果たして、弁護人は「犯罪者の味方」であり、社会正義に反する存在なのだろうか。
刑事裁判において、弁護人は国家権力である検察官と対峙し、被疑者・被告人の権利を守るという重要な役割を担う。それは、たとえ被疑者が罪を犯したことが明白と思える事件であっても変わらない。弁護人が存在しなければ、国家による一方的な断罪が行われ、冤罪を生む危険性が高まるからである。
本記事では、「悪い人」を守ると見なされがちな「刑事弁護人」について、その裏側にある、法制度上の不可欠な機能と、彼らが直面する葛藤を解き明かす。刑事裁判の仕組みと、そこで弁護人が果たす真の役割とは何か。(本文:野田隼人(弁護士、龍谷大学法学部非常勤講師))
※本記事は野田隼人・堀田周吾 著「事件・裁判報道の『深層』を読む技術」(現代人文社)より一部抜粋・構成しています。(連載第4回/全5回)
「弁護士」と「弁護人」の違い
弁護士の仕事は大きく分けて民事事件と刑事事件の2つがあります。民事事件では、個人や企業同士の争いを解決するのが主な仕事です。契約違反で損害賠償を求めたり、離婚の際の財産分与を決めたりするのが典型例です。一方、刑事事件では、罪を犯したとされる人(被疑者・被告人)を弁護するのが仕事です。
弁護士が、刑事事件において被疑者等を弁護する役割を果たしている場合、その弁護士を刑事弁護人あるいは弁護人と呼びます。向かい合うことになる検事が、刑事裁判で捜査・訴追の役割を果たしている場合、その検事は検察官と呼ばれます。
刑事事件における弁護人の位置づけ
警察が捜査を行い、検察官が起訴するかどうかを判断し、裁判所で審理が行われて有罪か無罪かを決める。この過程で、被疑者等の権利と手続の適正を守るように働くのが弁護人の役割です。憲法37条では、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。」と定められており、弁護人をつける権利は憲法で保障されています。また、単につけられるだけでは意味がありませんから、この条文は弁護人が被告人のために活動することも保障していると理解されています。
弁護人は、刑事手続において、被疑者等の「味方」として活動します。しかし、これは単に被疑者等の言い分をそのまま無条件に受け入れるということではありません。弁護人のスタンスはいくつかの原理的立場に分類されますが、それぞれの信じる法的な観点から最善の弁護を尽くすことが求められます。
弁護人の具体的な活動
【被疑者等との接見(面会)】被疑者等が身体拘束下にある場合、弁護人の活動の中心は、被疑者等との面会です(弁護人のする面会を、「弁護人接見」、あるいは単に「接見」といいます)。逮捕されて身柄を拘束されている場合、家族でも面会には制限がありますが、弁護人は「接見交通権」という特別な権利によって、いつでも自由に面会することができます。
この面会で弁護人は、事件の詳細を聞き取り、今後の見通しを説明し、必要な助言を行います。初回の接見は、被疑者等の多くが不安と混乱のなかにいるため、まずは状況を整理し、安心してもらうことから始まります。被疑者等の話を丁寧に聞き、その人の背景や事件に至った経緯を理解することで、より効果的な弁護活動を行うことができるのです。
【証拠の収集と検討】
事件が起訴された場合、弁護人は、検察官が持っている証拠の開示を受けて、詳細に検討します。現在の日本では、すべての証拠が開示されるわけではありませんが、裁判に使用される証拠については事前に見ることができます。
【法廷での弁論活動】
裁判では、弁護人は被告人の無罪や刑の軽減を求めて法廷活動を行います。証人尋問で有利な証言を引き出し、最終弁論で判決に向けた主張を行います。法廷での弁論は、単に感情に訴えるものではありません。法的な根拠に基づいて論理的に主張を組み立て、裁判官を説得することが重要です。そのためには、法律の深い知識と事実に対する多角的なものの見方が必要となります。
近年増加している裁判員裁判では、法律の専門家ではない市民にもわかりやすく説明する技術が求められます。専門用語を避け、具体的な例を用いながら、被告人の立場を理解してもらうよう努めます。
【示談交渉】
被害者がいる事件で犯行を認めている場合には、示談交渉も重要な弁護活動のひとつです。示談が成立すれば、不起訴処分や刑の軽減につながることがあります。ただし、示談交渉は慎重に行う必要があります。
【環境調整】
犯行を認めている事件については、環境調整を行う場合もあります。環境調整というのは、被疑者等が犯行に至った原因を分析評価し、将来に向かってその原因を取り除くことで、被告人が再び罪を犯すことがないように、被告人の周辺環境を調整することをいいます。
