今回お訪ねしたのは、デザイン・コンシャスな人に人気のブランド、トーヨーキッチンスタイルの渡辺会長。名古屋のご自宅ではなく番外編、「THE HOUSE」と呼ばれる名古屋ショールームのプライベートゾーン「THE ROOM」をご案内いただくことになった。

その独自の世界観に彩られた空間で、驚きの“私物”コレクションも拝見しながら、渡辺さんのキッチン・デザインへの想いを伺った。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。

「天空のショールーム THE HOUSE」にある秘密の扉

名古屋市名東区一社にあるトーヨーキッチンスタイルの本社ショールームは、2014年創立80周年に合わせて増築されたもので既にランドマーク的な建築となっている。

何と取材2日前に、社長交代&会長就任の発表を行った渡辺さん。前日も東京での発表会、お疲れにもかかわらずお出迎えいただいた。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

右の白い建物が増築部分。空に突き出すキューブが印象的な建築デザインは、本連載で自邸を取材した橋本夕紀夫氏(写真撮影/糠澤武敏)

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

「いらっしゃい、どうぞ」。お宅では無いものの、渡辺さんにとっては自邸のようなものだ(写真撮影/糠澤武敏)

ちなみに、私は社長交代に驚いたのだが……「70歳、区切りも良い。社内では前から話しているから」と、発表直後にもかかわらずサラっとしている。

元気なうちに確実に継承するという、創業家オーナーだからこその潔い決断。やはり、サラリーマン社長との違いを感じる。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

ショールームに入ると、いきなり『FREDERIQUE MORREL(フレデリック・モレル/フランス)』の実物大お馬さんに驚かされ、背後にはパワーストーンのシャンデリア。「あのシャンデリアの下に行くと浄化されるらしいよ(笑)」(写真撮影/糠澤武敏)

そしてエレベーターで5階に上がり、『Moooi(モーイ/オランダ)』のファニチャー&照明が展示されてある奥の壁へ……。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

壁かと思ったら、「開け、ゴマ」!? 大きな自動ドアがスライドし……渡辺さんがプライベートゾーンに案内してくれた(写真撮影/糠澤武敏)

暗い扉の向こうは、眩い白の空間へと一転。この演出に「うわー!」と声を上げてしまうほどハマった私。ここが、招待されたお客様だけが入れる特別な部屋「THE ROOM」。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

壁床一面を『SICIS(シチス/イタリア)』のモザイクタイルで覆い、『edra(エドラ/イタリア)』のチェアもスワロフスキー・バージョンで光り輝く。

後ろのサボテンは『Gufram(グフラム/イタリア)』のコートハンガー(写真撮影/糠澤武敏)

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外観から見えた突き出したキューブに、お気に入りのコレクションが飾られている(写真撮影/糠澤武敏)

「THE ROOM」の中心に置かれた、大きなガラステーブルでお話を伺うことにした。

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ガラステーブルと後ろにあるキッチンカウンター、壁のミラーと共に楕円の有機的なデザインが、未来的な空間に柔らかさを添える(写真撮影/糠澤武敏)

「キッチンに住む」から「『住む』をエンターテインメント」へ、時代を読む感性

「ここをつくるときも、皆をビックリさせたかった。昔から、あんまり常識的なことはしたく無いんだ」と、先代のお父様から27年前に会社を継がれ、ドラスティックに新事業を推進して来られた渡辺さんの集大成のような場所。

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こちらが先代の渡辺三郎社長、「銅像にするより、モザイクタイル画のほうがオシャレでしょ」。SICISのモザイクタイルで写真から製作する商品@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

「30年前の日本では、キッチンなんてどこも同じようなものしか無かった。建材・設備は問屋などの流通ありきのビジネスで、エンドユーザーから遠かったからね」

後に青山というオシャレ感度の高いファッションの街にショールームを出した、初のキッチン・インテリア会社となる。

エンドユーザーに直接評価されたいという想いからだ。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

「20代で会社に入ったころ、まだ先先代からの番頭さんたちも居て自分の居場所は無かった」と、当時を振り返る(写真撮影/糠澤武敏)

「それを良いことに、ヨーロッパをプラプラ放浪していたんだけど、北欧からフランス、イタリアとキッチンや暮らしを見て回った経験が今につながってる」

特に、イタリアで見たキッチン・デザインや、家族が一緒に料理をして楽しんでいるそのライフスタイルに共感を覚えたそう。ミラノ事務所をつくって、イタリアキッチンや暮らしの研究が始まった。

