累計30万部のベストセラーとなった岸惠子さんの小説「わりなき恋」やエッセー「91歳5か月 いま想うあの人 あのこと」などを担当した幻冬舎編集者の森下康樹さんがスポーツ報知の取材に応じ、作家としての岸さんの魅力を語った。

 2013年に刊行された「わりなき恋」は、69歳の国際的なドキュメンタリー作家・伊奈笙子と58歳の大企業幹部・九鬼兼太の愛と性を描いた恋愛ロマン。

笙子には日仏を行き来しながら華々しく活躍した自身の歩みが投影されており、鮮烈な性描写も話題になった。「岸さんは日本で高齢化社会の取り上げ方がネガティブなものばかりだったのを嫌がってました。人間の晩年にも匂い立つような、虹のような話を描きたいと。高齢者の性の事情を調べるためパリの産婦人科にも取材に訪れていました」

 執筆中に東日本大震災が発生すると、岸さんは被災地に足を運び、ジャーナリスト的な視点から小説に盛り込んだ。「第1稿は3~4割ボリュームが多く、膝詰めで話し合いながらそぎ落としていきました。表現者としてのプライドも強くある方なので、その作業は真剣勝負だった記憶があります」。実現はしなかったが、岸さんは監督として同作の映画化にも意欲を見せていたという。

 文筆家としての岸さんは「文章に独特のリズムがあり、比喩や形容詞の使い方にも特長があった。ともすれば饒舌(じょうぜつ)と指摘されかねない長めのセンテンスも、ご本人のこだわりが詰まった、練り込まれた文章だと感じています」。最近まで横浜の自宅を訪問していたが、「91歳5か月―」の文庫版のあとがきが遺稿となった。「94歳の老いらくの身で、この世を去る『旅立ち』のあれこれを書いてみたい」。最後まで表現者としての矜持(きょうじ)を持ち続けた。

編集部おすすめ