立候補者5人全員が法定得票(有効投票総数の4分の1)に届かず、再選挙となった千葉県市川市長選挙。市長選と同時に行われた市川市議会議員補欠選挙をめぐり、次点で落選した元市議が市川市の選挙管理委員会に「開票作業には不自然な点が多い」と異議申し立てを行ったことで、再選挙の見通しが立たなくなっている。



 再選挙の日程は、異議申し立ての判断が確定するまで決められない。現職の大久保博市長の任期は12月24日で、雲行きによっては長期にわたる“市長不在”の事態となるかもしれない。

●補選の落選者が選管に抗議、決まらない再選日程

 11月26日に行われた市川市の市長選および市議補選の結果は次の通りだった。

【市川市長選挙(当選者なし)】
村越祐民(元衆議院議員) 28109票(得票率23.6%)
坂下茂樹(前千葉県議会議員) 27725票(得票率23.3%)
田中甲(元衆議院議員) 26128票(得票率21.9%)
高橋亮平(元市川市議会議員) 20338票(得票率17.1%)
小泉文人(前市川市議会議員)16778票(得票率14.1%)

【市川市議会議員補欠選挙】
大久保貴之 39765票 当選(前市長の息子)
星健太郎 19324票 当選
石崎英幸 17338票 次点
冨田嘉敬 14364票
中町圭 12954票
吉住威典 4162票

 異議申し立てを行った石崎英幸氏(補選の次点)は、フェイスブックやツイッターで市長選について次のように述べている。

「市川市選挙管理委員会が確定を出す前に各候補の票数がピタッと一桁まで正確に流出している。しかも、村越候補の山に高橋候補の票が積まれていたので高橋候補の票が1,000票少なく19,338票として流出していた。
(高橋候補の正式確定は20,338票)。立会人が見つけなければ高橋候補の1,000票は村越候補の票になっていた可能性は否定できない。確定前の各候補の票数を開票所にいる職員が関わらなければ情報も流れないし票も混入することはないだろう。市川市選挙管理委員会はどんな言い訳をするのか、それとも過ちを認めるのか連絡を待ってみます」

 この申し立てについて、ある市川市議は筆者の取材に次のように答えた。

「石崎氏は『票の開け方が不自然だ』としています。彼は開票率77%時点で2番手で当確線上にいました(当選者数は2名)。
市長選でも同じく、『開票率77%の時点と最終結果で順位が変わっていた』と言いますが、全国区の選挙ではなく地方選挙ですから、開票が進むにつれて順位が変わっても不思議ではありません。票のまとめ方など、開票の段取りによっても起こり得ることでしょう。そのため、『負け惜しみだ』と言われています」

 石崎氏は「開票の過程を丁寧に説明し、次回の選挙では開票所に監視カメラを設置せよ」と新聞紙上で語っているが、開票作業そのものに疑惑を持たれないようにするためにも、石崎氏の「監視カメラ設置」の訴えには応じるべきかもしれない。

 ただし、こんな話もある。

「石崎氏は、市長選候補者だった高橋氏とタッグを組んでいました。今回の異議申し立ては『再選挙までの時間稼ぎではないか』ともみられています」(前出の市議)というのだ。


「今回の得票数で4番目だった高橋氏は、上の3名に比べて知名度がありません。すぐに再選挙となっては当選の確率は低いでしょう。異議申し立てが長引けば長引くほど、不利な候補にとっては巻き返す時間が稼げます」(同)

 高橋氏は選挙後、「市川市の環境問題に取り組む」などと積極的な政治姿勢を打ち出しているが、再選挙の見通しは立っていない。

●再選挙を招いた自民党の“ゴタゴタ”

