近年はスマートフォンでGoogle mapなどの地図を表示し、そこに鉄道の路線図を重ねることが容易にできますが、多くの人は地形を忠実に再現した地図とは異なる、路線の位置関係を抽象化したものを「路線図」として認識しています。私たちは路線図と地図は同じものを異なる手法で表していると認識しているので、誰も「不正確な地図だ」とは言いません。
千葉工業大学の長尾徹教授らは「鉄道路線図の成り立ちと検索性に優れた位相図化について」という論文で興味深い実験をしています。被験者27人に、記憶を元に首都圏のJR路線図を描いてもらい、その形状と描いた順序、居住地や鉄道利用経験から、路線網をどのような形で抽象化し、路線図として認識しているか分析するのです。
例えば27人中26人が山手線を紙面の中央に円(正円または楕円)として描き、かつ15人が最初に描いた路線でした。中央線も18人が東西の直線として描いています。一方、中央線東京~新宿間のカーブを描いたのはわずか2人で、鉄道利用に関係ない路線形状は反映されません。実験からJRのネットワークを、円形の山手線とそれを横切る中央線という単純化した図形を中心として認知していることが分かりました。
このような抽象化した路線図は、1933(昭和8)年にロンドン市交通局が初めて制作しました。発明者はロンドン地下鉄の電気回路製図技師だったハリー・ベックという人物です。彼は電気回路図をヒントに、路線を縦・横・斜め45度の直線に置き換えて描画し、駅の多い都心部は駅間を広く、駅の少ない郊外は狭くして、乗換駅を明示しました。
それまで交通局が発行していた路線図は、地図に路線を重ねたものが中心で、抽象化したとしても直線状に駅を配置する程度のものしかありませんでした。そのため交通局は、距離や方角など地理的な位置関係の正確さを排したベック式の価値を認めませんでしたが、試験配布したところ乗客から大きな支持を受け、やがてロンドン地下鉄の顔になります。
営団地下鉄もベック式を採用ベック式は世界的流行を呼び、世界各地の地下鉄で採用されました。
ベック式はきっちり決まると、きれいで見やすく分かりやすいのですが、路線数が多いと、どうしても苦しい部分が出てきてしまいます。ニューヨーク地下鉄もベック式を使っていましたが、30以上の路線があるため分かりにくいとの声が増え始め、地図をベースにした路線図に切り替わっていった歴史があります。
東京の路線図も都営大江戸線の開業で、いよいよ収まりが悪くなりました。従来の路線図は山手線東側(都心)を中心にデザインしていたので、既存の路線図にそのまま大江戸線を加えると山手線西側(副都心)は駅が詰め込まれ、東側はスカスカになってしまいました。
そこで東京メトロは民営化を機に、位置関係を重視した地図ベースの路線図にリニューアルしたのですが、都営地下鉄の対応は異なりました。大江戸線を中心に円形で表示し、これを基準に縦・横・斜め45度(一部異なる)で表示するベック式に近い路線図を新たに制作したのです。
都営地下鉄のように現行路線を前提に新しく書き起こせばベック式も不可能ではありませんが、やはりどうしても苦しい部分が出てきます。営団のベック式の方が好きだったという人も多いのですが、ベック式も地図式も一長一短であり、要は使い方と相性の問題です。
あるいは、あえて情報を絞った路線図という考え方もあります。東京メトロウェブサイトのインバウンド向け観光案内は、銀座線、丸ノ内線、副都心線、大江戸線を中心に、他路線は観光スポットに関係する区間のみ記載した路線図が使われています。

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