夏ドラマ屈指のヒット作となったTBS『Tシャツが乾くまで』(金曜午後10時)も終盤。主人公である、蒼井優(41)が演じる編集者・瀬尾咲子と、松山ケンイチ(41)が扮する夫の喫茶店経営者・充が、破綻を免れるかどうかが今後の見どころになる。

 このドラマはサスペンス調で、考察要素もあるストーリーの展開ばかりが話題になりがち。そこで今回は、出演陣の演技者としての真価を掘り下げてみたい。

『Tシャツが乾くまで』考察合戦の陰で光る、蒼井優、松山ケンイ...の画像はこちら >>

役柄と完全に同化してしまう「天才肌」

 まず、蒼井について。デビューは2001年、15歳のときだった。作品は巨匠・岩井俊二監督(63)による映画『リリイ・シュシュのすべて』。いまだに語り継がれている名作だ。

 思春期の男女3人が描かれたが、友情物語ではない。蒼井が演じた中2女子は、男子の1人に弱みを握られ、援助交際を強要される。もう1人の男子は同情的だが、止められない。3人とも架空のシンガー・ソングライター、リリイ・シュシュの歌を心の拠り所としていた。

 当時の蒼井は、なかなかデビューできなかった。オーディションに何度も落ちていた。本人はこの作品のオーディションも「どうせ落ちる」(『CINRA』2011年4月29日付)と思っていたという。


 ところが合格。撮影に入ったものの、今度はほかの出演者たちの言葉が理解できなかった。周囲の俳優たちは「お芝居って面白い」と話していたが、蒼井には分からなかった。蒼井には演技をしているつもりがなかったのだ。自然と役柄にシンクロしていたのである。

 絶対音感が存在するように、役柄と容易に同化できてしまう女優も稀にいる。蒼井もその一人なのだろう。天才肌の演技者である。

 蒼井は中2少女の葛藤や憂いを、肩の力が抜けた表情や所作で表し、高い評価を得た。なにしろ本人に演技をしているという意識がない。そんな蒼井の持ち味を岩井監督はできる限り生かした。蒼井に合わせて脚本を変えたほどだ。
岩井監督は撮影後、「役者にストーリーが引っぱられた」(同)と語った。

 振り返ると、蒼井がほかのオーディションで落とされたのは不思議ではない。審査員の前で元気いっぱい声を出したり、懸命に自己PRに努めたりするタイプではない。演技の方法論もほかの若手演技者と異なったからだ。

 5年後の2006年には、助演した映画『フラガール』によって、キネマ旬報ベスト・テンの助演女優賞を射止めた。国内屈指の信頼度を誇る賞だ。20歳のときだった。蒼井はやはり役柄と同化しており、演技をしているように見えなかった。

 かといって素の蒼井自身を見せているわけではない。のちに蒼井は「私は、私らしさを反映しようと思ってお芝居をしたことがないんです」(『シネマトゥデイ』2018年7月18日付)と明かしている。やはり別人格と同化できるタイプなのだ。

 逮捕歴がハンディになっている女性の憂鬱を描いた主演映画『百万円と苦虫女』(2008年)もそうだった。
蒼井はこの映画で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞する。22歳にして早々と日本を代表する女優になった。

『Tシャツが乾くまで』の咲子役も演技には見えない。充が第1回で行方不明になったあと、咲子は心配する職場の上司らに対し、無理に笑顔をつくったが、通常時の笑顔とは違っていた。心なしか顔がこわばっているようだった。笑顔の演じ分けが可能なのは、本人が演技だと思っていないからだろう。

どんな役も実在に見せる松山ケンイチの技量

 演劇評論家の木村隆氏は、「うまい俳優とは、どんな役柄でも実在する人物に見せられる人」と解説する。充役の松山もそう。蒼井と似たタイプであり、同水準の技量を持つ。

 ただし、歩みは蒼井と違う。当初はモデルとして活動していた。オーディションに合格後の2001年、ファッションビル「PARCO」のキャンペーンのイメージキャラクターになる。16歳のときだった。


 2年後の2003年、映画『アカルイミライ』に出演した。絶望と希望が交錯する若者たちを描いた青春物語で、主演はオダギリジョー(50)、監督は黒沢清氏だった。松山は若者・ジュン役で映画デビューを飾っている。

