「パワハラ、安月給、睡眠不足の慢性化で疲弊していたバスガイド時代、三上悠亜さんのSNSをたまたま見かけて『こういう生き方もあるんだ』と、思ったんです」
高校卒業後に働き始めた会社での過酷な日々、デビュー後の周囲の反応、そして、たった1人の家族だという祖母との生活……。これまで語られてこなかった“村上悠華”のリアルな人生模様が明かされる。
憧れていたバスガイドの現実
「気づいたらあっという間でしたね。20歳の時にセクシー女優になろうって決めて、事務所を検索して一番上に出てきたところに入所して、今に至ります(笑)」
――前職はバスガイドだったとか。
「そうなんです。ほかのインタビューではけっこう明るく話していることなのですが、ぶっちゃけ仕事がキツすぎて、体力も精神も限界に近かったんですよ。高校卒業前に行った会社見学会で、すごくステキなバスガイドさんと出会って、彼女に憧れて同じ仕事を始めたのですが……」
――どういう環境で働いていたのでしょうか?
「私の場合、入社直後にコロナ禍に入ったことで、お客様の前でお仕事ができる機会が少なかった分、研修が長く続いたんです。ガイド仕事のメインエリアは関東近郊なのに、福島県などに研修で行くこともあったので、この行き来がすごく辛かったですね。その頃のスケジュールは、関東でガイドを終えたら、23時くらいにバスの掃除。寮に帰った後は、その夜のうちに翌日に行く研修場所のことを頭に叩き込んで、明け方近くに就寝して、朝5時起床みたいな日々でした」
――ほとんど眠れないじゃないですか。
「これで給料も安いので、たまったもんじゃなかった(笑)。
――人間関係もギスギスしていたのですね。かなりブラックの香りが……。
「ブラックな環境だったと思います。でも、自分が先輩になった時、後輩に同じように質問されたらイラっとしたので、みんながみんな、いっぱいいっぱいだったんでしょうね」
――ガイド中にお客さんからハラスメントを受けたことは?
「あまり記憶にないですね。お客さんはみんな優しかったので、バスに乗っている時間はすごく楽しかったです。その土地の説明をしている時に寝てる人がいると、『もっと頑張らなきゃ』って向上心が刺激されたりもしました。私はガイド中に話すことをノートに手書きで書いてから行くようにしていたのですが、そのせいで腱鞘炎になっちゃったんですよね。あれから3年以上経った今でも腱鞘炎持ちのままです」
デビューが決まった時に「逃げられる!」と思った
「パワハラ、安月給、睡眠不足の慢性化で疲弊していた時、たまたま三上悠亜さんのSNSを見かけたんです。当時の私はセクシー女優のことはまったく詳しくなかったのですが、『こういう生き方もあるんだ』と、その生きざまに憧れを抱いたんですよ。バスガイドをやっていたくらいなので、人前で喋ったりするのは好きだったし、私も彼女のような仕事をやってみたいと思ったんです」
――その時点では、まだ退職はしていない?
「はい。
――デビューが決まった時の率直な心境は?
「ブラックから抜けられる!引っ越し代もできる!逃げられる(笑)!!」
――夜逃げするかのような言い方(笑)。退職で揉めたりはしませんでしたか?
「もともと、次の仕事が決まっていないと退職を認めてくれない会社だったので、『転職先の会社が決まりました』と、本当のことは伝えずに辞めました。でも、寮からの引っ越しの日に階段から落ちたんですよ。しかも顔面から!これぞブラック会社の呪い(笑)!」
――最後の最後までやらかしてくれますね。
「実はその後もいろいろと尾を引きました。セクシー女優になって初めてインスタライブをした時、一緒に働いていたドライバーがコメント欄に登場して、私の本名が晒されたんですよ」
――呪いが続いている!
「別のドライバーがイベントに来たこともありました。わざわざ予約までして来てくれたのですが、何も言えなかったですね。冷静に考えると追ってきた同僚が2人もいたの、ヤバいですよね(笑)」
――心は折れませんでした?
「ぜんぜんですよ。あの頃の辛さと比べたら、これくらい。むしろ『ネタをくれてありがとう!』という気持ちです(笑)」
大事なものは「おばあちゃん」しかありません
「別れた彼氏から連絡が来ましたよ。彼とは学生時代からバスガイドを辞める直前までの5年くらい付き合っていました。
――意外にも温かい応援ですね。
「正直、デビューのことでプライベートの知人は全員離れていくと思っていました。仕方がないことだと覚悟をしていたのですが、みんな心配はしているけど優しく接してくれています。恩師も『素直に応援はできないけれど、大事な部分が変わっていない以上は、見守っていくよ』と言ってくれました」
――学校の先生まで!?ご家族には伝えているのでしょうか?
「私の家族は、おばあちゃんだけなんです。知っているか知らないのか、気付かないふりをしているのかはわかりません。両親とはずっと離れて暮らしていて、一緒に住んでいたのも高校に行かせてくれたのも、おばあちゃん。お金がないのに、頑張って進学させてくれました。制服代とか部活の費用とか、かなり無理をさせていたと思います。私も校則で禁止されているのにバイトをして、停学くらったりしていましたけど」
――苦労されていたのですね。
「そもそもバスガイドになったのも、寮がある会社だったのが理由の1つにあるんですよ。私は高校卒業後、奨学金で美容系の専門学校に進学するつもりだったのですが、親が書類にサインをしてくれなかったので、急きょ、就職先を探すことになったんです」
――そんな裏話があったとは。
「はい。今は東京で同居をしています。地元で1人暮らしをしているのが心配だったので、今年の春からこっちに呼び寄せました。本当に、たった1人の家族ですから。感謝しかありません。おばあちゃんがいなかったら、今の私は存在していないと思います」
――セクシー女優の道を選んだことに後悔はありませんか?
「やって良かったと私は思っています。私にはそもそも捨てて困るものが少ない分、現状何も失っていませんからね。大事なものは、おばあちゃんしかありませんし。それに、この仕事でしか出会えない人もたくさんいますから。もちろん、この業界のことを受け入れられない人がいることも理解しています。ただ、真剣に向き合っている人たちがいることも事実。これからも、その人たちと一緒に歩んでいきたいんです」
――今のところ、引退することは考えていない?
「辞めた後こそが難しい仕事じゃないですか。
――どうなったら納得できると思いますか?
「一生ゴールがない気がしてきました。きっと、このままセクシー女優さん全員に対して『悔しい!』と思い続けるんじゃないかな。いつか体力の限界がきて、辞めることがあるかもしれません。ですが、メンタルの限界はきっと訪れないと思いますよ」
――そこはバスガイド時代とはまったく違う部分ですね。
「とりあえず今は、35歳まで頑張ろうとしているところ。でもたぶん、このまま楽しくて40歳になっても続けている可能性が高いです(笑)」
――ありがとうございました!
<取材・文・撮影/もちづき千代子>
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