リヴァプールを率いるアンドニ・イラオラ新監督が、自身が薫陶を受けた指揮官を明かした。

 1982年6月22日生まれのイラオラ氏は現在44歳。
レサマ育ちのバスク人指揮官は、長年アスレティック・ビルバオの右サイドに君臨し続けたプロキャリアを終えた後、指導者に転身すると、ミランデス(スペイン2部)を指揮した2019-20シーズンにコパ・デル・レイで4強入りに導く手腕を発揮。翌夏から3年間に渡って率いたラージョ・バジェカーノでも、縦に早いスタイルで1部昇格と定着、さらには後の躍進の種をも蒔いた。そして今夏、2023年夏に就任したボーンマスでの実績も高く評価され、新時代の旗手として“BIG6”の一角に迎え入れられたのだ。
 
 これまでの監督キャリアにおいて、どのクラブでも一定以上の成績を残しており、その手腕が注目を集めているイラオラ新監督。イギリスメディア『The Athletic』のインタビューに登場した同指揮官は、自身の哲学の“ルーツ”となった人物を問われると、「(エルネスト・)バルベルデからは多くのことを学んだ」とアスレティック・ビルバオで通算500試合以上を指揮するとともに、トップチームデビュー時の“恩師”の名を口にした。

 さらに、「誰もが(マルセロ・)ビエルサについて尋ねてくるよ。それから(ビセンテ・)デル・ボスケ監督の下でスペイン代表として数試合に出場し、キャリアの最後には(パトリック・)ヴィエラ監督の指揮下でもプレーした」とした上で、「でももし、1人を選ばないといけないとしたら、エルネスト・バルベルデなんだ」と“チングリ”の息遣いが最も残っていると述べている。

 イラオラ新監督とリヴァプールの結び付きは、実は今夏が最初ではなかった。13年前の冬、まだ選手としてプレーしていた頃にオファーを受けていたという。が、「迷うことはなかったんだ。だって、アスレティック・ビルバオを離れたいと思ったことは一度もなかったからね。あそこは僕にとって理想郷のような場所だった」とバスク純血主義を掲げるクラブの選手らしい“気高さ”を以て拒否したことを明かしつつ、「キャリアの最後でMLS(メジャーリーグサッカー)へと移籍したのとは状況が違う。
あの時は、クラブにとって厄介な存在になってしまう前にチームを離れたかった」と胸の内を述べている。

 13年の歳月の後、リヴァプールのエンブレムを守ることになったイラオラ新監督は、『アンフィールド』でどのようなフットボールを見せてくれるのだろうか。
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