10年以上前に打ち出された「キッチンに住む」というコンセプトも、家族の暮らしの中心がキッチンであるべきというライフスタイルの提案。それを実現するのが、日本で初の”アイランドキッチン”という形だった。

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アイランドキッチンの挑戦。

2004年にはイタリアの展示会アビターレ・イル・テンポで、オールハンドメイドによるステンレスキッチン「ISOLA.S」(伊藤節氏・伊藤志信氏デザイン)を発表@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

このキッチン「ISOLA.S」が世界の注目を浴びたことによって、ドイツの世界的デザイン賞iFデザイン賞の審査員を務めることにもなったのだそう!

キッチン・デザインをリードしてきた創立80周年の2014年には、「『住む』をエンターテインメント」という新たなコンセプトを打ち出した。

料理という作業を友達や家族と一緒に楽しみながら行い、食事や生活を愉しむというライフスタイル。「住空間、暮らし自体をエンターテインメントにしたい」――昔渡辺さんが見た、イタリアの豊かな生活が日本にも広がりつつあるようだ。

提案をキッチンからリビング、バス・サニタリーまで空間を広げ、『Kartell(カルテル/イタリア)』『moooi(モーイ/オランダ)』という有名家具ブランドの日本代理店として家具を本格的に販売。トータルコーディネートできる体制を整えた。
トーヨーキッチンスタイルと、社名に”スタイル”を入れた想いが社員やお客さんにも伝わってゆく。

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「THE ROOM」の椅子、よく見るとトーヨーキッチンスタイルの会社ロゴがモチーフになっている!(写真撮影/糠澤武敏)

お宝が続々! 世界を回って集めたインテリア・コレクション拝見

この「THE ROOM」には、渡辺さんお気に入りのコレクションの数々が収蔵、キューブのショーケースに飾られている。
残念ながら、著作権に触れそうなキャラクターの写真はお見せできませんが……。

1階の馬と同じブランド『FREDERIQUE MORREL』の希少な特注アームチェアが、特等席に鎮座。

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ニードルポイント刺繍のフランス人アーティスト、フレデリックさんが家具はつくらないと言うところを「頼み込んでやっとつくってもらったんだ、彼女の家にも行ったよ」ファンが聞いたら卒倒しそうな話(写真撮影/糠澤武敏)

こちらは、オランダのStudio Job(スタジオ・ヨブ)がデザインしたキャビネット(Gufram)。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

『GLOBE』(世界限定50台)という作品名のとおり、真ん中は地球儀(写真は太平洋しか写って無いけど)。“世界を旅する人がお土産を収納するために”とデザインされた作品。渡辺さんにピッタリ(写真撮影/糠澤武敏)

そして驚かされたのは、その中に入っていたお品……。
世界的建築家フランク・ゲーリーがデザインしたルイ・ヴィトンのバッグが出てきた!

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パリのルイ・ヴィトン財団美術館を設計したフランク・ゲーリー、バッグまでデザインしたんだ!? 超驚き。「使わないけど、面白くって欲しくなるんだよね」建築つながりなので、その気持ち分かります(写真撮影/糠澤武敏)

そして圧巻は、チェコのボヘミアンクリスタルブランド『BOREK SIPEK(ボジェック・シーペック)』のベンチ。日本の天皇陛下にも作品が献上された、チェコを代表する工芸品。

「座ってみてよ」と、渡辺さんに勧められ……

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ボヘミアンクリスタルガラスの椅子、これも当然一点物。価値の分からない私ですが、なんだかお尻が緊張!(写真撮影/糠澤武敏)

このほか、誰でも入れるショールームのギャラリーにも必見のコレクションが並ぶ。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

『MEMPHIS (メンフィス)』エットーレ・ソットサス作品のオリジナル@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

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芸術家たちがデザインした椅子も。サルバドール・ダリ(左)とアントニ・ガウディ(右)の椅子@ショールーム(写真撮影/糠澤武敏)

アートとプロダクトの間に存在するものが集められ、次の100年に向けた渡辺会長の構想が詰まったショールームになっています。

天空に、秘密の花園が出現?

