2022年6月、42歳のときにセクシー女優としてデビューした、多田有花さん。
年齢を感じさせない美しさと色気、そして作品内で見せてくれる過激な姿で、多くのファンを虜にしました。


国際線CAを経験後、秘書に転職したという華々しい経歴を持ち、夫と子どもがいる家庭の母親でもあった多田さんは、なぜ40歳を過ぎてセクシー女優の道を選んだのか?

その理由と、家族や友人との関係性についても深堀りインタビューしました。

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新卒で国際線CAに!ただし就職氷河期で……

――多田さんは元国際線CAの経歴をお持ちですが、新卒入社ですか?

多田 有花(以下 多田):新卒ですね。ただ、当時は就職氷河期で、正社員ではなく契約社員としての入社でした。

――契約社員は、正社員と業務内容は違うんですか?

多田:いえ、ほとんど変わりません。ただしお給料は時給制で、税金など引かれると手取り20万円くらいでしたね。

――花形職業なのに、安い気もしますが。もともとCAは憧れていたんですか?

多田:そうですね、でも理由が「ドラマに憧れて」なんですよ。だから刑事ドラマを見て「婦人警官になりたい!」とか、夢がコロコロ変わっていました(笑)。

CAになった理由は「母親の過干渉から逃れるため」

国際線CA・公設秘書を経て、42歳既婚で“セクシー女優”になった女性の波乱万丈な半生。「コソコソしたくなかった」デビューを伝えた夫と子の反応は
CAになった理由は「母親の過干渉から逃れるため」
――最終的にCAを選んだ決め手は?

多田:単純に、家を出たかったんです。母親が今で言う「毒親」で。でも虐待とか育児放棄とかじゃなくて、過干渉タイプでした。

中学校はお弁当だったんですけど、母が毎日お昼休みに持ってくるんですよ。「温かい状態で食べてほしいから」って。

――愛情ではあるんでしょうけど……。


多田:今思えばありがたいんですけど、待っている間に先生やほかの生徒に私のことを聞いたり、知らない先輩と仲良くなっていたり。思春期の私にとっては「うっとおしい」だったんですよね。

――ひとりっ子ですか?

多田:いえ、姉と妹がいます。でも干渉されていたのは私だけでした。あとは、なんでも「1番になりなさい」みたいに言われることも多かったですね。

たぶん、父が「上が女の子だから、次は男の子」って期待していたんです。

でも私が産まれて、母としてはその埋め合わせで私を優秀な良い子として育てたかったのかな、と。

私が生徒会長とか、部活で部長とかになると、父が母を褒めるんです。それがうれしくて、私に強く干渉してきたのかな、と今は思っています。

――なるほど。恋愛には干渉されませんでした?

多田:うるさかったですね。別れさせられたこともあります。


付き合っていた人に、勝手に「娘と別れてくれませんか」と電話していて。

私はそれを知らなくて、電話しても出てくれないし、やっと連絡が取れたと思ったら「実はお母さんから……」って。「何してくれてんの!」って怒っても、動じないんですよ。

――娘のためって気持ちだったんですかね。そんなお母さんから離れるために、CAに。

多田:CAなら、日本から離れる時間も多いじゃないですか。ひとり暮らしするだけだと、家まで来そうなので(笑)。

公設秘書の経験がセクシー女優デビューのきっかけに

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――CAのあとは、秘書に転職されています。

多田:はい。民間企業とか、弁護士事務所とかで秘書を。あと、デビューする直前は、国家公務員特別職、簡単に言えば代議士の公設秘書でした。

――それはすごい。

多田:実はこの時代の経験が、セクシー女優になるって思った直接のきっかけでもあるんですよ。


――それはどういう……?

多田:とにかく考えが古いと言うか、頻繁に「女だから」って言われるんですよ。

何をしても「女だから」で、さんざん理不尽な思いもして。そんなに「女だから」って言うなら、女だからこその仕事をしようって考えたんです。

もともと性に対する好奇心も強かったですし、コロナ禍もあって、何が起こるかわからない世の中だと考えたら、ドカンと1発やってみようかと。

デビューを子どもに話したときの意外な反応

――なるほど……。でも、もう結婚してお子さんもいたんですよね。そのあたりは気にならなかったですか?

