「doda」調べでは2026年6月の転職求人倍率は2.55倍と、企業にとっては引き続き人材採用が難しい状況が続いています。一方、中途採用業務の困りごととしては、「苦労して採用した人材が活躍しない」「早期に離職してしまう」という入社後の問題が顕在化している企業も少なくないようです。
キャリアアドバイザーを経て企業向けの採用力向上セミナーや研修に携わる只石 有希子氏(パーソルキャリア株式会社)は、その原因の一つを「経験やスキルに偏った採用要件の設定」だと指摘します。
そこで注目したいのが、組織で高い成果を出している人に共通して見られる価値観や性格、思考特性、行動特性などを表す「コンピテンシー」。スキルに偏った採用によるミスマッチを防ぐには、まず「自社で活躍する人材に共通する考え方や行動の特徴」を採用要件や選考へ落とし込むことが第一歩だといいます。活躍人材から逆算する採用設計の進め方について、只石氏に聞きました。
活躍してもらえない要因の一つは「自社に合う考え方や行動を見極められていない」から
――「採用した人材が活躍しない」「早期に離職してしまう」といった問題を抱える企業が増えているようです。経験やスキルが採用要件を満たしていても、入社後に活躍できないのはなぜでしょうか?只石氏:多くの企業が、目に見えやすいスキルに偏って転職希望者を評価していることが、一つの要因だと考えています。
たとえば、知識やノウハウ、技術、資格、学歴などは、「何ができるのか」を示す要素。履歴書や職務経歴書から確認しやすく、面接でも掘り下げやすいため、評価の中心になりやすいのです。
一方、入社後の活躍を見極める上で注目したいのが「コンピテンシー」です。コンピテンシーとは、高い成果を上げる人に共通して見られる思考や行動の特性を指します。その背景には、本人の価値観や性格なども関係しています。
只石氏:はい。面接で「どのような仕事をしてきたか」「どれほど大きなプロジェクトを担当したか」といった実績だけを確認し、「優秀そうだから」と採用しても、自社で求められる考え方や行動の仕方と合わなければ、期待した活躍にはつながりません。
たとえば、仕事に求められる経験や知識は十分なのに、環境の変化へ柔軟に対応できなかったり、自律的に動くことが求められる職場で指示を待ってしまったりして、なかなか活躍できないというケースもあるのではないでしょうか。こうしたミスマッチは、自社に合う考え方や行動特性を十分に見極められていないために起こります。
採用数を確保するための要件緩和が、育成コスト増大や早期離職を招くことも
――それらを見極められていない背景には、具体的にどのような問題があるのでしょうか?只石氏:大きな問題は、自社の活躍人材から逆算した要件定義ができていないことです。
実際に私が人事・採用担当者に「御社で活躍しているのはどのような人ですか?」と尋ねると、必要な経験やスキルは次々と挙がります。しかし、活躍する人に共通する思考特性や行動特性については、なかなか言葉が出てこないことも多いです。
これは、「この業務の経験がある人」「この資格を持っている人」といったスキル中心の要件や、「優秀そうな人」「コミュニケーション力のある人」といったあいまいな人物像を基に、現場で採用が進められていることの表れではないでしょうか。
――採用難を受けて、スキル面での採用要件を緩和する企業も多いと思います。これもミスマッチにつながるのでしょうか?只石氏:人材を採用できないとき、多くの企業が最初に緩和するのは「リーダー経験がなくてもよい」「資格は必須としない」といったスキル要件です。転職希望者の間口を広げること自体は、決して間違いではありません。問題は、自社で活躍するために必要な行動特性を明確にしないまま、「とにかく採用すること」を目的に要件を下げてしまうことです。
知識や経験は、入社後の教育や実務経験を通じて習得・強化できる可能性があります。そのため、スキルが多少不足していても、自社が求める考え方や行動の特徴を備えており、育成できる環境があるなら、入社後に成長して活躍してもらえる可能性は十分にあります。
反対に、スキル要件を満たしていても、思考特性、行動特性が職場と合っていなければ、入社後に変えるのは容易ではありません。
只石氏:後天的に伸ばせる部分もあります。ただ、その土台にある価値観や性格は、子ども時代からのさまざまな体験によって形成されている面もあり、短期間で大きく変えるのは簡単ではないと思います。
若手の場合も、本人の志向性に合わない環境は負担になり、早期離職につながることもあると考えられます。
ミスマッチが起きれば、本人だけでなく、教育やフォローを担う配属先の責任者やメンバーにも大きな負荷がかかります。採用数を確保するための要件緩和が、結果として育成コストの増大や早期離職を招き、現場をさらに疲弊させる。この悪循環を防ぐためにも、採用前の段階から入社後の活躍を見据える必要があるのです。
採用設計の出発点は、転職市場や転職希望者ではなく「社内」にある
――では、「活躍人材から逆算して採用を設計する」とは、具体的にどのような考え方なのでしょうか?只石氏:従来の採用では、「いま募集している仕事には、どのような経験やスキルが必要か」という視点から人物像を考えることが多いと思います。これに対して、活躍人材から逆算する採用設計では、まず「自社では、実際にどのような人が成果を上げているのか」を捉えます。
第一歩として取り組みやすいのは、社内で活躍している人を複数名選び、その人たちに共通する行動特性を言語化することです。売上や目標達成率などの定量評価だけでなく、人事評価に含まれる定性的な項目にも注目します。たとえば、「自ら課題を見つけ、解決に向けた行動を設計できる」「周囲を巻き込みながら仕事を進められる」といった特徴です。
