FIFAワールドカップは1930年の第1回大会から100年近い歴史を重ねてきた。しかし、その頂点に立った国はわずか8カ国しか存在しない。
(文=中西哲生、写真=アフロ)
なぜアフリカは育成年代で勝ててもW杯を制せないのか
「21世紀はアフリカの世紀になる」
そう言われていた時期があります。その象徴が、1990年のFIFAワールドカップ・イタリア大会です。カメルーン代表が前回王者のアルゼンチンを破り、アフリカ勢として初のベスト8に進出しました。あの大会を境に、アフリカのサッカーを見る目は明らかに変わりました。身体能力に恵まれた選手の宝庫から、いずれヨーロッパや南米が独占してきた頂点に手をかける国が現れる。そう信じていた人は少なくありません。実際、その後アフリカ出身の選手たち
はヨーロッパのトップクラブで次々に主役の座をつかんでいきました。
それでも、アフリカから新しいワールドカップ優勝国が出ることはありませんでした。面白いことに、若い世代の世界大会やオリンピックに目を移すと、景色は一気に変わります。
17歳以下のワールドカップでナイジェリアが5回も優勝しています。20歳以下のワールドカップでも、2025年にモロッコがアルゼンチンを決勝で破って初優勝を飾っています。
23歳以下を基本とするオリンピックの男子サッカーでも、1996年のアトランタ大会ではナイジェリアが金メダル、続く2000年のシドニー大会ではカメルーンが優勝するなど、名実ともに「アフリカの時代」が到来しています。
ところが、年齢制限のないフル代表のワールドカップになると、2022年カタール大会でモロッコがベスト4入りしたのが最高の成績。育成年代で無類の強さを誇るナイジェリアは、日本と同じくベスト8の壁を破れずにいます。
アフリカには選手が成長するにつれて代表チームのプライオリティが下がる、国内の協会運営が不安定などのアフリカ特有の事情を差し引いても、この結果は純粋な競技性以外にも理由がありそうです。他の有力国では、3度決勝に進んでいるオランダ、FIFAランキング1位をキープしていた時期もあるベルギーなどの実力国も、「ワールドカップ優勝は遠い夢なのか」と戴冠を熱望しています。
「ワールドカップの勝ち方を知っている国じゃないと優勝できない」は、長く語られてきた金言ですが、わかりやすく言えば、日本人だけでなく世界中の人たちが、ワールドカップで優勝することは簡単ではないという、呪縛にも似た暗示にかかっているのかもしれません。
人口も経済力も関係ない。W杯優勝を説明できない理由
興味深いのは、これだけサッカーが世界中に普及し、各国がこぞって強化に乗り出しているにもかかわらず、ワールドカップ優勝の条件が確定できないことです。
通常、ある程度の人口を有し、経済的にも豊かな国が選手育成や代表チーム強化に本腰を入れれば、ある程度の結果が出るものです。しかし、サッカーではなかなかこれが当てはまりません。
世界最大の経済力を持つアメリカも、広大な国土と14億の人口を擁する中国も、ヨーロッパとアジアにまたがる巨大国家ロシアも、高まる「サッカー熱」と比例して好成績を残すことに成功していません。経済力も、人口も、面積もサッカーの強さを示す指標にはなり得ないのです。
優勝国はわずか8カ国。そのすべてにあった共通点
僕は、日本がこの優勝国リストに名を連ねる日を夢見て、8カ国の共通点を探ることにしました。すでにお話ししたように、国力を示すような指標で見れば、この8カ国よりもより優勝にふさわしい国もあります。シンプルにサッカーの文脈に立ち返ったときに見えてきたのが、この8カ国すべてもれなく、ピッチの上に体現される強烈な特徴を持っているということです。
最多優勝のブラジルは言うまでもなく、独特のリズムでの個人技が武器です。全員が全員、「自分が1対1に勝ってゴールに突き進む」という論理を身体に染み込ませていて、その集積が結果としてチームになっています。
ドイツといえば“ゲルマン魂”に象徴される勝負強さが持ち味です。1990年のイタリア大会準決勝でPK戦の末当時の西ドイツに敗れたイングランドのゲーリー・リネカーの「サッカーは単純なゲームだ。22人が90分間ボールを追いかけ回し、最後はドイツが勝つ」という有名な言葉は、ドイツサッカーをよく表しています。
同じく4度の優勝を誇るイタリアは、守備の文化、閂(かんぬき)を意味するカテナチオの国として知られています。
ディエゴ・マラドーナ、リオネル・メッシとサッカーの歴史に名を刻む天才を輩出したアルゼンチンは、個人技に長けた選手を要しながらも、激しさも備えている。隣国ブラジルともまた違う存在感があります。
フランスはといえば、選手が流動的にピッチ上を駆け回り、ボールも人もビンから泡が噴き出すように勢いよくはじける“シャンパンサッカー”。
“無敵艦隊”スペインはボールを保持しながらゲーム支配率を高めるポジショナルサッカーで世界のサッカーのあり方を変えました。
イングランドは、自国開催大会でしか優勝していないうえに、決勝戦の「疑惑のゴール」もありますが、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに才能が分散する事情があるにもかかわらず、力強く正確なキックを武器に大胆なチェンジオブペースをはかるダイナミックなサッカーはサッカーの母国の面