多田:ちょうど子どもが成人したタイミングだったのも大きかったですね。

事務所に連絡して「じゃあ、面接を」って話になったとき、子どもに「こういう仕事をしようと思ってる」と伝えました。

――そのタイミングで伝えたんですか。

多田:コソコソしたくなかったんで。そうしたら「お母さんの人生だから。自分が本当にやりたいことなら、どうぞ」って言うんですよ。

公設秘書のときも、そうだったんですよね。
選挙活動とか出張とか、家を空けることも多い仕事ですから、子どもに「お母さん、公設秘書になっていいかな」って聞いたんです。そうしたら「家のことは心配しないで。それより国を守ってください」って(笑)。

――大人ですねぇ。

多田:多くを語る子じゃないんですけど、本人のなかで「良く考えて答えを出したなら、それが正解なんじゃない」っていう気持ちがあるみたいです。

ただ、もし子どもが未成年だったら、この業界には入りませんでした。いろいろなタイミングが重なって、デビューを決めましたね。

デビューを伝えた人たちと「チーム多田有花」結成

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――ほかにはデビュー前に話した人はいるんですか?

多田:お友達や、美容院やネイルサロン、エステで担当してくれている方にも伝えました。

――いろいろな人に話したんですね。反対されませんでしたか?

多田:全然。むしろ「やるからには中途半端なことはやるな!」って勢いでした(笑)。

――でも、そこまでいろいろな人に伝えるのも珍しいですね。とくに美容院やエステの担当さんにまで、という話は初めて聞きました。


多田:それには理由があるんです。デビューしたら、作品によって髪型やネイルを変えることもあるじゃないですか。そのとき、担当さんにウソをつくのがイヤだったんですよ。

ウソをつくくらいなら、最初から「こういう仕事をするので、協力してね。一緒に多田有花を作ってください」という気持ちでお願いしよう、と。

――なるほど、「チーム多田有花」の結成ですね。

多田:そう、そんな感じです。当時話した方たちとは、今も全員関係が続いているので、話して良かったと思っています。

主人は今では「一番の理解者」に

――ところで、旦那さんの反応はどうだったんでしょうか。

多田:もちろん「よし」とは言いませんでしたよ。ただ、しばらく黙っていて、最終的にはOKしてくれました。私が「一度決めたら、絶対にやりたい性格」だというのは知っているので。


あと、割と女性関係が激しい人なので(笑)。私になにか言うと「いや、あなたこそ」って言い返されるのもわかっているんですよ。

――それは反対もできないですねぇ(笑)。

多田:ただし条件があって。「芸名や、事務所がどことか、こんな作品に出たとか、業界に関する話は一切言うな」と。そこが夫としては、最大限の譲歩だったみたいです。

――旦那さんは女性関係が激しいとのことですが、離婚などは考えなかったんですか?

多田:今は別居しているんですよ。しょっちゅう喧嘩はしていましたし、2回くらい離婚届は書きました。でもテーブルに置いておいたら、寝ている私の枕元で主人が正座していて「お願いですから離婚だけは」と。

――それだけ愛されているってことじゃないですか。

多田:それが、続けて「でも、遊ばないっていう約束はできません」って(笑)。

――ある意味、潔い(笑)。ちょっと不思議な関係ですね。

多田:でも、最初は理解してくれなかったセクシー女優の活動も今は応援してくれていて、一番の理解者になってくれています。別居はしていますが、週に1、2回は必ず食事に行きますし、定期的に一緒に旅行もしますし。

子どもが成人したのもあって、程よい距離感で仲良くしていますね。これもひとつの新しい夫婦の形だと思っています。

――夫婦の形は、夫婦ごとに違っていいんですよね。本人たちが良ければ、他人がとやかく言うものじゃないです。

<取材・文/蒼樹リュウスケ 写真/荒熊流星>

【蒼樹リュウスケ】
単純に「本が好きだから」との理由で出版社に入社。雑誌制作をメインに仕事を続け、なんとなくフリーライターとして独立。「なんか面白ければ、それで良し」をモットーに、興味を持ったことを取材して記事にしながら人生を楽しむタイプのおじさんライター
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