――どのような観点で分析対象者を選ぶのがよいでしょうか?只石氏:特におすすめしたいのが、中途入社後の立ち上がりが早かった人です。
ただし、「あの人は人間ができている」「もともと優秀だから」といった感覚的な評価では、採用要件として再現できません。本人へのインタビューや社内の評価情報、必要に応じて外部の分析サービスを活用するなど、一定の根拠をもとに共通項を探ることが重要です。
採用となると、つい転職市場や転職希望者など社外に目が向きます。しかし、採用設計の出発点は社内にあります。「どんな人を採りたいか」ではなく、「どんな人が活躍しているか」。外を見る前に、まず自社の中を見ることから始めてみてください。
「転職市場で採用可能な人材像」×「活躍する人材要件」を定義する
――活躍人材の分析結果を、再現性のある採用要件へと落とし込む方法を教えてください。只石氏:要件定義では、「転職市場で採用可能な人材像」と「活躍する人材要件」という2つの視点を持つことが大切です。
転職市場で採用可能な人材像とは、転職市場に実際にいて、採用できる可能性のある現実的な人材像です。一方、活躍する人材要件は、自社で成果を上げている人に共通する行動特性をもとに定めた条件です。どちらか一方へ寄せるのではなく、両者が重なる部分を見つける必要があるのです。
採用しやすさだけを優先すれば、採用できたとしても入社後に活躍しない可能性があります。反対に、活躍人材の条件をあれもこれもと盛り込めば、「そんな人には一生出会えない」という要件になりかねません。
只石氏:まずスキルについては、「どこまでなら入社後に育成できるか」を基準に必須条件を設定します。自社に教育できる人がいるのか、チーム内で補完できるのかといった点も含めて、現実的なラインを引きます。
コンピテンシーについては、その部門やポジションで本当に譲れないものを、3~5項目程度に絞るとよいでしょう。項目が多過ぎると、全てを備えた「スーパー人材」を探すことになってしまいます。絞り込んだ要件を求人票へ落とし込み、必要に応じて人材紹介サービスの担当者などに相談しながら、転職市場に合った条件になっているかを確かめることも有効だと思います。
只石氏:転職希望者を「未来の部下や、共にはたらくメンバー」だと考え、普段、彼らとコミュニケーションを取るときと同じように深掘りしてみてください。
彼らが成果を上げたときには、「どのような課題があったのか」「何を考えて、どう行動したのか」「周囲とどのように連携したのか」まで聞くと思います。面接でも、実績の大きさだけに引っ張られず、同じ粒度で成果に至るプロセスを聞くことが、行動特性の見極めにつながります。
行動特性を重視した採用基準を設けることは、入社後の評価との一貫性を持たせることにもつながります。
たとえばパーソルキャリアでも、会社として大切にする価値観を人事評価の項目に落とし込み、日々の行動や成長を振り返る仕組みを設けています。採用時にも、その価値観と親和性のある考え方・行動が見られるかを確認することで、入社前後の評価軸が大きくずれないようにしています。自社の理念や価値観を「掲げるもの」で終わらせず、採用・評価・育成の基準へ具体化することが、入社後の活躍を支える土台になるはずです。
コンピテンシーを入社後の活躍へつなげるコミュニケーション
――採用時に見極めた行動特性を、入社後の活躍へつなげるためのコミュニケーションでは、どのようなことを意識すべきでしょうか?只石氏:人事としてはまず、「どのような役割や行動を期待して採用したのか」を、入社者本人と配属先へ明確に伝えることが大切です。その期待をもとに育成計画を立て、1on1などを通じて定期的にフィードバックしていきます。
入社した人にとって、「自分は何を期待されて、ここにいるのか」「いつまでに、どのような状態になればよいのか」がわかることは、大きな安心につながります。採用時に評価された行動特性は、本人がもともと得意とし、面接でもアピールしていた可能性が高い部分。その強みを期待として伝えてもらえることは、入社後に行動を起こすための「お守り」にもなると思います。
このようにして早い段階で強みを発揮できる機会を設け、成功体験を積んでもらうことで、入社後の立ち上がりも早くなります。スキルについても、いつまでに何を習得すればよいかを示し、成長の進捗を確認していくことが必要です。
さらに、オンボーディングで得られた情報を、次の採用へ還元する視点も欠かせません。面接時の評価と入社後の実態を照らし合わせ、見極めにずれがなかったかを検証します。
自社の活躍人材を言語化し、採用要件へ反映する。そこで定めた人物像を求人票や面接で伝え、狙った人材を惹きつける。そして、採用時に見極めた強みをオンボーディングへつなげる。この一連の流れが線としてつながれば、採用活動にさらなる進化をもたらすはずです。
【取材後記】
「大きなプロジェクトを成功させた」という実績だけでなく、「そのとき何を考え、どう動いたのか」まで目を向ける。言われてみれば当然のようですが、採用の場では前者に引っ張られがちかもしれません。特に印象に残ったのは、「面接相手を未来の部下だと思って接する」という只石さんの言葉。転職希望者を限られた情報だけで判断するのではなく、これから一緒にはたらく人として丁寧に理解しようとする姿勢こそ、その人らしい考え方や行動を見極める出発点なのだと感じました。
企画・編集/平尾千晶(doda人事ジャーナル編集部)、岩田悠里(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

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