目躍如と言ったところです。
唯一例外なのは、1930年の第1回大会と1950年、いずれも参加国が13カ国だった時代に優勝しているウルグアイですが、それでも、優勝経験国という一点だけ見てもウルグアイは侮れない古豪として、南米をリードしてきました。
こうして一つひとつ眺めていくと、この8カ国は、どの国も他国から見てもはっきりとした「自分たちのサッカースタイル」を持っていることに気づきます。
日本が“9カ国目”になるための条件
ここまで8カ国を眺めてきて、見えてきたことがあります。優勝国に共通するのは、強烈な国力でも、潤沢な競技人口でも、長いサッカーの歴史でもありません。他者との圧倒的な違い、つまり独自性です。ブラジルのリズム、ドイツの規律、イタリアのカテナチオ、スペインのポゼッション。
ワールドカップで頂点に立つためのマスターキーは、ここにあります。「サッカーとは何か」という問いに自分たちなりに答え、その答えをピッチの上で表現できるかどうか。優勝8カ国はみな、長い試行錯誤の末に自分たちだけの答えにたどり着いた国々です。
では、日本の特徴は何か。
古来、日本は海外のいいところを採り入れ、自分たちに合うようにアレンジしてより良いものを生み出すことに長けてきました。サッカーでもJリーグ開幕当初はブラジルの影響を強く受け、その後はフランスをはじめとする欧州の組織的なサッカーに傾倒し、やがて身体的特徴の近いスペインがお手本とされました。海外の成功例を取り入れてきた努力が、欧州のトップクラブに多くの選手を送り込む現在の日本代表を生んだのは間違いありません。
しかし、追いつくことと追い越すことは別の話です。先頭に立つためには、誰かの背中を追うのとは別の何かが必要です。
その「別の何か」は、実はもう日本の中にあります。
日本には、世界のどの国にもない長い歴史があります。
なにより日本は特殊なストライカー一人に依存せず、チームのために自分はどう貢献できるか?と選手全員がチームのことを最優先に考えてプレーすることができます。日本人は「自分が」よりも「全体が」を優先することが自然にでき、誰かのために力を出す「利他の精神」が、最大のエネルギー源になり得るのです。
窮地で目覚める「日本人の底力」
「利他のサッカーで勝てるなら苦労はしない」。そう感じる読者もいるかもしれません。
実際、日本代表の戦いぶりを振り返ると、その懸念にはうなずけるところがあります。決勝トーナメントで日本がまだ一度も勝てていない事実。ベルギー戦で2点を先行しながら逆転されたあの試合。日本代表にとって最もネガティブな状況は、実は「リードしているとき」なのかもしれません。
一方で、日本代表は番狂わせを起こしてきました。
日本代表が劣勢に強いのは、追い詰められて初めて「リミッターが外れる」からではないでしょうか。日本人と一くくりにすることが必ずしも正解でないことは理解していますが、一時は外国との交流を避けていた歴史を持つ島国である日本は、内に閉じこもりがちな傾向があると言われます。
控えめな国民性、調和を優先する日頃の振る舞いがサッカーでは必ずしもマイナスに働かないことはすでに説明しましたが、世界中の国々がとらわれているワールドカップの呪縛を解いて優勝を果たすためには、ある種のリミッターを外し能力を解放する必要があるのではないでしょうか。
僕は日本人こそ、リミッターが外れた瞬間に大きな力を発揮するのではと感じます。なぜ日本人には、それができるのか。
それは長い時間をかけて、この国の中に積み上げられてきた何かが、世界のどの国とも違う特徴を持っているから。日本人が千年以上をかけて磨いてきたものの中に、その手がかりはあるのです。
それを表現できたとき、日本は9カ国目への扉に手をかけることになります。
(本記事は青春出版社刊の書籍『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』から一部転載)
<了>
【第1回連載】なぜ久保建英は吹き飛ばされないのか。中西哲生が語る「フィジカルが弱い日本人」という誤解
【第2回連載】日本人だけが足を滑らせたアーセナルの練習。中西哲生がベンゲルとの邂逅で辿り着いた、世界との差の本質
【第3回連載】長友佑都を動かした「世界一のサイドバックになれない4つの理由」。インテルでつかんだ本物の信頼
【第4回連載】久保建英を世界基準にしたものは何か。小学5年生で備わっていた「考える力」の正体
【第5回連載】日本人選手は技術があるのに、なぜ試合で消えるのか? 混沌を掌握したペップとモウリーニョの最適感
[PROFILE]
中西哲生(なかにし・てつお)
1969年生まれ、愛知県出身。同志社大学経済学部卒業。現役時代は名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレー。2000年に引退。著書には『サッカー世界標準のキックスキル』(マイナビ出版)ほか、多数。TBS「サンデーモーニング」、テレビ朝日「GET SPORTS」でコメンテーターを務める。パーソナルコーチとして多くの現役プロサッカー選手を指導。2023年4月から筑波大学蹴球部テクニカルアドバイザーも務め、大学生の指導にもあたっている。



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