2008年公開の『ぐるりのこと。』で主演を務め、45歳にして史上最年長でブルーリボン賞新人賞を受賞したリリー・フランキー。
批判よりも人を褒める文章のほうが難しい――。映画に猫可愛がりされながら、今も自らを“俳優”と呼ばないリリーが語る、表現と他者へのまなざしとは。〈前後編の前編〉
「異物」でいることを忘れない
──この度、18年ぶりに4Kリマスター版となって公開された『ぐるりのこと。』ですが、あらためて完成版はご覧になりましたか?
リリー・フランキー(以下同) いや、実はまだ観れてないんですよ。でも橋口(亮輔)監督が「4Kになったおかげで、今までフォーカスが当たらなそうな人の細かいお芝居までちゃんと映ってる」って言っていたから、きっとスクリーンでのポテンシャルがすごく引き出されているんでしょうね。
──リリーさんの小説『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』を読んだ橋口監督から「カナオ(※『ぐるりのこと。』でリリー・フランキーが演じた役)がここにいる」と出演を依頼されたそうですね。当時、ご自身のどういう部分がカナオと重なっていると感じましたか?
あの映画で木村多江さんが演じた(カナオの妻の)翔子は、精神的にしんどくてうつ状態にあった時期の橋口さん自身の分身なんです。「こういう時にカナオみたいな人がいたらな」という、橋口さんの中で欲しかった存在が僕の役だった。
つまり、それって「逃げない人」なんでしょうね。慰めの言葉をかけるわけでも、状況を一変させられるわけでもないけれど、ただ側にいて逃げない。そうやって血を通わせずに側にいる空気を、僕の書いた本から感じ取ってくれたのかもしれない。
──現場に入って橋口監督から演技の心得として、「やってはいけないこと」と「やらなければいけないこと」を教わったそうですね。
やってはいけない芝居の雰囲気というのは、これまで映画ライターとしてたくさんの映画を観てきた中でなんとなく分かっていたんです。だからこそ僕は、ちゃんとした演技の勉強をしないままこれまで続けている。
僕の中では「あんまり勉強しちゃいけないな」と思っているんです。アマチュアリズムみたいなものがなくなったら、僕みたいな人間を使う意味がないじゃないですか。本物の俳優さんを使ったほうがいいに決まってるんだから。
自分が映画の中で「異物」であるということは、忘れないようにしたいんですよね。
──45歳でブルーリボン賞新人賞を史上最年長で受賞されて以来、映画の現場からのオファーは途切れません。
自分のことを“俳優”と呼んだことは一度もありませんが、1発目の映画(石井輝男監督『盲獣vs一寸法師』)から主役で呼んでもらったりと、とにかく映画呼ばれ運がいいんでしょうね。映画に猫可愛がりされている。どんな俳優さんよりも映画を観てきた自負はあるので、そのご褒美なのかもしれないですけど。
だからね、あなたもちょっと油断していると急に映画に出させられますよ? ライターやってて映画のことを書いていると、「映画出ないか」って声がかかったりしますから(笑)。
本当に難しいのは、人を「褒める」こと
──そうして観る側・書く側から演じる側に回ったわけですが、長年の映画批評やコラム執筆の経験は、どう影響していますか?
原稿を書いていた経験は生きていると思います。ただ、ライター時代に監督や役者さんを批判的に書くこともありましたけど、批判的な原稿を書いている時って、書き手の精神状態がすごく出るんですよね。言っちゃいけないことを言える段階に自分がいるような気がして、一番自分に出力があるかのように錯覚するのが批判なんです。
本当に難しいのは、「褒める」原稿なんです。褒める原稿って、中途半端な出力だと安易で浅薄な言葉にしかならない。全身全霊で褒めて、初めてその原稿が人の心に残るんです。悪口で盛り上がることにセンスも出力も要らない。でも、人の価値観を揺さぶるような褒め方ができるかどうかには、圧倒的なセンスが要求されると思います。
──その「センス」って、いったい何なんでしょうね……。
まず「センスって何ですかね?」って質問をしないことが大切ですよ(笑)。そして、そういう質問に答えるような人間にもならないほうがいい。
──肝に銘じます(笑)。
その人がどんな仕事をしていて、どういう心理状態であろうが別に構わないけれど、やっぱり真面目な人が好きなんでしょうね。不真面目な人の愚痴を聞くのが一番時間の無駄じゃないですか。責任感のない批判的な発言に心を惑わされるなんて、本当に時間の無駄だから。
今回『ぐるりのこと。』の4K版に上白石萌歌ちゃんがコメントを寄せてくれたんだけど、萌歌ちゃんは本当にちゃんとした人間だから、初日に自分で劇場まで観に行って「お客さんちゃんと入ってました」って僕に連絡をくれたんですよ。素晴らしくないですか? そういう真面目な人と仕事をしたいですよね。
自分ではなく、映画の一部になる
──世間では過剰なリスク管理や顔色をうかがう空気が強まっていますが、そうした空気とはどう距離を取っていますか?
みんなが何にそんなにビクビクしているのか、よく分からないんですよね。飲み屋さんとか行っても、お店の女の子に「これインスタあげていいですか?」って言われたら「絶対あげてね」って返すんです。俺SNSやってないから、むしろ人のインスタにできるだけ載りたい(笑)。めちゃくちゃ付き合ってる感じの雰囲気で載せてもらって。
コソコソ隠すんじゃなくて、どんどん出してもらうのが一番のリスク管理なんですよ。それなのに一番腹立ったのが大森南朋でね。
「ミスター・ビーン」ってあまりしゃべらないイメージがあるじゃないですか。そのローワン・アトキンソンが、9・11テロの直後に言った言葉があるんです。「冗談にできないテーマなどあってはならない。宗教も含めて」って。本当にその通りだと思いますね。起きた出来事を冗談にもできない空気のほうが、よっぽど危険ですから。
──世間から「俳優」として広く認知された現在も、ご自身の中に照れや違和感は残っていますか?
昔から人前に出るのがあんまり好きじゃなくて、今さらながら恥ずかしくなってきたところがあるんです。昔、雑誌で「好きな本を紹介してください」って企画があっても、自分の顔写真を載せるのが嫌で、ずっとイラストの似顔絵にしてもらっていたくらいで。
ただ、お芝居をする時だけは別なんです。リリー・フランキーとして顔を出したり脱いだりするのは嫌だけど、役名がついていれば、ケツを出そうが何しようが何とも思わない。
#2に続く
取材・文/キムラ 撮影/杉山慶伍

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