「残業が少ない」「福利厚生が充実している」「ハラスメント対策にも力を入れている」。そんな“はたらきやすい会社”であるにもかかわらず、若手社員や中核人材の定着に課題を抱える企業は少なくありません。
待遇や制度に大きな不満はないはずなのに、なぜ社員が辞めてしまうのでしょうか。その背景には、管理職の善意から生まれる「ホワイトハラスメント(※)」が潜んでいるのかもしれません。ホワイト企業で離職が続く理由と、若手の成長を支えるマネジメントの在り方についてアチーブメント株式会社 取締役営業本部長の橋本拓也氏にうかがいました。
(※)本記事では、部下への過度な配慮によって必要な指導や挑戦機会の提供を避け、結果として成長機会を損なってしまう状態を「ホワイトハラスメント」と呼びます。
「管理職の配慮」が若手の成長機会を奪う
――「はたらきやすい環境は整っているはずなのに社員が辞める」という悩みを抱える企業が増えています。なぜホワイト企業では離職理由が見えにくいのでしょうか。橋本氏:社員がはたらきやすさ「だけ」を求めていると誤解しているからではないでしょうか。
採用が難しくなる中で、多くの企業がはたらきやすい環境づくりに力を入れてきました。残業を減らし、リモートワークや副業ができるようにし、福利厚生も充実させています。
こうした取り組み自体は非常に重要なのですが、一方で、近年「自分の市場価値を高めたい」「成長したい」という志向を持つ若手社員も少なくありません。この点を認識しておいたほうがいいでしょう。
終身雇用を前提にキャリアを考える人ばかりではなくなり、若手社員の中には「20代でどのような経験を積むか」を重視する人もいます。はたらきやすい環境が整っていても、「この会社で成長できている実感がない」と感じれば、離職を検討するきっかけになり得ます。
橋本氏:はい。はたらきやすさと同時に、企業は「はたらきがい」を提供するべきでしょう。
人は、自分なりにチャレンジし、その結果として成長を実感できたときにはたらきがいを感じます。たとえば上司から「今のあなたには少し難しい仕事かもしれないけど、ぜひやってみませんか」と期待を込めて声をかけられ、挑戦の機会を与えられる。そうした経験が成長実感につながります。
しかし最近は、管理職の多くが「部下に負荷をかけることはよくないのではないか」と考え、挑戦機会そのものを減らしてしまっているように感じます。負荷をかけた結果、ハラスメントだと指摘されることを恐れる気持ちもあるでしょう。そうして無難な仕事ばかり任せるようになってしまうと、若手は成長実感を得られません。
部下への過度な気遣いによって、本来行うべき指導やフィードバック、挑戦機会の提供を避けてしまい、結果として部下の成長機会を奪ってしまう。近年では、こうした管理職の過度な配慮が、結果として部下の成長機会を奪ってしまう状況を「ホワイトハラスメント」と表現することがあります。
意図せず「放任」に近い状態になってしまっているんですね。
「やってはいけないこと」ばかり意識してしまう現状
――ホワイトハラスメントに陥りやすい管理職には、どのような特徴がありますか。橋本氏:一番多いのは、「部下に嫌われたくない」「離職されると自分の評価が下がってしまう」といった不安にとらわれているケースではないでしょうか。実は、私自身にも苦い経験があるんです。
私は20代後半で初めて管理職になり、部下を持ちました。しかし、その部下たちは半年ほどで、全員がチームを離れていってしまったのです。当時は原因がわかりませんでしたが、振り返ると、私は部下に正論をぶつけたり、理詰めで指示をしたりして、自分の思い通りに動かそうとしていました。
その失敗を経験して、私は真逆に振れました。「今日はもう帰っていいよ」「その仕事は私がやっておくよ」「こんなミスは気にしなくていいよ」。そんなふうに、とにかく部下に負荷をかけないことを意識して接するようになったのです。
ところが、またしても部下がどんどんチームを離れていってしまいました。今度は、部下が挑戦する機会そのものを奪ってしまっていたのだと思います。管理職向けの研修でこの話をすると、本当に多くの方に共感されますね。
橋本氏:そうかもしれません。
最近では多くの企業でハラスメント研修が行われ、「管理職がやってはいけないこと」の理解はかなり浸透しました。一方で、「ではどう関わればいいのか」を学ぶ機会はまだ十分ではありません。
