■プロローグ・武士たちの肝試し

夏の夜と言えば、怪談や肝試し。背筋がゾッと冷えて、暑気払いにもってこいの娯楽ですが、昔の人たちも怪談や肝試しに興じていました。


今回は『今昔物語集』より、武士たちの肝試しエピソードを紹介させて頂きます。

■ある川の渡に、産女の幽霊が出るそうな……

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時は平安、源頼光(みなもと の よりみつ)が国守(くにのかみ/こくしゅ)として美濃国(現:岐阜県南部)に赴任した時のこと。

ある晩、寝ずの番で集まっていた家来たちが退屈しのぎに物語などしていましたが、その中で、こんな話が出てきました。

「ある川の渡(わたり。川を渡りやすい浅瀬)に『産女(うぶめ)』の幽霊が出るそうな。夜に川を渡ろうとすると、泣いている赤子を抱いて現れ『この子を抱きなさい、抱きなさい』と呼びかけてくるんだ」

原文「其ノ国ニ渡ト云(い)フ所二産女有(あん)ナリ。
夜二成テ、其ノ渡為(わたり す)ル人有レバ、産女、児(ちご)ヲ哭(なか)セテ、「此レ抱ゝケ(これいだけ、これいだけ)」ト云(いう)ナル。

……なかなか薄気味悪い光景が脳裏をよぎったか、一同は背筋を震わせます。

こういう時、たいていお調子者の一人くらいはいるもので、

「さすがにこんな夜更けに行けるヤツぁいなかろうなぁ」

原文 「只今、其ノ渡二行テ渡リナムヤ」……

と、自分の恐ろしさをごまかそうと、みんなを大いに煽り立てたところ、一人の武士が名乗り出ました。

■「頼光四天王」の一人・平季武

武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(上)


月岡芳年『和漢百物語』より、卜部(平)季武。慶応元1865年。

「よし、そんなら俺が今すぐ行って来てやらぁ」

原文「己ハシモ、只今也トモ行テ渡リナムカシ」

彼の名は平季武(たいら の すえたけ)、その名が示す通り武勇衆にすぐれ、主君の信頼も篤く「頼光四天王(らいこう してんのう)」の一人として大活躍する豪傑です。


しかし、他の家来たちは恐れをなして彼をとどめます。

「千人の敵さえ恐れない貴殿とて、こんな夜更けにあの川は渡れまい」

原文「千人ノ軍(いくさ)ニ一人懸合(かけおう)テ射給(いたも)フ事ハ有トモ、只今其ノ渡ヲバ否(え)ヤ不渡給(わたりたまわ)ザラム」

自分の度胸を否定されてカッとなった季武はしばらく口論となりますが、結局「そこまで言うンだったら、今から渡って来てもらおうじゃねぇか」という流れとなり、

「せっかくだから、何か賭けようぜ」

原文「只ニテハ否不諍(え あらそ)ハジ」

と、みんなそれぞれの甲冑や兜、弓や胡録(やなぐい。矢を収める道具)、駿馬に鞍も載せて、自慢の名刀などを賭けました。

もし季武が川を渡れなければこれらのものをみんなに差し出し、もし季武が川を渡れたら、みんなが季武にこれらのものを差し出す。

そう約束して肝試しが始まりましたが、果たして季武は、川を渡ることができるのでしょうか。

■季武の宣言、そして若武者たちが覗き見たモノ

武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(上)


季武は宣言します。


「俺が川を渡った証拠として、向こう岸の川原にこの矢を突き立ててくるから、明日の朝でも行って確認するがいい」

原文「此ノ負タル胡録ノ上差ノ箭(や・矢)ヲ一筋、河ヨリ彼方ニ渡テ土ニ立テ返ラム。朝(つとめて)行テ可見(みるべ)シ」

そして早々に出発しましたが、先ほど口論した者の中に

季武がちゃんと川を渡れるか(どうせ腰を抜かして逃げ帰ってくるだろうが)見てやろう

原文:季武ガ河ヲ渡ラム一定(いちじょう)ヲ見ム……

と、若い武士たちが三人ばかり、季武を尾行して川までやってきて、ススキの草むらから様子をうかがう事にしました。

さて、彼らがどんな光景を目にしたのか、『今昔物語集』にはその様子が活き活きと描写されています。

九月下旬の月もない真っ暗闇の中、季武は川をざぶり、ざぶりと渡っていき、早々に向こう岸へ着くと、濡れた行縢(むかばき。下半身を保護する腰巻)の水を払うと矢を突き立てて戻ってきた。すると、川途中に赤子を抱いた女が現れて「この子を抱きなさい、抱きなさい」と言ってきた。
その赤子は「いがいが」と泣き、辺りに生臭い風が吹き渡る……
※原文略。
(いがいが、とは泣き声の擬音。現代なら「おぎゃあおぎゃあ」でしょうか)

■出現した「産女」の幽霊、そして季武は?

武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(上)


鳥山石燕『画図百鬼夜行』より、姑獲鳥(うぶめ)。

生臭い風が吹くのは、幽霊や妖怪が出現する時のお約束……この女こそ、噂の「産女」に違いありません。

ススキの草むらから様子をうかがっていた三人の若者たちは、

原文:頭毛(かしらのけ)太リテ怖(おそろ)シキ事無限(かぎりな)シ。何況(いかにいわん)や、渡ラム人(=季武)ヲ思フニ、我ガ身乍(なが)ラモ半(なから)ハ死ヌル心地ス

と、もう他人事ながら髪の毛が太る≒震え上がるほどに恐ろしく、生きた心地のしない様子。


さて、産女に出くわした季武はどうなってしまうのでしょうか。

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武士の肝試し:幽霊なんか怖くない?頼光四天王「平季武」の肝試しエピソード(下)

※参考文献:森正人 校注『新日本古典文学大系37 今昔物語集 五』岩波書店、1996年1月30日 第一刷

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