【「疑わしきは被告人の利益に」の意味】
刑事裁判の大原則のひとつが「無罪推定の原則」です。これは、有罪判決が確定するまでは、被告人は無罪であると推定されるという考え方です。そして、有罪を証明する責任は検察官にあり、被告人が無実を証明する必要はありません。
「疑わしきは被告人の利益に」という格言は、この原則を端的に表しています。証拠から有罪であることが合理的な疑いを差し挟む余地なく証明されない限り、被告人は無罪とされるべきだという意味です。この原則は、国家権力による処罰は慎重に行われるべきだという考えに基づいています。無実の人を処罰することは、その人の人生を破壊し、社会の信頼を失わせる重大な問題だからです。
【弁護人は「検察官と対等」】
刑事裁判は、検察官と弁護人が対等な立場で争う「当事者主義」の構造を取っています。
この構造において、弁護人は検察官に対して決して劣位に立つものではありません。むしろ、個人の人権を守るという重要な使命を担っているのです。弁護人が適切に活動することで、初めて公正な裁判が実現されるのです。
ただし、現実には検察官の方が豊富な人員と予算を持っているため、弁護人は限られた資源のなかで効果的な弁護活動を行う必要があります。そのため、弁護人には高い専門性と創意工夫が求められます。
【真実発見と人権保障のバランス】
刑事裁判の目的は、真実を発見して正しい判決を下すことです。しかし、真実発見のためなら何をしても良いというわけではありません。被告人の人権を尊重しながら、適正な手続によって真実に迫ることが大切です。
弁護人は、この真実発見と人権保障のバランスを図る重要な役割を担っています。違法な捜査や不当な取調べがあれば、それを指摘して適正な手続を求めます。また、被告人に有利な事実や証拠があれば、積極的に主張して裁判所の判断に資するよう努めます。
このバランスは時として困難な判断を迫ります。被告人の利益を最大化することと、社会正義の実現との間で葛藤することもあります。しかし、長期的には適正な手続による公正な裁判こそが、社会の信頼と安定をもたらすのです。
「悪い人を守る仕事」という偏見
刑事弁護人に対する最も一般的な偏見は、「悪い人を守る仕事」「犯罪者の味方」というものです。しかし、この認識は制度的な役割分担の問題に対する一面的な見方です。刑事裁判というものは、有罪・無罪を争う場面では、検察官が最大限の努力のもとで有罪を立証しようとする、これに対して弁護人が検察官のする立証活動に徹底的に疑いを差し挟む、このような対立構造のもとでなお、合理的疑いを容れない程度に有罪の証明があると判断するというひとつの社会的な仕組みです。
このような対立判断構造で主張を尽くし、中立判断者たる裁判所が判断をすることで可能な範囲で真実に迫ろうとする仕組みなのです。
ここで、「弁護人がいない」「仕事をしない」「手を抜く」ということをするとどうなるでしょうか。検察官の有罪立証がノーチェックで判断者の前に検出されることになります。そうするとどうなるか。冤罪を生じます。
では、有罪を認めている人の場合はどうなるでしょうか?
この場合も弁護人は必要です。いくつか理由はありますが、ひとつの理由は日本の刑罰の幅がとても広いことです。
たとえば、窃盗の場合、10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が課すことのできる法定刑になっています。これは刑の幅が、罰金1万円から50万円、または、1か月から10年の拘禁刑だということです。これだけ広い幅があるなかで、適正な刑罰がどのくらいかというのも重要な争点になります。
事案によって軽重を考えて量刑しなければいけません。また、その量刑は良い情状という事実、悪い情状という事実を証明して積み上げることで決まってきますから、これも両当事者が主張を戦わせることでより妥当な点にたどりつくということになります。
弁護人は、このような仕組みのなかで、より真実発見に近づくため、適正な量刑に近づくための役割を果たしています。
なお、ここまで述べたところはひとつの立場です。「弁護人は最初から適正妥当な解決を求めるべき」との主張をする論者もいます。
これに対して、ここまで述べてきた立場からは、神ならぬ我らには何が適正妥当かわからないために対立的構造を採用しているのであり、弁護人に適正妥当な解決を求めよと要求するのは原理的に不可能を要求しており、かえって冤罪や不当な解決を招きかねないと反論することになります。
弁護人がいると刑が軽くなる?