飲みに誘ってはいけない、プライベートに関わることを聞いてはいけない、厳しい指摘は避けたほうがいい……。こうした「常識」ばかりが積み重なると、管理職は「何もしないことが正解なのではないか」とさえ考えてしまうでしょう。その結果、本来若手にとって必要だったフィードバックや挑戦機会まで失われてしまうのです。
組織内の「兆候」に目を向け、「逆効果の一言」に注意する
――自社や自組織がホワイトハラスメントに陥っていないか、気になっている人も多いと思います。セルフチェックをするための指標や、気付くべき兆候はありますか?橋本氏:部下に「辞めたい」と切り出されてからでは、できることは限られています。だからこそ、日ごろの小さな変化に目を向けることが大切です。
たとえば、若手社員からの主体的な質問や提案が減った、会議で発言する人が少なくなった、1on1が業務報告だけで終わっている、といった状況は一つのサインかもしれません。
こうした兆候にはさまざまな問題が絡むため、一つの現象だけで判断できるものではありませんが、早い段階で気付くためのチェックポイントとして活用できるでしょう。
――先ほどご紹介いただいた橋本さんの実体験にもありましたが、管理職がよく使う「善意の一言」が、逆効果になってしまうこともあるのですか?橋本氏:あります。私が使ってしまっていた「無理しなくていいよ」「私がやっておくよ」「気にしなくていいよ」という言葉からは、一見すると優しさを感じるかもしれませんが、部下によっては「自分は期待されていない」と受け止めることがあるんです。
大切なのは、上司として部下に期待しているという思いを伝えた上で、「困ったら一緒に考えよう」「なんでも相談してくれていいよ」と、伴走する姿勢を示すことです。
他にも、日常的に発している何げない一言が部下の成長実感を妨げているかもしれません。どんな言葉が悪影響を及ぼすのか、どんなふうに言い換えて伝えるべきなのか、考えてみてはいかがでしょうか。
「社員が定着し、成長できるホワイト企業」であり続けるために
――最後に、ホワイト企業であり続けながら、はたらきがいのある組織を実現するために、管理職や人事が今日からできることを教えてください。橋本氏:私は「信頼」が全ての出発点だと思っています。
当社では、部下の目標達成や成長を支援することで、結果として組織の成果を高めていく「リードマネジメント」の考え方を大切にしています。その根底には、「この人は成長できる」「やり遂げる力を持っている」という部下への信頼があります。
逆に言えば、ホワイトハラスメントが起きている組織では、部下への信頼が薄れてしまっていることが多いように感じます。管理職は「部下に嫌われたくない」「一生懸命関わってもどうせ離職を止められない」といった、恐れや諦めの感情に支配されています。
部下は、上司が心の中で本当に思っていることを敏感に感じ取るもの。だからこそ管理職は「あなたならできる」と部下を心から信じ、関わることが大切なのです。
厳しいミッションがどんどん課され、高い目標に追われ続ける管理職にとって、部下を心から信頼することは簡単ではないのかもしれません。それでも、まずは身近な1人の部下からでもいいので、本気で信頼し、仕事を任せ、時には力を借りてみてください。
そうすれば、「部下は自分が思っていた以上に力を発揮してくれる」という発見につながるはずです。
【取材後記】
取材では、橋本さん自身の過去の失敗談を包み隠さず語っていただきました。部下に厳しく接してもうまくいかず、ただ優しく接するだけでもうまくいかなかった。その経験があるからこそたどり着いた「大切なのは厳しいだけでも優しいだけでもなく、部下を信頼すること」という言葉には重みがありました。はたらきやすさを整えることは、これからも企業にとって欠かせないでしょう。そのうえで、一人ひとりが挑戦し、成長を実感できる環境をどうつくっていけるか。管理職と人事の役割がますます重要になっていくと感じた取材でした。
企画・編集/海野奈央(doda人事ジャーナル編集部)、岩田悠里(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

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