 さて、今回の市長選が再選挙となった要因のひとつが“自民党のゴタゴタ”である。

 自民党の千葉県連は前千葉県議の坂下茂樹氏と、同じく千葉県議(現職)の鈴木衛氏の2人を推薦。鈴木氏は出馬を見送ったが、自民系市議の支援は坂下氏、田中甲氏、小泉文人氏に分裂、自民党は候補を一本化できなかった。
坂下氏の推薦決定後、自民党内の“反坂下派”が「(坂下氏を)候補者として推せない」と反発したことで、組織票は3つに割れたのだ。

 前回の千葉県議会議員選挙(市川市選挙区)で、坂下氏は1万9000票を獲得、鈴木氏も1万8000票を獲得しており、共に当選を果たしている。これを自民党の組織票と考えれば合わせて3万7000票は固いはずだったが、投票結果を見る限り、「自民党の反坂下票がほかの陣営に回った」(同)という解説は的を射ているようだ。このゴタゴタが再選挙を招いた一因といえる。

「自民党の長老が坂下氏を推したのには、理由があります。若い彼なら言うことを聞くし、何かと扱いやすいのです。
そんな坂下氏ですが、市長選の公開討論会で自身の政策について語る際、ひとりだけパネルを出して読んでいました。パネルの裏にアンチョコがあったのかどうかはわかりませんが、あれでは自身の政策なのに自分の言葉で話ができないとみられますよね。個人演説会ではわかりやすく話をしているのに……。しかも、彼は公開討論が始まる前に、なぜか会場から姿を消してしまいました」(同)

 坂下氏が姿を消した後、入れ替わるように“暫定トップ”となった村越祐民氏が遅刻して登壇した。村越氏は、10月の衆議院議員選挙で希望の党の公認を得られずに出馬を断念している。途中退席した坂下氏、遅刻した村越氏のせいで「全候補者が一堂に会さない公開討論会」となったが、「無党派層に訴えるより大事な用事」でもあったのだろうか。


「坂下氏を当選させない」と躍起になった勢力があったのか、選挙戦のさなかには坂下氏を誹謗中傷する怪文書まで出回っている。一方の坂下氏は、選挙演説で「卑劣な者に負けてはならない」と得意の絶叫をしていた。

 また、今回の市長選において、坂下氏と高橋氏は告示前から知名度の高い政治家と一緒に写ったポスター(いわゆる“2連ポスター”)を貼り回った。公職選挙法では「告示後は候補者の氏名が入ったポスターは、選挙の掲示板以外には掲示できない」と定められており、告示前に撤去すれば問題はないが、両氏とも告示後に撤去していない。そのため、「2人は選挙違反だ」とする文書も出回っている。

 12月13日、自民党の千葉県連は、市川支部が出した再選挙における坂下氏の推薦申請を差し戻している。坂下氏は選挙ポスターで「政治は誰のためにあるのか!?」と訴えているが、再選挙の推薦者を決めるのもすんなりいかないとなると、有権者は「政治は権力者と、その取り巻きのためにあるんじゃないの!?」と皮肉りたくもなる。

●「1億円の税金無駄遣い」はいつまで続く?

 今回の市長選で最下位となった小泉氏は、2014年8月に露呈した「切手問題」において、議員辞職勧告をされる直前に市議を辞職している。

“号泣県議”こと野々村竜太郎氏(元兵庫県議会議員)の政務活動費不正使用問題で知られることになった切手問題とは、余った政務活動費を自治体に返還せず、切手を購入後に換金して余ったお金を懐に入れる、という手法のことだ。

 市川市では、この切手問題を追及するべく2つの百条委員会が設置されたが、自身も追及寸前だった市川市議会議長と副議長(共に当時)が市議会に姿を現さず、結果としてひとつの百条委員会が開催されないというドタバタが起きている。

 混乱した議会を収めるために大久保市長が乗り出し、外部の公認会計士による監査が行われ、大久保市長は「不正があったとまではいえず、自主返還するかどうかは各議員の自主判断とする」と裁定を下した。これにより多くの議員が政務活動費を返納するなか、無視したのが小泉氏だった。

