■放置された築65年の団地をリノベ
月見台住宅がある横須賀市田浦町の高台は、鎌倉時代には幕府家臣の下屋敷があったと伝えられ、「城の台(しろんだい)」と呼ばれていたという。
そして1960年(昭和35年)、市営住宅として開発され、32棟74戸が建てられた当時、この市営住宅は横須賀の住宅需要を支える団地だった。
だが時代は移り変わる。少子化と建物の老朽化が進み、坂の上という立地の不便さもあって入居者は徐々に減少。2020年度、横須賀市はついに住宅としての役割の終了を決定した。
「横須賀市には、使われていない公共不動産が数多く残っています。空き家も非常に多く、人口減少率も関東でトップクラス。
そう振り返るのは、旧市営田浦月見台住宅再生プロジェクトを率いる株式会社エンジョイワークス取締役の松島孝夫さんだ。現在は事業責任者として、企画立案からプロデュース、事業全体のマネジメントを担っている。
この団地の再生プロジェクトの発端は、横須賀市から持ちかけられた一本の相談だったという。
「市の担当部署から、『市の遊休不動産を活用して何かできないか』と弊社に声がかかり、市内に点在する遊休不動産を一緒に見て回るツアーをすることになりました。
明治時代の砲台跡やレンガ造りのドック、老人福祉センターや公園など、横須賀市内各地に眠る資産を巡るなかで目に留まったのが、すでに市営住宅としての役目を終え、人が住まない状態が続いていたこの旧市営田浦月見台住宅でした。
ここは市内のなかでも“どうしようもない”と市から見放されていた場所だったんです」
■市が見放した物件に「可能性」を感じた
当時、横須賀市はこの月見台住宅を「活用が最も難しい物件」の一つと考えていたという。
「道路は狭く、建て替えもできない。建物の老朽化も進んでいる。不動産として見れば決して条件がいいとは言えず、市としても活用方法を見いだせずにいた物件でした」
しかし、松島さんの見立てはまったく違っていた。
「私たちは、この土地にはすごくポテンシャルがあると感じたんです。20年ほど不動産仲介をやっていますが、平屋への憧れを持つ人は一定数おり、実は平屋はお客様の反応がかなりいいんです。古い建物の雰囲気を好む人もこの横須賀エリアには必ずいると考えていました。
この団地には“道路幅員が狭く建て替えも難しい”という制約がありますが、私たちは最初から団地の建て替えを前提には考えていませんでした。
今ある建物を活かす再生――。マンションを建てる事業者ではなかったからこそ、このノスタルジックな景観や、平屋ならではの魅力に価値を見いだせたのだと思います」
横須賀市が“最も活用が難しい”と見放していた物件は、松島さんたちにとっては“最も可能性を感じる物件”だった。月見台住宅の再生は、この“価値の見方”の違いから始まっていく。
■住宅地なのに店を開ける「なりわい住宅」
月見台住宅を再生するには、まず横須賀市が実施する提案型公募“プロポーザル”を通過しなければならなかった。
「横須賀市所有の物件ですから、『なぜこの事業者に貸すのか』という理由が必要です。提案型公募は、どう活用するのか、どんな価値を生み出すのかを事業者側が提案し、その内容を審査員が評価して事業者を選ぶ仕組みでした」
そこで松島さんたちが最初に向き合ったのが、この団地ならではの都市制約だ。
月見台住宅は「第一種低層住居専用地域」に指定されている。住宅地としての環境を守るための用途地域であり、商業地域のように店舗や宿泊施設などを自由につくることはできなかったのである。
「第一種低層住居専用地域は、基本的には住宅しか認められていません。普通に考えれば、住宅として貸すしかないんです。しかし法律を読み込むなかで、一つの可能性が見えてきました。
住宅地にお豆腐屋さんやお肉屋さんがあるように、暮らしに必要な小さな商いは法律上も認められているんです。住宅を兼ねた店舗などについては、店舗などの非住宅部分が50平方メートル以下、かつ建物全体の床面積の2分の1以下という条件はありますが、店舗兼住宅として『住みながら商う』ことはできる。
