〈テレ朝・三谷紬アナ〉「数行の心ないコメント」に傷ついていた…「批判が怖い、失敗が怖い」SNSに疲弊した彼女を救った“サファリの景色”
〈テレ朝・三谷紬アナ〉「数行の心ないコメント」に傷ついていた…「批判が怖い、失敗が怖い」SNSに疲弊した彼女を救った“サファリの景色”

テレビ朝日アナウンサーの三谷紬さん。サッカーを中心としたスポーツへの知識や、率直な発言でも知られている彼女だが、自身の発言が思いもよらない受け取られ方をしてしまい、SNSでの誹謗中傷に傷つくこともあるという。

 

そんな彼女が「なりふり構わず生きる」ハイエナへの憧れを胸に南アフリカのサファリを訪れた。憧れの景色から彼女が感じたこととは。

「あくまでも三谷のイメージのお話ですが…」

少し前の話になりますが、今年のお休みで幼い頃から憧れていたサファリに行くために、南アフリカを訪れました。

乾いた土の匂いとどこまでも広がる大草原。南アフリカのピラネスバーグ国立公園に足を踏み入れた瞬間、震えるような喜びを感じました。

とにかく見たかったものがあったのです。それは、強くたくましい肉食動物たちです。

肉食動物と聞いてまず思い浮かぶのは、百獣の王と言われるライオンかもしれません。あるいは、ヒョウやチーターでしょうか。

けれど私はハイエナが見てみたかった。

創作物等で悪役になることが多いハイエナは、「卑怯なやつ」「人の餌を横取りする」というイメージがついていますが、それは彼らが腐肉を食べる動物だからではないかと思います。

ハイエナは種によって生態も異なり、なかには腐肉を食べるだけでなく積極的に狩りをする種類もいますが、個人的にはハイエナの生き方に「なりふり構わず、ただ生き延びるという信念がある」と畏敬の念を感じており、ライオンなどのメジャーな動物よりも、見てみたいと思っていたのでした。

『引っかかりニーチェ』での私の大胆(なように聞こえる)発言からすると矛盾してしまうのですが、実はあまり本能のままに動けるタイプではありません。

テレビでもSNSでも何かを発言する上で、必要以上に言い換えたり言葉を選んだりしてしまい、その結果意図していなかった受け取られ方をすることもしばしば。

番組収録中に勢いで言ってしまった言葉をいつまでも後悔し、見えない誰かの視線を勝手に想像しては身構えています。

傷つくことや嫌われることを恐れて、予防線ばかり張っている私は、ハイエナの生き方に憧れを感じていたのだと思います。

ちなみに、動物の死骸をハイエナなどの腐肉を利用する動物が食べることは、死骸の除去や栄養循環など、生態系において重要な役割を担っています。実際に“生きるために必死だから”腐肉を食べているわけではないことは理解しています。

あくまでも私、三谷のイメージのお話です!

イメージとまったく違ったサファリの世界

「サファリに行くからにはハイエナを見られたらいいな」

ちなみに小さな頃、母とかじりつくように見ていたテレビのドキュメンタリーでは、ハイエナに限らず肉食動物たちはいつも番組の中心にいました。

緊迫したBGMとともに、草むらの陰から鋭い瞳が光り、一目散に獲物を狙っていくあの姿。思い出すだけでかっこいい……。きっとアフリカで見つけられると思っていました。

けれど実際のサファリは映像よりもずっと広大で、とにかく静かでした。

ガイドさんと一緒に双眼鏡を握りしめ、血眼になって探しましたがライオンの影も、ヒョウの尻尾も、ハイエナの足跡さえも見つかりません。

目に映るのは、ゆったりと草を食んでいる草食動物たちばかり。象やインパラが群れで歩き、シマウマが戯れていました。

実際は生きるために必死なのかもしれないのですが、私の目には彼らは思いのほか穏やかに見えました。捕食される危険と隣り合わせで生きているはずなのに(もちろんイメージです)、差し迫った危機感はまったく感じられませんでした。

とにかく気の赴くままに草を食べ、まったりしているように見えました。ただそれだけの時間が、のびやかに流れていたのです。

「野生の世界で草食動物たちは、常に狙われる恐怖に怯えて過ごしている、自然は常に残酷だ」というイメージを持っていましたが、彼らも常に怯え続けているわけではないのです。

もちろん決して無防備ということではありません。多くの草食動物は広い視野を持ち、必要なときには素早く逃げる能力があります。ガイドさん曰く「群れで生活しながら周囲への警戒も怠らない」そうです。

そんな姿を見て気付かされたことがあります。

私は日々、「〇〇が怖い」と口にしてしまいます。批判が怖い、失敗が怖い、人からの評価が下がることが怖い。

けれど実際のところ、批判されても失敗しても評価が下がっても命を奪われる危険性があるわけでもなく、明日以降自分の生きる場所が無くなるわけでもありません。

見ているのはスマートフォンの画面。つまりSNSの世界で一喜一憂しているにすぎないのです。

サファリで緩やかに生活している(ように見えた)野生の草食動物のように、今日食べる食事があり、仕事があり、自分をよく知る仲間が周りにいてくれます。それなのに、実際に会ったことのない人からの心ないコメントで疲弊してしまっていました。

SNSの誹謗中傷よりも世界は…

実際、サファリで肉食動物に出会えなかったことを残念に思っているのは事実です。けれどそれでよかったのではないかとも思います。

肉食動物のワイルドな本能を感じたい! と思っていましたが、実際には自然の中で雄大に生きる草食動物の姿に生命の力強さを感じられたからです。

私に足りないのは肉食動物のような獰猛な強さよりも、草食動物のように草原の広さを信じる視野なのかもしれません。

世界はSNSの誹謗中傷なんかよりもはるかに大きい! 本来の私の評価は、数行の心ないコメントよりもずっと多角的なはずなのです。

そう思えたとき、怖さは少しだけ和らぎました。

自分が恵まれていることを改めて実感したいし、見えない敵を作ることもよくないのだと、草食動物から自分の在り方を学べました。ライオンにもヒョウにもチーターにも、そして憧れのハイエナにも会えませんでしたが、草を食む動物たちの背中越しに、自分の進むべき姿を見た気がしています。

自分が草原のどこに立っているのか、常に客観的でいられること、そしてその草原の広さをしっかり理解し、大きな深呼吸を繰り返す余裕のある生き方こそ私に必要な考え方でした。

今、SNSを取り巻く環境で悩んでいる方に伝えたい。どうか、少しだけ視線を上げて、すぐ近くを見てください。

画面の向こうの誰かではなく、今日一緒にご飯を食べた人、笑い合った人、黙っていても隣にいてくれる人。そこにあなたの本当の世界があります。

あなたは、草原の中でひとりぼっちなんかじゃありません。少なくとも私も、怖がりながら同じ草原を歩く一人です。その先にまだ見ぬ景色がきっと待っています。

こう思えるようになったのも南アフリカ旅のおかげ。

すぐにでも再訪したいという意欲で溢れています。きっと次に行ったときも、私は肉食動物を血眼になって探すでしょう。けれどまた出会えなくても、がっかりすることはありません。

そこには広い世界があって、草原の静けさの中で、また自分を見つめ直せることを知っているからです。

文/三谷紬 写真/SAKAI DE JUN

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