 黒沢氏も巨匠だ。俳優にあれこれ注文せず、本人の持ち味を引き出す。岩井監督と共通するところがある。演技者にとって、デビュー作で指導される監督の存在が大きい。

 その後の松山は20歳のときに、海軍特別年少兵役で出演した映画『男たちの大和/YAMATO』(2005年)で、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。

 ちなみに、松山はこの映画で蒼井と初共演。松山演じる神尾克己が、蒼井が演じる野崎妙子に思いを寄せる関係だった。2人の付き合いは長い。おまけに同じ1985年生まれ。
『Tシャツが乾くまで』で深みのあるアンサンブルを見せているのもうなずける。

 初共演時の2人については、後年のインタビューでも振り返られている。松山について蒼井は「すごくギラギラしていた」(2014年12月8日付『オリコンニュース』)と評した。一方で松山は蒼井を「妖精のようなイメージ」(同)と振り返っている。

 以後の松山は危なげなく名優までの階段を上がってゆく。演技力の高さを否定する人はいないはず。春ドラマでは同じTBSの連ドラ『時すでにおスシ!?』に準主演していたばかりなのだ。

 前作では頑固でややコミカルな寿司職人役だった。間を置かずに演じている充は、幼少時のトラウマを抱え続けているナイーブな男。まるで違う役である。それを難なくこなし、視聴者に違和感を抱かせないのは、突出してうまいからである。

善人か悪人か分からない。
ドラマを掻き乱す“裏主役”の存在感

『Tシャツが乾くまで』で裏主役と言える存在が、中島歩(37)が演じる園田樹生と、夏帆(35)扮するあずさの夫婦である。樹生は充の行方が分からなかった1年間、咲子に好意を寄せていく。一方、あずさは充と精神的不倫とも呼べる関係にあり、それがもとで命を落とす。

 中島は久々に出現した性格俳優。最近はあまり使われない言葉だが、性格俳優とは助演を中心に活躍し、強い個性を持つ人物を演じる俳優である。蒼井タイプとは逆に、自分自身の特性を隠さない。

 昭和期の代表的な性格俳優は、小津安二郎監督や黒澤明監督らに愛された中村伸郎さん、クールなインテリを演じさせたらピカイチだった佐藤慶さんらだ。現役なら、一癖ある悪役から気弱な善人役まで印象的な演技をする遠藤憲一(65)、黙っていても目立ってしまう柄本明(77)らである。

 中島の場合、演じる役柄が善人か悪人か最後まで分からない。このドラマでは咲子への下心の度合いを見極めることができなかった。また、NHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年前期)では、伯爵家の令嬢(仲間由紀恵)と駆け落ちする大学生を演じた。波乱を起こす人物だった。

 中島を性格俳優にしている最大の理由は魅力的な声だ。低く、少しくぐもっており、独特である。俳優の素養は古くから、「一声、二顔、三姿」というのが常識。なにより声の良し悪しが問われる。

 中島は才能に恵まれた。まとわりつくような声が、演じる人物の底知れなさを感じさせる。今後も引く手あまただろう。

「適材適所」が生んだ奇跡のキャスティング

 夏帆(35)も天才肌。16歳のときの初主演映画『天然コケッコー』(2007年)で、地方の純粋な少女に扮すると、報知映画賞などの新人賞を得た。綾瀬はるか(41)らと四姉妹を演じた映画『海街diary』(2015年)では、日本アカデミー賞の優秀助演女優賞を受賞する。24歳のときだった。

 それから10年以上。このクラスの女優はどんな役柄もこなすが、脆い面を持つ女性役が特にうまい。大ヒットしたTBSの主演作『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(2025年)の鮎美役もそうだった。あずさもどこか脆い。得意とする役どころがある演技者は強い。

『Tシャツが乾くまで』は、サスペンス調の脚本が良かった。人間の複雑さをテーマにしたのも成功につながった。

 だが、蒼井と松山、中島、夏帆の組み合わせが贅沢だったことも見逃せない。トップクラスの演技者が集められた。視聴率を取れそうな人を出演させたのではなく、適材適所だった。<文/高堀冬彦>

【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員
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