大阪市内の市立小学校で起きたいじめ事案をめぐり、被害女児と両親が、学校が初期段階で適切な対応を取らなかったとして大阪市に約300万円の損害賠償を求めた国家賠償請求訴訟。2024年4月、大阪地裁は原告側の請求を棄却した。

原告側は、悩んだ末に控訴を断念したが、深刻な人間不信に陥っていた女児の心はある出来事をきっかけに徐々に開いていく。救ったのは、司法や教育機関ではなく、オンラインゲームでの出会いだった。(ライター・渋井哲也)

発端は「ランドセルを持たされた」出来事

事の発端は2020年夏頃に遡る。原告らによれば、当時小学1年生だった女児に対し、同じマンションに住む同級生の男児が「持って」と自身のランドセルや水筒を持たせる行為を繰り返した。女児は「嫌」と言って断ったが、結局マンション近くで男児が「返して」と言うまで持たされた。
同年12月22日も、同様に女児は男児の荷物を持たされていた。さらに、男児はマンションのオートロックを開けるため、2人分の荷物で手がふさがった女児のランドセルに付いていた鍵を引っ張り、それを使用してマンション内に入ったという。
女児の母親が学校へ電話して相談すると、担任教諭は男児に事実を確認したうえで指導。男児に謝罪をさせたと母親に報告があった。
しかし、2021年1月、女児は登校時に突然全身を震わせ「学校に行きたいけど行けない」と泣き出した。以後、欠席や遅刻、早退を繰り返し、母親の付き添いがなければ登下校できない状態になった。
後の判決によれば、担任は当初、この出来事をいじめではなく「児童間のトラブルで、すでに解決した事案」と認識していた。担任から報告を受けた教頭は「2人の様子を継続的に注視すること」という方針を立てていた。

この時期の対応について、市側は裁判で、女児の登校不安の背景にはいじめだけでなく、「新型コロナによる心理的不安」や「習い事による身体疲労」、そして「母子分離不安」の可能性があったと主張。裁判所も、いじめ発生から登校不安まで1か月以上の間隔があることなどを理由に、学校がいじめと即座に認定できなかったのはやむを得ないと結論付けた。

「いじめ対策委員会」実施も、学校は「トラブル」…

小学2年生になっても状況は改善しなかった。2021年7月、男児が別の児童に荷物を持たせている場面を目撃した女児は、自身への被害を思い出し不安感を再び強めた。
また、両親は「大ごとにしたくない」と周囲に理由を告げないまま女児の送迎を続けていたため、「次第に奇異な目で見られるようになった」と父親は振り返る。「娘はこの視線を意識し、誰かとすれ違うだけで下を向くようになりました」。
10月に入り、ようやく事態は「いじめ」として動き出す。学校が市教委に報告したことで、第1回いじめ対策委員会が開かれた。また父親と男児の保護者、学校との三者面談が行われ、2人の登校班を別にすること接触を避けることが決まった。
しかし、父親が2人の登校班を分けることについて、「他の保護者にいじめによる配慮であると説明してほしい」と学校へ求めたが、学校側は「トラブル」という表現を用い続けたという。
さらにお互いが接触を避けるようになっていた11月、母親が自転車に女児を乗せて帰宅していたところ、男児が「待て!」と言いながら追いかけてきたという。父親は「娘は相手児童の存在そのものを恐れるようになっていた」といい、この出来事を受け12月、家族は転校を決断(その後、転居)する。
転校後、保護者の働きかけを受け、市教委は本件を「いじめ重大事態」として扱い、第三者委員会による調査委員会を設置。
2023年4月20日に公表された調査報告書では、「ランドセルを持たせた行為」がいじめと認定された。

女児「一度も謝ってもらっていない」

転校直前、それまで被害についてほとんど語らなかった女児が、重い口を開いた。
「一度も謝ってもらっていないことがずっと気になっていた」
父親は「担任からは『(男児に)謝らせた』と聞いており、それを信じていた。娘の話には本当に驚いた」と振り返る。
一方、後の判決で裁判所は「(担任が男児に)謝罪させたことが虚偽であると主張する証拠はない」と女児の訴えを認めなかった。他にも裁判所は「(荷物を持たされる行為が)再発していないから、男児への(再度の)指導の必要はなかった」という学校側の主張に沿う判決を言い渡した。
父親は判決に憤る。
「いじめが再発していないのは、私たちが送迎していたからです。それに、転校に至る直接のきっかけになった『追いかけられた事案』については、被告側の主張でも判決でも一切触れられませんでした。
担任の『(男児に)謝罪させた』という言葉を信じて娘を学校に通わせようとし、送迎までしていましたが、それがかえって娘の心の傷を深めてしまったのではないかと思い、今でも自責の念に駆られています」
両親は悩んだというが、控訴せず判決は確定した。

女児を救ったオンラインゲーム

女児はいじめ被害の後遺症の影響で、両親以外の大人と話すことができずにいた。一時は祖父母に対しても恐怖心を抱き、「お父さんお母さん以外の大人が怖い」と話すほどの深刻な人間不信に陥っていたという。
そんな女児を救い出したのは、学校でも司法でもなく「オンラインゲーム」だった。

「家から出られなくなった娘に、少しでも興味を持てるものを見つけてほしいと考え、城巡りを一緒に始めたんです。姫路城で徳川家康の孫である千姫(せんひめ)に興味を持って、調べるようになりました。それをきっかけに、今度は2人でオンラインゲーム『信長の野望 覇道』を始めました」
その中に、平日の昼間にゲームへ参加している女児を気に掛ける女性プレイヤーがいた。父親が事情を説明すると、その女性はSNSで風景写真や励ましの言葉を送り続けてくれたという。
「その人がずっと娘に話しかけてくれたことで、娘も少しずつ私たち以外と会話ができるようになったんです」
女児は現在、心療内科への通院や服薬は続いているが、転校先の学校に一人で通学し、比較的安定した学校生活を送っているという。
「当時は『荷物持たされたぐらいで…』とよく言われました。娘が不登校になったのは荷物を持たされたからだけではないのに。こうした言葉には娘だけでなく、私たち家族も孤独な気持ちにさせられました。
そんな時、ゲームの世界で、名前も顔も知らない娘に、メッセージを送り続けてくれる人がいることに、家族皆が救われ、助けられました』(父親)
いじめ被害への無思慮な言葉は、被害を受けた本人だけでなく、時にその家族にも深い孤独と傷を負わせる。既存の教育や司法の枠組みでは救えなかった少女を救ったのはオンラインでのささやかな繋がりだった。傷ついた子どもたちに本当に必要な「大人の姿勢」とは何か。社会に生きる大人として目をそらさず、考え、実行し続ける必要があるのではないだろうか。

■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。


編集部おすすめ