 その後、百条委員会で証人となった青山博一議員(自民党)が「政務活動費を清算しているときに小泉議員から『そんな面倒なことをする必要はない。切手を買って換金すればいい。みんなやっている』とアドバイスされた」と暴露した。

 これにより、小泉氏を対象とした問責決議が行われることとなり、議会で小泉氏の議員辞職勧告決議案が採決される予定だった。しかし、市長選寸前の今年10月、小泉氏は突如市議を辞職して市長選に立候補した。

「小泉氏は2年前の市議選で2位に大差をつけてトップ当選しています。その実績から『辞めさせられる前に辞める』と辞めて立候補するも、結果は最下位でした。市川市民は、彼を“切手議員”とみたのでしょう。口は災いの元ですね」(同)

 辞職勧告決議案で「反省や謝罪の弁も聞かれず、自身の責任の取り方も示していない」とされた小泉氏は、再選挙への出馬に意欲を見せているが、関係者の間では「再出馬せず、誰かの支援に回る」という見方も出ている。

「それはわかりません。というのも、今のところ自民党の長老が再選挙で彼をどうするのか、決めていないからです。『小泉氏は3位の田中甲氏を支援するのでは』とも言われていますが、今は憶測の域を出ません」(同)

 ちなみに、市長選には約1億円の税金が投入され、再選挙には再び約1億円のコストがかかる。しかし、再選挙でもまた全候補が法定得票を得られなかった場合は再々選挙となる。つまり、誰かが有効投票総数の25%を得るまでは続くことになり、そうなると「1億円の税金の無駄遣い」も続くことになってしまう。

 再々選挙としないためにも、誰かが身を引くのはひとつの方法かもしれない。 ちなみに、過去に行われた地方選挙における再選挙では、最下位だった候補者は再選挙に出馬しないケースが多く、再々選挙にはなっていない。

●「親が市長、子が市議」となる可能性も

 再選挙で小泉氏が支援するなら有利となる田中甲氏だが、息子である田中幸太郎氏は現職の市川市議であり、田中甲氏が当選すると「親が市長、子が市議」という関係になる。

「議会には、首長が正しい市政を行っているかをチェックする役割もあります。今回、大久保市長が市長選に立候補せず、息子が補選で当選して市議となりましたが、これは親が出馬しなかったので良しとしましょう。しかし、田中氏が当選した場合、息子は県議会などに転身するのが望ましいと思います」(同)

 年度ごとの財政収入が財政支出を上回り、地方交付税を受け取らずに済む「優秀な財政都市」の市川市だが、議会に目をやれば、切手問題が起こったり若い市議が児童買春で逮捕されたりするなど、ここのところ問題続きだ。

「水清ければ魚棲まず」と言われるが、ある市川市民はこう言う。

「政治家に100%のクリーンさを求めるつもりなど、毛頭ない。国家や市政を良き方向に導くのが政治家としての器であり、それができれば、汚職や口利きなど気にしないよ。何より、選挙の結果として表れるでしょう」

 かつて、元首相の田中角栄はロッキード事件で逮捕されながらも、国家のために働いた実績が認められ、その後の衆議院議員選挙でトップ当選を果たした。汚職というマイナスの何倍も、国家や地方のために働いたことがプラスとして評価されたわけだが、そんな田中角栄とは比べものにならぬほど小粒なのが、昨今の政治家である。

 そもそも、今回の市長選の投票率は30%しかなかった。多くの“千葉都民”が無関心であった結果だが、やはり有権者は政治家の器や行動、政策実行力に目を光らせる必要がある。それを怠れば、仮に市政を良き方向に導けぬ人物が市長に当選してしまったとしても、文句を言えないだろう。

 再々選挙とならぬよう、再選挙では多少のことに目をつむってでも“器の大きな候補者”を見抜いて票を投じたい。「そんな候補者いるの?」などと言わずに。
(文=後藤豊/ライター、市川市民)