今年8月28日、中国軍最高幹部の2人が国家中央軍事委員会正式の副主席・委員を免職された。これで、2022年に7人いた中国軍の最高軍事指導部は実質2人に。
元防衛省情報分析官で、中国人民解放軍の分析を専門とする上田篤盛氏に聞いた。
習近平の周りから将軍が消えた…異例の「2人体制」
中国軍の最高指導機関「中国共産党中央軍事委員会」に今、異変が起きている。2022年10月の“新体制”発足時には習近平氏を含め7人いたが、今年8月末には実質2人だけになったのだ。いったい、残りの5人はどこへ消えたのか。
まず2023年、国防部長だった李尚福氏が中央軍事委員会から外れ、その後、汚職問題で党籍・軍籍も剥奪された。そして2025年には、副主席の何衛東氏と委員の苗華氏も党籍・軍籍を剥奪。
さらに今年8月28日には、副主席だった張又侠氏と委員だった劉振立氏も国家中央軍事委員会から正式に免職となった。
なお、中国には共産党と国家それぞれに中央軍事委員会があるが、人員構成は基本的に重なっている。
こうして、7人いた中国軍の最高軍事指導部は4年足らずで、習近平氏と張昇民氏の実質2人になってしまったのだ。
元防衛省情報分析官の上田篤盛氏は、現在の体制がどれほど異例なのかをこう説明する。
「習近平氏とともに最高軍事指導部に残る張昇民氏は、軍内の規律検査を担当してきた政治将校で、作戦指揮官としての経験はありません。つまり、巨大な人民解放軍の最高指導部から、実際に部隊を指揮してきた軍人がいなくなってしまった。これは明らかに異常な状態です」
最高指導部だけではない。
「中国の国防部長は、軍事作戦を直接指揮するというより、外国の国防当局との交渉や軍事交流を担う、中国軍の対外的な“顔”です。
そして通常、国防部長は中央軍事委員会のメンバーも兼ねます。ところが現在、董軍氏は入っていません。
そのため、外国の国防当局からすれば、董軍氏との間で得られた合意や説明が、実際の中国軍の行動にどこまで反映されるのかわかりにくい。
さらに、外交窓口である国防部長と、実際の作戦指揮系統が切り離されているため、中国軍の意図や意思決定の過程が外部からますます見えにくくなります」
習近平を支えた「盟友」まで失脚
では、なぜ中国軍でこれほど大規模な粛清が続いているのか。習近平氏に反抗する軍人を排除しているだけなのだろうか? 上田氏は否定する。
「いえ、単純な“習近平派”対“反習近平派”では説明できません。その象徴が、張又侠氏です」
張氏は長年、習近平氏の盟友とみられてきた。2人の父親も親しい関係にあったとされ、張氏自身も習近平氏の軍改革を支えた中心人物のひとりだった。ところが、その張氏まで粛清の対象になったのだ。
さらに、失脚した苗華氏も、習近平氏が側近として重用していたとみられる人物だった。
「つまり、習近平氏に反抗してきた軍人だけが粛清されているわけではありません。習近平氏を支えてきた側の内部でも争いが起き、今度は互いを『腐敗している』『習近平氏への忠誠心が足りない』などと告発し、排除し合うようになっている。まさに、血で血を洗う軍内の権力闘争です。
苗華氏まで失脚したということは、習近平氏が自らつくってきた軍の人脈まで崩れ始めている可能性があります」
米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)の分析では、2022年時点で中国人民解放軍の最高階級である「上将」だった、あるいはその後上将となった47人のうち、2026年2月までに41人(87%)が粛清されたか、その可能性があるとされている。
これほど多くの高級軍人がいなくなれば、軍の指揮にも当然、影響は出るはずだ。
粛清しすぎて「重要戦区」に陸軍出身の司令員がいない!?
では、これほど軍上層部が混乱するなかで、中国は実際に台湾へ大規模な軍事作戦を行なえるのだろうか。
中国は2016年、それまでの「七大軍区」を廃止し、東部、南部、西部、北部、中部の5つの「戦区」に再編した。
このうち、台湾海峡や東シナ海方面を担当するのが東部戦区だ。有事の際には、対台湾作戦の中心になるとみられている。
上田氏によれば、相次ぐ粛清で軍幹部の交代が進むなか、5つの戦区のうち、後任の司令員が公開情報で確認できるのは東部戦区と中部戦区だけだという。しかも、2人とも空軍出身者だ。
「台湾侵攻では、陸上部隊の大規模な展開や上陸作戦が必要になります。それなのに、重要な戦区に陸軍出身の有力者を配置していない。あるいは、配置したくてもできない。
これは、習近平氏が陸軍の将軍たちに強い不信感を抱き、政治的に信頼できる後任を見つけられなくなっている可能性を示しています。同時に、相次ぐ粛清によって、陸軍の人事系統そのものが崩れているとも考えられます」
それでも「台湾有事が遠のいた」わけではない
ただし、「中国軍が混乱している=台湾有事が遠のいた」と単純には言えない。
台湾本島への全面侵攻は、海峡を越えて大軍を送り込む非常に難しい作戦だ。一方、中国が台湾に対して取り得る手段は全面侵攻だけではない。海上封鎖や航空・海上活動による威圧、限定的な軍事攻撃などもある。
上田氏は、中国軍の混乱が別の危険につながる可能性を指摘する。
「混乱が続けば、空軍や海軍は、陸軍の影響力が低下している現在の状況を利用して、自らの権限や発言力をさらに拡大しようとするでしょう。
そのため、台湾周辺や東シナ海、西太平洋における航空・海上活動を、これまで以上に活発化させる可能性があります。
さらに、習近平氏が国内の権力基盤を強化するため、台湾をめぐる軍事的緊張を利用する可能性もあります」
そして、もうひとつ重要なのが、中国共産党と人民解放軍の関係だ。
「たとえ軍の上層部に反習近平の感情が広がっていたとしても、それだけで軍が動かなくなるわけではありません。
中国には『党が鉄砲を指揮する』という原則があります。台湾統一を党の歴史的使命として掲げてきた以上、軍が党の命令を拒めば、自らの存在理由と党への忠誠を否定することになります。
したがって、軍上層部に不満があったとしても、命令が下れば軍は動くと考えるべきです」
では、現在の中国軍で最も警戒すべき点はなんなのか。上田氏が問題視するのは、単に将軍の数が減ったことではない。
「問題は、張又侠氏や劉振立氏のように、作戦の難しさや損害を軍事的合理性から判断し、政治指導部の無謀な命令を抑制し得る軍人がいなくなったことです。
一方で、上のポストが大量に空いている現在、功名心の強い軍人にとっては、一気に昇進する機会でもあります。
軍事を十分に理解しない文民指導者と、昇進の機会を狙う功名心の強い軍人が直接結びつく。そして、その間で軍事的合理性を検討し、政治的な命令を抑制する人間が失われていく。
その状態のほうが、専門的な軍指導部が存在していたときよりも、誤算や無謀な作戦を引き起こす危険性が高いのです」
中国軍の最高幹部が次々と消えていることは、一見すれば人民解放軍の弱体化にも見える。
しかし、政治指導部に軍事的なブレーキをかけられる人物まで消えているとすれば、その混乱を日本にとって単純な「朗報」と考えるのは早計だろう。
取材・文/小峯隆生

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