コロナ禍を経て、『自分の店を開きたい』『作品づくりをしながら暮らしたい』という声を、多く聞くようになっていましたが、そういう人たちに合う物件は意外と少ない。しかしこの団地なら、そういったニーズに応えながら、古い建物を自分らしくデザインしつつ、仕事も暮らしも一緒に楽しめる場所にできるのではないかと閃いたのです」
■「普通に暮らしたい」という希望者は断った
その構想を形にするため、松島さんたちはさらに“ヴィンテージ&クリエイティブ”というコンセプトを打ち出した。
「この建物を“ヴィンテージ”だと捉えてくれる人でないと、単に“ボロボロの市営団地”だと思われてしまいます。そのため、『こういう古いものがいいよね』と思える人、さらにクリエイティブな発想で新しい場をつくれる人にだけお貸しする、というこの団地の価値になりうるコンセプトをより強化しました」
実際、「生業はせずに普通に暮らしたい」という希望者もいたそうだが、どれほど気に入られても断ってきたそうだ。
こうした“なりわい住宅”と“ヴィンテージ&クリエイティブ”という提案が評価され、エンジョイワークスはプロポーザル(公募)で競合した数社のなかで最優秀評価を獲得。月見台住宅の再生事業者に選ばれた。
しかしその後、松島さんたちに、さらなる大きな壁が立ちはだかることとなる。
■銀行には「この建物には価値がない」と断られた
プロポーザルで最優秀評価を獲得したことで、事業はようやくスタートラインに立った。だが、松島さんは「本当の勝負はここからだった」と振り返る。
「このプロジェクトの最大の壁は資金調達でした。
銀行から見れば、そう判断するのも無理はないでしょう。最寄りのJR田浦駅は利用者が少なく、団地は坂の上で利便性が良くない。リノベーション後は家賃5万3000円~で貸し出す計画だったのですが、その時点では建物の内装すら完成していません。
銀行から見れば、『そんな条件で本当に入居者が集まるのか』という話だったのでしょう。実際、相談した銀行にはすべて融資を断られました」
■お金より先に「入居したい人」を集めた
そこで、プロジェクトを前に進めるには、この場所に価値を感じ、“関わりたい”と手を挙げてくれる人を集めることが何よりも先決だった。
「まずは『参加したい』『ここで何かやってみたい』と言ってくださる人を増やすことが、一番重要だと考えました。そこで開催したのが、月見台住宅の未来を体感してもらうためのマルシェです。
自転車修理店や飲食店など、“なりわい”を実践する人たちに出店していただき、将来この場所がどんな街になるのかをイメージできる場をつくりました。同時に、入居希望者向けの説明会も開催したのですが、数十人くらい来てくれたら十分だと思っていたところ、毎回数百人が来場し、仮申し込みだけで100件近く集まったんです」
■100件の仮申し込みが銀行を動かした
その反響は、プロジェクトに携わるメンバーの不安を自信へと変えたという。
「最初は、本当に入居していただけるのか正直不安でした。
そして、マルシェで集まった約100件の仮申し込みが、『これだけ入居を希望する人がいます』という何よりの裏付けになりました。銀行もその反響を見て、『そこまで需要があるなら』と判断してくださり、最終的に融資を受けることができたんです」
改修に要した費用は全体で約3億1500万円。この資金は、269人が参加したクラウドファンディングによるファンド出資、金融機関からの融資、国土交通省の空き家対策モデル事業、横須賀市による支援を組み合わせて調達したという。
この資金調達には「お金を集める以上の意味」があったと松島さんは話す。
「銀行から一括で借りたほうが手続きはずっと楽です。しかし、私たちは資金調達そのものを、『いかに多くの人に関わってもらうか』という仕組みだと考えているんです。
所有権がなくても、『この街を応援したい』『自分も関わっている』という“大家さんのような気持ち”を持つ人が増えれば、それが街の持続可能性につながる。『いいね』と思った人が、実際に行動まで起こせる仕組みをつくることが、街づくりでは大切だと思っています」
