ワールドカップ各国のカタチ――現代戦術と代表チームの葛藤 
VOL.6:モロッコ

 世界のサッカーは、ポジショナルプレーの普及によるビルドアップの進歩と、それに伴うハイプレスの普及で、全員守備が必須な時代に突入しようとしている。しかし、ワールドカップを戦う代表チームは、それぞれ特別な国民的スターを抱えているために、全員守備に舵を切れない事情がある。

 ひとりのスターを残りのフィールドプレーヤーで支える「1+9」か、それともスターを入れない「10」か。強豪国それぞれの現状を探る。

【ワールドカップ】モロッコは敗れても強豪国の仲間入りか フラ...の画像はこちら >>

【国王の改革で躍進】

 かつてハッサン2世国王杯というミニトーナメントがあった。1996年、1998年、2000年の3回開催されている。開催地はモロッコのカサブランカ。2000年は日本も招待され、フランスと2-2の末にPK戦で敗れ、ジャマイカとの3位決定戦に4-0で快勝した。

 モロッコはジャマイカに1-0で勝って決勝へ進んだが、当時のW杯王者だったフランスに1-5と大敗。1998年W杯は惜しいところまでいったがグループステージで敗退していて、当時はフランスに太刀打ちできるほどの実力ではなかった。

 それから20年以上が経過して、カタールW杯でモロッコはベスト4入り。アフリカ勢初の快挙である。今大会はベスト8。4年前と同じくフランスに敗れている。ただ、モロッコは最も魅力的なチームのひとつであり、戦術的にも非常にユニークだった。

 躍進は2008年のガバナンス改革から始まっている。

 1999年にハッサン2世が崩御し、皇太子だったムハンマド6世が即位。新国王は財政管理、協会のプロ化、指導者育成を推し進める。制度の安定化から着手したのはアフリカ諸国では珍しいアプローチだ。2009年にはムハンマド6世アカデミーを設立。世界最高レベルのトレーニングセンターを建設し、現在の代表チームの主力の何人かを輩出している。人材育成にも力を入れ、監督、コーチ、フィジオセラピストなどすべてのスタッフの国産化を目指した。

 効果はあらゆるカテゴリーに表れた。2022年W杯4位、2024年五輪3位、2024年フットサルAFCON(アフリカネーションズカップ)優勝、2025年U-20W杯優勝、同年のアフリカネーションズカップ優勝。

 2030年W杯はスペイン、ポルトガルとの共同開催。着々と強豪国への道のりを歩んでいるように見える。

【かつてのトータルフットボールに酷似】

 モロッコは戦術的にユニークだ。今大会のモロッコから想起されるのは1974年W杯のオランダ。

「トータルフットボール」と呼ばれた伝説的なチームだ。

 1974年のオランダは、プレッシングとポゼッションの両面で現代サッカーの源泉であり、全くその影響のないチームはないと言っていいが、機能性において今大会のモロッコは最も近かったのではないかと思う。

 1974年大会のオランダはトータルフットボールと呼ばれたとおり、全員攻撃・全員守備型のサッカーを展開していた。ポジション流動性の高さが特徴で、モロッコもまさにそうだった。

 流動性のトリガーになっているのがセンターフォワード(CF)のイスマエル・サイバリ、トップ下のアゼディン・ウナヒ、キャプテンで右サイドバック(SB)のアクラフ・ハキミ。サイバリはトップに張るタイプではなく、もともとMFでプレーしてきた「偽9番」である。ウナヒも前回大会では4-3-3のインサイドハーフでプレーしていて、選手間の隙間に入り込んでパスワークを接続する。ハキミは異常に稼働範囲の広いSB。守備はもちろん、組み立てからフィニッシュに至るまで関与する。

 攻め込んだ際、中央に人がいない。CFサイバリは「偽」なので主にインサイドハーフの場所にいて、右サイドハーフ(SH)のブライム・ディアスも右のハーフスペースへ。右外にはハキミが上がっていく。

左SHのエル・カヌースもタッチライン沿いにいるとは限らず、ウナヒはどこにいるかわからない。

 サッカーの得点の8割はペナルティエリア中央部分から生まれるので、守備側は絶対にこのスペースを空けずに、必ずDFを配置する。すると、モロッコに攻撃されている最中は、ふたり以上のDFが誰もいないスペースを守っている状況になっている。守備側が空白の中央部に人を置いているので、そのぶんモロッコは周辺部では数的優位になる。中央部から少しそれた左右に人数を投入するモロッコはコンビネーションでそこを破り、最終的に誰かが中央へ入っていく。

 中央のフィニッシャーを固定しないアプローチは、ヨハン・クライフが偽9番だった1974年のオランダのやり方と酷似していた。

【4年後はさらに進化する!?】

 ボールを持ってサッカーをする意思が明確にある。これもかつてのオランダとの共通点である。

 今大会、ビルドアップをしないチームはほぼいなかった。弱小と見られながらグループステージを突破したコンゴ民主共和国、カーボベルデもボールを持ったらパスをつないでの前進を図っていた。

 一方で、ハイプレスを敢行するチームは少なかった。

 UEFAチャンピオンズリーグ(CL)では、パリ・サンジェルマンとバイエルンがオールコートのマンツーマンによるプレッシングを行なっている。

ところが、W杯ではそこまでアグレッシブな守備は見られず、ミドルゾーンの守備からハイプレスへの移行も限定的。日本、エクアドル、カナダくらいしかやっていない。

 そのため、ポジショニングの変化によって一時的な数的優位を作ることが可能であり、モロッコはその状況を最大限に生かしていた。

 ボランチのニール・エル・アイナウィがセンターバック(CB)の間に下がる、あるいはSBがハーフスペースに入るなど、ビルドアップ段階でフリーマンを作ってパスワークを安定させ、さらにサイバリとウナヒの変幻自在の動きで引き起こされる流動性によって前線までボールを運ぶことができた。

 しかし、あらゆる局面で人数が多いのではないかと思わせるモロッコのパスワークも、準々決勝のフランス戦では効力が半減している。流動性によるアドバンテージはフランスの1対1の強さによって消されていたからだ。

 もし、W杯の戦術がCLを後追いすると仮定すると、流動性と一時的な数的優位による守備側のズレを拡大していくモロッコのパスワークは、ズレが最小化されることで効力を失うかもしれない。

 フィニッシャーを分散化させているがゆえの決定率の低さも課題だろう。偽9番方式にはありがちで、1974年のオランダも数多くチャンスは作れるがフィニッシュが雑だった。モロッコは準々決勝でサイバリを負傷で欠いたのも響いていた。

 前回大会、モロッコは4-1-4-1の強固なミドルブロックからのショートカウンターが強みだった。ところが、今回はボール保持を軸とした流動的なスタイルに変貌。

アフリカネーションズカップ終了後にワリド・レグラギ前監督が辞任し、モハメド・ワハビ監督に代わったのが3月。ごく短期間にまったく異なるプレースタイルに変化したのは驚きだった。

 CBふたりにイッサ・ディオプ、シャディ・リアドの新戦力を抜擢し、5月にフランスから国籍変更した18歳のアイユーブ・ブアディを起用する大胆采配を行ない、サイバリのCF、ウナヒのトップ下と既存戦力のブーストにも成功。

 ワハビ監督の手腕もさることながら、その下地があったということ。4年後、さらに進化したモロッコが見られるかもしれない。

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