そうしたとき、精神保健福祉法という法律に基づき、本人の同意がなくても強制的に入院させることがある。
そこではどんな治療が行われるのか。統合失調症を患い、家族の同意により「医療保護入院」となったN子さんの実例をお伝えする。
※この記事は、関東X県の精神科救急病院に勤務する現役精神科医・駒木爽氏の書籍『精神科医おどおど日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。
24時間監視の保護室とは
N子さんが入院している保護室には危険行動を監視するためのカメラが設置され、ナースステーションのモニターで24時間観察ができる。観察用モニターには、落ち着きなく部屋を歩き回り、何事か叫びながら延々とお祓(はら)いを繰り返すN子さんが映っている。
入院翌日の回診。隔離処遇されている患者の叫び声やドアを蹴り上げる音が響き渡る中、看護師とともにN子さんの部屋に行き、電子キーで重い扉の施錠を外して室内に入る。
私:「体調はいかがですか?」
N子さん: 「こんなところに私を監禁してよく平気な顔でいられますね。私をここから出さないと悪霊が広がってしまいます。すぐ家に帰らせてください」
私:「そうやって一日中お祓いばかりに気を取られる生活は疲れないですか?」
N子さん:「疲れるわけありません。これが私の仕事なんだから」
私:「看護師さんが夜もあまり眠れていないと心配していますよ」
保護室にはナースコールがない。1時間に1回看護師が見回りし、異常がないかを確認のうえ、患者の状態をカルテに記載する。
N子さん:「こんなところに入れられて寝れるわけないでしょう」
私:「そのお祓いが自制できるようになるまで、ここで過ごしてもらうことになります」
N子さん:「あんた、何言ってるの!」
そう叫びながら保護室から出ようとするので看護師が制止する。
精神疾患において、夜間の睡眠は最大の治療薬だが、幻聴で眠れなくなれば病状も悪くなる一方だ。私は抗精神病薬の服用を指示しているが、「自分は病気ではない」と信じている彼女が素直に従うはずもない。
入院数日で乏しくなる反応
入院して数日が経過すると、だんだんとN子さんの反応が乏しくなっていった。ついに5日目になると、布団の上に座ったまま一点を凝視している。看護師の声がけにも反応せず、採血をしようと腕を持ち上げるとその姿勢のまま固まる。アダルトビデオの「時間停止」シリーズのように彼女の時が止まってしまった…。「N子さん、わかりますか?」そう言いながら肩を揺らしても、こちらを見向きもしない。終始無言で無表情。食事もせず、尿や便も垂れ流しである。
こういう状態を“緊張病性昏迷”と呼ぶ。重症の精神疾患患者が多く収容されるわが院では年10例ほど、この症状を目にする。
「N子さん、固まっちゃっていますね。ご飯も食べないし、薬も飲めそうにないです」
処方薬と水が入ったコップを持った看護師が残念そうに話す。当院のベテラン看護師たちはこの症状にも慣れたものだ。
N子さんはこの状態でその場から動かず、一切の食事をとらず、トイレにも行かないまま1週間が経った。
この状態に陥った患者はどんどん衰弱する。精神疾患は生死に関わらない病気だというイメージがあるが、そのまま様子を見ていたら、患者は死ぬ。
薬が効かない時の最終兵器
昏迷を解除する働きのある注射薬は存在するが、効果は限定的で、しばしば薬が効かない事態に直面する。そんな患者の命を救うための精神科の最終兵器が“修正型電気けいれん療法”だ(※)。“電気”“けいれん”というワードに警戒心を抱く患者家族も多い。しかし、これこそが究明の切り札なのだ。
※全身麻酔と筋弛緩薬を用いて患者が眠っている間に脳へ電気刺激を与え、てんかん発作を誘発。重症のうつ病や統合失調症などの精神症状を改善する精神科専門療法
母親の同意を得て、念のため本人にも口頭で説明。昏迷状態であってもこちらの声は聞こえている可能性があるためだが、N子さんは無反応。
看護師2名が抱きかかえるようにして処置室に移動する。麻酔をかけて眠らせたN子さんのこめかみに電極を装着し、電気刺激を与える。N子さんの体はびくびくと痙攣し、頻脈・高血圧などの循環動態の変化は激しい。全身麻酔下の処置で緊張感がある。通電時間はわずか数秒とはいえ、覚醒させるまで10分ほどを要する「小手術」だ。
週2回のペースで修正型電気けいれん療法を続ける中で彼女の昏迷は徐々に解除され、同時に幻聴や妄想も少しずつ減っていった。
入院から1カ月が経つころ、N子さんはようやく抗精神病薬を素直に飲むようになった。以前なら、私が部屋に入ると敵愾心をむき出しにしたが、穏やかに受け入れる。食事も自分でとれるようになり、栄養補給の点滴も不要となった。
私はこの段階で、N子さんを保護室から閉鎖病棟内の個室での生活に移ってもらうことにした。
10回の電気治療が終わるころには劇的に回復
さらに、合計10回の電気治療が終わるころには、N子さんは大部屋で安静にすごせるまでに回復した。「最近、お祓いしなくなりましたね」回診時に水を向けてみる。
「今は霊の気配を感じないんです。前は頭の中で『お祓いしなきゃ』っていう焦りがぐるぐる渦巻いていたのが静かになってるんです」
かつての病的な気配は影を潜め、どこにでもいる穏やかな女性の佇まいを見せている。
「なんであんなことをやっていたんだろうって、自分が自分じゃなかったような気持ちです。頭の中でずっと声が聞こえていて、霊の気配がしていました。うまく説明できないんですけど……自分が考えたことがそのまま言葉になって聞こえてきて、その霊と対話しちゃうんです……」
N子さんは懸命に当時の心模様を伝えようとしてくれた。統合失調症の体験は、私たちが共有する「日常の文脈」の外側にある。言葉にすることは単なる「説明」ではなく、「バラバラに砕け散った世界の断片を拾い集め、なんとか一つにまとめる行為」といえる。
入院から3か月、N子さんの退院の日が来た。
「もう頭の中で聞こえていた声が消えました。霊の気配も感じません。除霊師は引退ですね」
自分を客観視し、そんな冗談まで飛ばす。
退院後も通院を継続し、病状が再燃することもなく、今では両親とも元の関係に戻っている。
“別世界”を彷徨っていた患者が治療により“こちらの世界”に戻ってくる。こんな瞬間に立ち会えるのは精神科医の醍醐味でもある。

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