“プロレス界のレジェンド”藤波辰爾が17日、新宿区の京王プラザホテルで「デビュー55周年記念パーティー」を開催した。

 1970年6月、16歳で日本プロレスに入門。

71年5月9日に岐阜市民センターでの魁勝司(北沢幹之)戦でデビューした。以降、師匠のアントニオ猪木さんに付いて猪木さんが設立した新日本プロレスに移籍。72年3月6日に大田区体育館での旗揚げ戦の第1試合に出場した。

 78年1月23日にニューヨークのMSGでWWWFジュニアヘビー級王座を獲得しジュニアを開拓。空前の「ドラゴンブーム」を沸き起こし、ヘビー級転向後はWWFインターナショナルヘビー級王座を獲得し、長州力との「名勝負数え唄」で日本人同士による抗争を展開した。

 88年5月に第2代IWGPヘビー級王座を奪取し88年8月8日に横浜文化体育館で猪木さんと伝説の60分フルタイムをプロレス史に刻み込んだ。

 95年10月には自主興行「無我」を旗揚げ。99年6月からは5年間にわたり新日本プロレスの代表取締役社長を務めた。06年6月30日付で新日本を退団し、同年8月に「無我ワールド・プロレスリング」を旗揚げ。08年1月から団体名を「ドラディション」へと変更。2015年にはWWE殿堂入りを果たし72歳の現在もメインイベンターとしてリングに立ち続けている。

 昭和の新日本プロレスでは幾度も記者会見し、外国人選手の定宿で81年12月に伽織夫人との結婚披露宴を開くなど思い出深い京王プラザホテルの記念パーティー。

壇上であいさつした藤波は「プロレスが好きで猪木さんが好きで」とレスラー人生の原点を明かし、ファン、関係者への感謝をささげた。さらに現役生活を続けることを約束し2024年11月に小倉城で実現した「お城プロレス」の全国展開を掲げた。

 パーティーで家族を代表して長男のLEONAが来場者へ御礼のあいさつを行った。その中で昨年7月にこれまで母の伽織さんが1986年9月の創業から社長を務めていた「ドラディション」、食品ブランド「藤波家の食卓」を運営する「シーホースコーポレーション」の社長となったことを明かした。

 LEONAは「ここまで父と母が会社と団体を切り盛りしてきてましたが、いろいろな苦労はあったかと思いますが、ここからは僕の方で頑張ってこの団体が盛り上がるように頑張っていきたいと思います」と誓った。その上で「父には好きなプロレスだけを見て楽しいプロレス人生を送っていただきたいと思っております。まだまだ若輩者ではございますが引き続きご指導ご鞭撻(べんたつ)をお願いします」と来場者へ一礼した。

 デビューして12年。「プロレスラーとして藤波辰爾の前に立ちたいと願ってプロレスラーになりました」と打ち明け、父と「まだ対角線に立ったことは一度もありません。一プロレスラーという立場で考えた時に、LEONAと藤波辰爾の間には大きな壁がまだまだあると感じています。みなさまにしっかりとご納得いただいて、期待していただけるタイミングでしかるべき時に父の前に立って対戦相手となって試合をすることができればと考えております。その日に向かって自分自身も精いっぱい努力してまいります」と誓うと、大きな拍手に包まれていた。

 パーティー終了後の囲み取材で藤波はLEONAの思いを受け「自分が受けて立つということでコンディションを整えないといけない。スイッチが入りました」と対戦する時を心待ちにしていた。

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