ジャック・ホワイト(Jack White)の最新アルバム『Frozen Charlotte』が、自身の主宰する〈Third Man Records〉よりリリースされた。ここで彼は終わりのない混沌、脅かされるつながり、包囲された理想主義と向き合っている。
なおかつ、これは最高にぶっ飛んだロック・レコードだ。

〈俺のルールはひとつ/終わらせられないことは始めない〉ジャック・ホワイトはアルバムの序盤「Derecho Demonico」にて、戦闘的なブルースのリズムが轟き、ギターが容赦なく一斉放射されるなかで宣言し、歯切れよく刻まれるリズムとソプラノ・ディストーションの痙攣の中で自身の行動規範を凝縮させている。それだけではない。〈俺が何をし/どうやり/なぜそうするのか/すべてお前には関係のないことだ〉と彼は警告し、弾丸を吐き出すかのように一節一節を放つ。まだ彼の意図が分からないだろうか? この曲のタイトルは、スペイン語で「悪魔の法律」を意味している。この男を敵に回すなら、危険を覚悟することだ。

『Frozen Charlotte』はホワイトにとって、ここ4年で4作目、通算7作目となるソロアルバムだ。そしてこれは、ホワイト・ストライプスがブレイクするきっかけとなった2003年の破壊力抜群の傑作『Elephant』以来、実に久々に届いた、最初から最後まで音を詰め込みまくったマキシマリスト・ガレージ・ロックの宴だ。『Led Zeppelin II』の方が、まだ息をつく余裕がありそうなくらいだ。それほどまでに、このアルバムでのジャックの突進は凄まじい。

「Derecho Demonico」の不穏な空気から幕を開けると、なだれのようなリフとハモンドオルガンが燃え盛る「Theres Nobody There」へと突き進み、地響きのようなドラムの連打と呪文のような叫びが降り注ぐ「Raising the Grain」へ、さらには1968年のデトロイト・ロックを彷彿とさせるハチャメチャな「Youll Never Fix Me」へと、息つく間もなく一気に駆け抜けていく。その爆発的な演奏のなかで、ジャックと現在ツアーをともにしている凄腕のバンドメンバーたち──ベーシストのドミニク・デイヴィス(ジャックの初期バンド、the Buzzardsの元メンバー)、ドラマーのパトリック・キーラー(the Greenhornes、ザ・ラカンターズ)、ハモンドB-3オルガンを操るボビー・エメット(デトロイトの熱狂的バンド、the Sightsの元メンバー)──は、まるで1960年代後半にSRCやMC5とともにGrande Ballroomの土曜夜のステージに立っているかのような、凄まじい熱量で演奏に没頭している。
そして曲の最後には、エメットが奏でる幽霊の歌声のようなメロトロンの余韻が、さらなる彩りを添えている。

このアルバムのタイトルは、ジャケットを飾るジャック自身の彫刻作品に由来している。その彫刻のモチーフは、虚栄心のせいで命を落とした少女を歌った伝統的なフォークソングであり、そこには失われた無垢と、忍び寄る不穏な気配が表現されている。まさに今の時代を映し出す激情そのものと言うべき本作には、終わりのない混沌、脅かされる人とのつながり、そして四方から窮地に追い込まれた理想主義をテーマにした13曲が並ぶ。

ジャックは普段、オンライン上でも恐れることなく具体的に発言し、SNSの投稿で実名を挙げては、図々しい偽善を真っ向から批判している。しかし、このアルバムにおける彼の主張は、より暗号めいていて、同時にどこか普遍的だ。トリッキーな言葉遊びや内輪ネタ、そしてポケット手榴弾のように強烈な格言が、狂気じみたブローバックのごとく次々と飛び出し、大音量で歪んだ爆音サウンドと激しく火花を散らしている。

〈なあ、俺は混乱しているし、きっとそれが顔に出ているんだろう〉と、ジャックは「Nobody Knows」のなかで吐露する。さらにデニソワ人(アジアに存在したネアンデルタール人の亜種。恥ずかしながら私は調べる羽目になった)の話を唐突に放り込んだかと思えば、アイザック・ニュートン、アルバート・アインシュタイン、ピタゴラスの3人を、まるで1965年のボブ・ディランの楽曲に出てくる容疑者の面通し(ポリス・ラインナップ)のように並べてみせる。

その後、「All Alone Again」の激しくうねるギターの騒音のなかで、ジャックはまるで近所の庭の垣根越しに世間話でもしているかのような軽い調子で、とんでもなく極端な解決策を提案してくる。〈干し草の山から針を見つけるなんて/まあ、めちゃくちゃ簡単なことさ/干し草の山ごと燃やしてしまえばいいんだ/そうすれば必要なものが見つかる〉

ボブ・ディランは正しかった。
「すべては壊れている」(Everything is broken)。1973年のイギー・ポップもまた然りだ。「ありのままのパワーがお前の元へ必ず突き進んでくる」(Raw power is sure to come a-runnin to you)。アルバムの幕を開ける「G.O.D. and the Broken Ribs」で、ジャックはそれらのエネルギーをもたらす矛盾を彼独自の解釈で表現してみせる。まるで世界の終わりのエデンの園でサウンドチェックでもしているかのように、「マイクチェック、ワン、ツー、ワン、ツー」と声を出す。そこから、ぶっきらぼうに唸るコードワーク、激しいフィル、そして彼自身による「汚れた天使」のような多重コーラスが不穏に積み重なり、確固たる自信とともに響き渡る。〈どうやら俺たちには/今やるべきことをやるための/ちょっとした場所があるようだ〉。

決して屈しない男の「創世神話」

もちろん、簡単にいくことなど何もない。現代社会のノイズが渦巻くなかで、男と女のあいだの試練がいくつも描き出される──「Theres Nobody There」に登場する〈見せかけのポーズが眠るキッチンの墓場〉や、「Thick as Thieves」での哀願するような大騒ぎがまさにそれだ。

そしてアルバムを締めくくるのは、不気味な妄想が忍び寄る「Neighbor Blues」だ。この曲は、かつての傑作『Elephant』に収録された「Ball and Biscuit」のようなじわじわと熱を帯びるジャムセッションを、現代の監視社会に向けて武装させたような仕上がりになっている。最後はジャックが独自のブードゥーの魔術を召喚するように、次のフレーズで曲を閉じる。
〈お前の墓の上では、3羽の雄鶏が監視を続けている〉。

このすべてにおいて、すぐに手に入る解決策などどこにもない。だが、降伏する気もさらさらない──そこにあるのは、極上の現実逃避の数々だ。「Dollar Bill」でのジャックのスライドギターは、ソロに入るまではステロイドでも注入されたかのように強烈なナショナル製スチールギターの音を響かせ、いざソロに突入すると、今度は理性を失って暴走したテルミンのようなサウンドへと変貌する。「I Cant Believe What Im Hearing」は、ブルースの巨匠サン・ハウスというよりもザ・プリティ・シングスを彷彿とさせる、ポップセンスの光る見事なサビを持っている。

そして、眼前の本題へと突き進む途中、「G.O.D.」の第2ヴァースでジャックが覗かせる、かつてのホワイト・ストライプスの「創世神話」に対する皮肉交じりの小話も見逃せない。〈さあ、今が世界の始まりだ〉と、彼は曲の最後で宣言する。〈もう一度、最初からやり直そう〉。

From Rolling Stone US.

ジャック・ホワイト『Frozen Charlotte』徹底レビュー 混沌の時代を撃ち抜く、破壊力抜群のガレージロック

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