak B, Dziki Ł, Fichna J. Blockade of fructose transporter protein GLUT5 inhibits proliferation of colon cancer cells: proof of concept for a new class of anti-tumor therapeutics. Pharmacol Rep. 2021 Jun; 73(3): 939-945.

2. Chan KK, Chan JY, Chung KK, Fung KP. Inhibition of cell proliferation in human breast tumor cells by antisense oligonucleotides against facilitative glucose transporter 5. J Cell Biochem. 2004 Dec 15; 93(6): 1134-42.

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佐藤 拓己(さとう・たくみ)

東京工科大学応用生物学部教授

1961年岩手県生まれ。岩手県立一関第一高等学校理数科、東京大学農学部畜産獣医学科卒業。京都大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。大阪大学蛋白質研究所研究員、財団法人大阪バイオサイエンス研究所研究員、岩手大学工学部准教授、米国サンフォード・バーナム研究所研究員を経て現職。専門は神経科学、抗老化学。著書に『脳の寿命を延ばす「脳エネルギー」革命』『恐竜はすごい、鳥はもっとすごい!』(ともに光文社新書)、『ケトン体革命』(エール出版社)がある。

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(東京工科大学応用生物学部教授 佐藤 拓己)
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