■5年間ゼロだった家賃収入が年5000万円に
約5年間、誰も住まないまま時が止まっていた月見台住宅。
しかし、再生プロジェクトが動き出すと状況は一変する。工事着工から半年あまりで入居を開始し、2025年7月には入居率9割を達成。
もっとも、この約5000万円がそのままエンジョイワークスの利益になるわけではない。
住戸は「第1期ファンド」「第2期ファンド」「エンジョイワークス本体」の3つに区分されており、ファンド対象住戸の家賃収入は、運営費や融資返済などを差し引いたうえで、クラウドファンディング出資者への分配原資となる。
一方、エンジョイワークスは本体区分の賃貸収益に加え、ファンドの組成・運営に伴う報酬を得る仕組みだ。
松島さんは、事業全体を長期的な視点で設計していると話す。
「この事業は、物件を売却して利益を得る“売却益型”ではなく、家賃収入を積み上げていく“インカム型”です。資金ごとに回収の考え方は異なりますが、全体としては10年ほどのスパンで事業を設計し、利益を見込んでいるビジネスモデルです。ただ現在は想定よりだいぶ早く入居率100%となったこともあり、事業は当初の予定より前倒しで投資回収の段階に入れるのではないかと考えています」
■入居者で最も多かったのは意外にも50代
人が集まり始めると、もう一つ意外な発見があった。どんな人が、この場所を選んだのかという点だ。
「当初は、30代を中心としたクリエイターが多いと見込んでいたんです。ところが最も多かったのは50代の方々。多くは都内の企業などで働きながら、休日や仕事終わりに店を開いたり、作品づくりをしたりする“もう一つの仕事”を持つ人たちです」
こうした背景には、働き方や価値観の変化もあると松島さんは見る。
「コロナ禍を経て、『会社だけではなく、自分が本当にやりたいことにも時間を使いたい』という人が増えたと感じます。
それに、今はSNSでの集客が効果的です。こんな場所でも自分で発信すればお客さんは来てくれる。昔のように『駅前だから有利』『郊外だから不利』という時代ではなくなってきていると感じています」
月見台住宅に集まったのは、単に安い家賃を求める人々ではなく、“自分らしい暮らし方”を実現できる場所を探していた人たちだったのだ。
■月見台の再生手法は木更津の社宅へ
一方で松島さんは、「この手法がどこでも通用するわけではない」と冷静に語る。
「人口減少が進むなか、すべての空き家を再生できるとは思っていません。それでも、『こういう暮らし方ならやってみたい』と思う人は、地域を越えて必ずいる。その人たちと出会い、巻き込めるかどうかが大事なんです」
その考え方は、すでに他地域にも広がり始めている。月見台住宅を視察した企業から相談を受け、現在はJR東日本が千葉県木更津市に保有する社宅の再生プロジェクトも進行中だという。
月見台住宅の構想から4年。松島さんが一貫して考えてきたのは、建物をどう直すかではなく、人が集まり、「自分も関わりたい」と思える場所をどうつくるかだった。
「価値がないと思われているものでも、多くの人が関わり、一緒に考え、行動することで再生できる。そういう事業がもっと世の中に増えてほしいと思っています」
――築65年の団地を再生したのは、建物ではなく、「関わる人」を増やす仕組みだった。月見台住宅が示したのは、空き家再生のノウハウではなく、人を巻き込みながら地域の価値を育てていく、新しいまちづくりのモデルなのかもしれない。
----------
逢ヶ瀬 十吾(あいがせ・じゅうご)
ライター
編集プロダクション「A4studio(エーヨンスタジオ)」所属のライター。人物インタビューやカルチャー記事を中心に執筆。映画、ドラマ、舞台など幅広いエンターテインメント分野に関心を持つ。
----------
(ライター 逢ヶ瀬 十吾 取材・文=逢ヶ瀬十吾(A4studio))

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
