ワールドカップ各国のカタチ――現代戦術と代表チームの葛藤
VOL.9(最終回):まとめ

 世界のサッカーは、ポジショナルプレーの普及によるビルドアップの進歩と、それに伴うハイプレスの普及で、全員守備が必須な時代に突入しようとしている。しかし、ワールドカップを戦う代表チームは、それぞれ特別な国民的スターを抱えているために、全員守備に舵を切れない事情がある。

 ひとりのスターを残りのフィールドプレーヤーで支える「1+9」か、それともスターを入れない「10」か。強豪国それぞれの現状を探る。

【アイデンティティのファイナル】

 ワールドカップ(W杯)は、クラブチーム最高峰の舞台であるUEFAチャンピオンズリーグ(CL)とは異なる戦術傾向があった。

 CLを連覇したパリ・サンジェルマンは、守備ではオールコートのマンツーマンという最強度の手法を採り、攻撃では相手のマンマークによるプレスを無効化するパスワークと1対1の優位性を活用したフィニッシュワークを持っていて、戦術的に攻守において無双だったと言える。

【ワールドカップ】スペイン優勝ではっきりした日本が頂点に立つ...の画像はこちら >>
 一方、W杯では戦術そのものよりも、その国のアイデンティティがチームとしての強度を左右していた。

 代表チームの活動期間は長いようで短い。じっくりとトレーニングを通じてチーム作りをすることはできず、ごく短期的に集まって試合をして解散。これを繰り返す。そのため戦術をアップデートするよりも、集合しただけで共有できる戦い方の基盤の有無が重要になる。共有できる基盤がアイデンティティであり、そのチームの戦い方の核になる部分だ。

 決勝を戦ったスペインとアルゼンチンは、どちらも基盤が強固で、アイデンティティが明確なチームだった。

 スペインは2010年の初優勝時と勝ち方が変わらない。ボール保持によるゲームの支配だ。

16年前には無双のプレースタイルだったが、その後、他国の対策も進み、16年間ずっと勝ってきたわけではない。それでもスペインはやり方を変えず、また敗れた試合でも相手に圧倒されたことはない。ボール保持だけで勝てるわけではないが、保持もできない事態には陥らなかった。基盤が壊れていないので、保持と勝利の間にあった溝を埋められればよく、近年はそれに成功していた。

 相手のプレッシングによって基盤を破壊される心配もなかった。CLと違ってW杯には組織的なハイプレスを完遂できるチームがない。軒並みビルドアップ能力が向上しているのはCLと同じだが、加えてW杯は夏場に集中開催されるためにハイプレスにはリスクがあり、また編成上「1+9」構造のチームはハイプレスを常備できない。そのためにスペインがハイプレスの脅威にさらされることがなかったわけだ。

 アルゼンチンは典型的な「1+9」。球際の強さと「10番」を支えるプレースタイルは伝統的な戦い方である。組み合わせに恵まれたにしても、結束力は異常に強く、パッチワーク的にそれぞれの得意をつなげているがゆえの強さがあった。

【W杯過去5大会3回優勝の「バルセロナ」】

 アイデンティティが明確だったスペイン、アルゼンチンとは対照的に、それを失った強豪は危機に瀕している。

 ドイツは「スペイン化」して技術的に進歩した半面、かつて有していた勝負強さを失った。

前回、前々回はグループステージ敗退。今回はラウンド32でパラグアイにPK負け。

 ブラジルにかつての唯一無二のプレースタイルは見る影もない。ラウンド16ではノルウェーに保持率でも負けていた。意外にもブラジルはノルウェーに勝ったことがないのだが、ボール保持でも負けるなどかつては考えられなかった事態である。初の外国籍監督カルロ・アンチェロッティを招聘し、堅守とヴィニシウス・ジュニオールによるカウンターに特化した戦い方を選択していたのは、すでにブラジルが基盤を失っていたからだ。

 スペインの優勝により、W杯史上「バルセロナ」が3回目の優勝を果たしたと言えるかもしれない。2014年優勝のドイツはバイエルンの影響が強く、当時バイエルンを率いていたジョゼップ・グアルディオラ監督によってバルセロナ化していた。そう考えると、「バルセロナ」は過去5大会で3回優勝していることになる。

 バルセロナのプレースタイルが完全に固まったのはグアルディオラ監督初年度の2008年だが、始まりはその20年前のヨハン・クライフ監督就任である。アヤックスのプレースタイルを持ち込んだ。当時のスペインでは異質なサッカーだったが、20年を経てバルセロナのスタイルとして定着しただけでなく、スペインのサッカーとなった。

 言わばスペインは「オランダ化」に成功したわけだ。その背景には強豪国のような強い基盤を持っていなかったことと、何より選手を生み出す源としてのバルセロナという単独クラブの存在がある。単に優れた個を輩出するだけでなく、どうプレーすべきかを刷り込まれている基盤を持った個だ。そして代表の中枢にいる彼らは日常的に一緒にプレーしている。おそらくこの条件がなければ、他国のスタイルを吸収して完全に自分のものにすることはできなかったのではないか。

【日本にとって「強豪」までの長い道のり】

 今回のスペイン優勝で、再び他国の「スペイン化」が起こらないとは言えないが、たぶんそうはならないと思う。過去にそれをやって長期的にうまくいった例がないからだ。

 日本は個々の資質としてはスペインに近い。しかし、バルセロナに相当する母体がなく、強化方針もそちらに向いていない。個の成長を日本代表の進化に結びつけていて、この場合の個は1対1に強い個を指している。森保一監督の選考基準も「1対1に強い」だった。

 スペインのような関係性に強い個は、まず「サッカーとは何か」という全体像の定義がないと育成できない。

やるべき全体が決まっているので細部も決まり、「正解」のあるサッカーになるが、そうでない場合の個はフランス的な1対1の強さが基準になる。

 現在の日本は「1対1の守備で負けない」が最低限の基準だ。そのうえで何ができるかでチームの幅が決まってくる。W杯で中堅相当の日本が勝ち進むには強豪国との対戦が避けられず、そこで接戦に持ち込める力が必須なのだ。

 その点で、今回の日本は今後の基盤を示すことができた。勝てたのはチュニジア戦だけだが、オランダとブラジルを相手に接戦に持ち込めていた。ただ、接戦を制することができるかどうかは運に左右されるところもあり、より確実に勝ち上がるためには自らが強豪そのものになる必要がある。

 今大会、日本代表監督および選手たちは目標として「優勝」を掲げていた。強豪を倒しうる力があるのなら、理論的には全部倒せば優勝できる。しかし、それで強豪になれるわけではない。

 フランスが初優勝してから真の強豪になるまでに20年を要していて、スペインも強豪にジャンプアップするためのプレースタイル確立に20年かかった。まだノックアウトステージに1回も勝てていない現状からすると、日本が強豪に進化するにはそれ以上の時間がかかりそうだ。

 強豪を倒しうるチームから強豪になる条件が揃うまでは、現在の基盤を維持していくことになるだろう。優勝が現実的な目標になるまでには、かなり長い道のりを経なければならないと思われる。

編集部おすすめ