「弁護人をつけると刑が軽くなる」という話を聞いたことがある人も多いでしょう。これは半分正しく、半分間違いです。たしかに、適切な弁護活動によって刑が軽減される場合はあります。しかし、それは弁護人が「取引」や「裏工作」をしているからではありません。すでに述べたところからわかるように、法的な争点を適切に整理し、依頼者に有利な事情を説得力を持って主張することで、正当な範囲での刑の軽減を実現しているのです。
たとえば、初犯であること、深く反省していること、被害者との示談が成立していること、社会復帰への具体的な計画があることなどは、量刑において考慮される正当な事情です。弁護人は、これらの事情を整理して裁判所に適切に伝える役割を果たしています。
また、弁護人が示談に向けた活動を行うことで、被害者側にとっても早期に妥当な水準で被害弁償が得られて被害が一部回復される利点があります。弁護人が被疑者等の社会復帰への具体的な計画の立証を意識して、その計画策定を支援することは、被告人の将来の再犯を防止し、被告人にとっても社会にとっても良い結果をもたらすことになります。
筆者はこれを刑事弁護において副次的なものであるとする立場ですが、論者によってはこれこそが有罪自認事案における弁護人の役割だとする立場もあります。
逆に、弁護人がついていない場合、本来考慮されるべき有利な事情が見落とされ、結果として重い刑罰を受ける可能性もあります。必要以上に重い刑罰は、刑罰の実施もお金がかかるので無駄なコスト要因になりますし、被疑者等の社会復帰を困難にして将来の社会的コストを増大させます。
弁護人は、適正な量刑の実現を支援することで、社会的な量刑の最適化を行っているともいえます。
弁護人が直面するジレンマ
弁護人は、しばしば困難なジレンマに直面します。最も典型的なのは、被疑者等の利益と社会正義との間の葛藤です。たとえば、被疑者等が重大な罪を犯していることがほぼ確実でも、検察官の請求する証拠に法的な瑕疵(かし)があれば、それを指摘して証拠の排除を求めることができます。証拠の内容によってはそれが無罪につながることもありえます。そして、それが本当に正しいことなのかという疑問を感じることもあります。
また、被疑者等が虚偽を述べていると疑っているような場合に、どこまで弁護活動を行うべきかという問題もあります。この点についても、弁護人の疑いというような弁護人の心証はまったくの無意味であって被疑者等の言い分によって弁護活動を行うべきであるとする立場から、疑いを抱いている場合に虚偽を立証する方向での弁護活動は許されないとする立場まで、いくつかの立場があり、明確な結論は出ていません。
これらのジレンマに対して、刑事弁護人は倫理規定とみずからの良心に基づいて判断しなければなりません。常に正解(それが本当に正解であるかはともかく「一般的に正解とされる判断」くらいの意味ですが)があるわけではありませんが、依頼者の人権と手続の公正を守るという使命を忘れずに、最善の判断を下すよう努めています。
弁護人という仕事について、基本的な役割からその原理的立場までやや掘り下げて説明してきました。この仕事に対する偏見や誤解も多いですが、法制度において不可欠な機能を果たしていることを理解していただければ幸いです。
■野田 隼人(のだ はやと)
弁護士、龍谷大学法学部非常勤講師。
1981年大阪府生まれ。2003年、上智大学法学部卒業。2008年、東北大学法科大学院修了。2009年、弁護士登録。2025年、京都大学法学研究科博士課程退学。この間、京都産業大学法科大学院、京都大学法科大学院などで教育にあたったほか、日弁連・刑事法制委員会委員、同・刑事弁護センター幹事、同・立会実現委員会委員、同・司法制度調査会委員(商事部会・独占禁止法特別委嘱)、同・AI戦略WG委員などを務めている。

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