「『植松の考え方は真っ当だ』『理解できる』——。そんな“賛同”の声が、あの当時は数え切れないほどあった」
精神障害の当事者・Aさんは、10年前の社会の空気をそう振り返る。
19人の命を奪った男だけでなく、その思想に同調する見ず知らずの人々の存在に、Aさんは強い恐怖を覚えたという。
2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が殺害された。事件から10年を前に、精神障害者個人及び団体で構成される「全国『精神病』者集団」らが7月14日午後、都内で会見を開き、当事者たちが声を上げた。
会見の参加者らが「事件を報道するうえで、必ず取り上げてほしい」と訴えたのは、事件後に浮上し、そして“忘れられつつある”という措置入院の見直し問題だった。
事件を起こした植松聖死刑囚(殺人罪などで死刑判決が確定)が措置入院後12日で退院していたことが大きく報じられ、政府は再発防止策として制度の見直しへ動いた。だが同団体は、障害者を一か所に集めて隔離する施設政策こそが事件の背景にあり、措置入院の強化もその延長線上にあると主張。「措置入院強化では問題の解決にならない」と訴えてきた。

「賛同した“普通の人”が怖かった」

Aさんは2017年4月、法案に反対する座り込みに加わった。「強制入院させられたのは私だ」と書いたプラカードを掲げ、1週間近く座り続けたといい「『植松の考え方は真っ当だ、理解できる』と普通の人がそう口にしていた。その光景こそが恐ろしかった」と述べた。
「私は精神障害者であり、一人の人間だ」Aさんはそう強調したうえで、「障害者というフィルターがかかると、犯罪予備軍だとか、追いやられて死ぬ立場だという建て付けにされてしまう」と訴えた。
障害者権利条約は「どこで誰と住むのも自由」とうたうが、今も多くの当事者が施設や病院で暮らす現実があるとし、「その人たちを地域に迎え、一緒に暮らしていきたい。人間として当たり前の生活を送りたいだけだ」と語った。

全国「精神病」者集団の運営委員・桐原尚之氏は、この10年の経緯を時系列で説明した。
事件2日後の7月28日、塩崎恭久厚労相(当時)が「措置入院後の十分なフォローアップができていなかったという指摘がある」と発言。翌29日には厚労省内で制度見直しの有識者会議設置の準備が始まり、8月には検証・再発防止策の検討チームが設けられた。桐原氏によれば、12月にまとまった対策の約8割が、措置入院の見直しに関する内容だったという。
2017年、政府は精神保健福祉法の改正案を国会に提出した。安倍晋三首相(当時)は施政方針演説で「あってはならない事件であり、断じて許せない」と述べ、「措置入院に退院後の支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止対策をしっかり講じる」と表明。
法案は参議院を通過したものの、同年9月に衆議院が解散されたことに伴い廃案となった。

「監視のための立法としか考えられない」

桐原氏が問題視したのは、法案が精神障害者を「犯罪を起こしうる危険な存在」とみなす発想に立っているという点だ。
桐原氏は「犯罪を防止するために医療を使うという、偏見に満ちた考え方だ」と批判。改正案には、退院後に転居した措置入院者の住所を警察が把握できるようにする内容なども盛り込まれていたとし、「監視のための立法としか考えられない」と述べた。
これに対し、厚労省は国会で、やまゆり園事件の再発防止のための法改正ではない、と繰り返し答弁した。
桐原氏は、その説明を「再発防止を“目的”としたものではなく、“契機”としたものだ、という言い方だった」と紹介。「目的であろうとも契機であろうとも『精神障害者は危険』という考えに変わりはない」と批判した。

さらに、「こうした発想は『生産性のない障害者はいない方がいい』という考えと地続きであり、本人の同意なく不妊手術を認めていた旧優生保護法とも通じる」と指摘した。

「差別的な運用は続いている」

法案は廃案になったものの、措置入院の運用そのものは、その後も自治体のガイドラインなどを通じて変化してきたと桐原氏は語る。ある自治体のガイドラインには“津久井やまゆり園事件の再発防止策として作成した”旨が明記されている例もあるとし、「廃案で全て解決したわけではない。差別的な運用は続いている」と話した。
精神保健福祉士で、自身も精神障害の当事者であるBさんは、事件当時、障害者施設の職員として働いていた。
利用者やその家族のことを何度も考えたというBさんは、「生産性や意味があるかどうかで命の価値をはかる考え方は、植松死刑囚という特別な一人のものではない」と語った。
「その考えは社会の中にずっと存在してきた。事件は、社会全体への問いかけだったのではないか」
措置入院者への退院後支援をめぐっては、厚労省の検討会も2022年6月の報告書で、津久井やまゆり園事件の再発防止策を契機とした取り組みではないことを明文で規定したうえで「推進の方策を整理すべきだ」との方向を示している。
同年成立の改正法(精神保健福祉法など5本の法律を一括改正)の附則3条は、本人の同意によらない入院——措置入院や医療保護入院など、いわゆる「非自発的入院」——の制度のあり方について、障害者権利条約の実施に向けて精神障害者らの意見を聴きつつ検討すると定めた。
また、附則2条では施行から5年にあたる2029年を目途に、法の施行状況を勘案して見直しを検討するとしており、現在も厚労省で議論が続いている。


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