渡辺さんの秘蔵コレクションに圧倒されたところで
「じゃ、ちょっと上にも行ってみようよ」と、エレベーターで「THE HOUSE」の最上階へ。
降りた床にモザイクタイルで書かれた「JARDIN SECRET(ジャルダン・スクレ)」、フランス語で“秘密の花園”。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

「JARDIN SECRET(ジャルダン・スクレ)」命名したのは、フランス語も堪能な渡辺会長のお嬢様(トーヨーキッチンスタイル取締役)(写真撮影/糠澤武敏)

そこは、屋上庭園。ガラスウォールで囲まれた気持ちの良いアウトドア空間になっていた。

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床はSICIS社の大理石のモザイクが敷きつめられ、冬場暖をとるヒーターも完備。BBQをして愉しんだりもするそう(写真撮影/糠澤武敏)

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庭の中央には井戸。植栽や鉢の選定は渡辺夫人がご担当。フルーツ系・ハーブ系のゾーンに分かれている(写真撮影/糠澤武敏)

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「この木は花の一つひとつがLED照明になっていて、夜に光の花がたくさん咲くよ」、『花鳥風月』という名のトーヨーキッチンスタイルの照明商品(写真撮影/糠澤武敏)

ここでも、驚きの渡辺コレクション発見!

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イタリアデザイン界の巨匠、Gio Ponti(ジオ・ポンティ)作の噴水。顔が描かれ、青い部分が口で噴水になっている(写真撮影/糠澤武敏)

「とにかく、たくさん見ること」経験がセンスを研ぎ澄ます

渡辺さんのデザイン・センスや本物を見つける目利きには、いつも驚かされる。その極意は?

「若いうちから、インテリアなら家具のショールームや住宅のモデルハウス、知人宅なんかもたくさん見ることだね。すると『何でこうなっているんだろう?』とか疑問をもつようにもなるし、自分でもやってみようという感性が育つと思うよ」

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

ご自身も大学時代、アメリカ留学をしたころに見た成功者たちの豪邸が、記憶に強く刻まれていると。「テレビドラマの『サンセット77』を見て、アメリカのライフスタイルに憧れたりもしたね」(写真撮影/糠澤武敏)

ところで、ご自宅は10数年前に建築されたが「趣味は引越し」というくらい、お住まいは結構変わってきたのだそう。

「元々、放浪癖があるんだよ。実は、3歳の時に一人で三輪車こいでいなくなったらしい(笑)。それ以来だね」

“おいしい”と噂を聞けば、世界中を駆け回る渡辺さん。

「でも食は日本が一番、味覚の感性が違うよ」だからこそ、キッチンへのこだわりも、日本人が世界一であるべきと感じておられる。

「THE ROOM」のキッチン背面には壁一面のワインセラー。ワイン350本は収容できる、まるでお店のよう。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

「ワイン収集を始めたのはここ10年、後発なので皆があまりそろえていないアメリカものを集めたりしてる」(写真撮影/糠澤武敏)

と言いながら、私が好きなシャンパンを仕事終わりに開けてくださった。

トーヨーキッチンスタイル会長のセカンド・リビングがここに!? あの人のお宅拝見[8]番外編

70歳とは思えないスタイリッシュないでたちで、知識欲と活動はとどまるところを知らず(写真撮影/糠澤武敏)

今年のミラノ・サローネは何に注目しているかと尋ねたら、
「インテリアとトップファッションのコラボレーションに注目しています。今年はカルテルがJJマーティンとコラボをするようなので楽しみですね」
とのこと(取材はミラノサローネ開催前)。

会長となって今後は自由な時間もできるとすれば、まだ見ぬ世界への探究心は衰えるどころか、放浪癖がまた出てきそうなお話ぶりだった。

●取材協力
渡辺 孝雄
株式会社トーヨーキッチンスタイル代表取締役会長。1948年生まれ、米ウィッテンバーグ大学卒業。祖父が1934年岐阜県関市に金属洋食器メーカーを創業、トーヨー工業2代目の父に継ぐ3代目として1991年トーヨーキッチン(現トーヨーキッチンスタイル)社長に就任。「キッチンに住む」を提唱するなどキッチンの概念を変えるプロダクトを発表し続け、インテリアやファッションにも事業を拡大。世界のアート&グルメに精通、独自の美的センスでライフスタイルを提案する目利き。今年2018年3月、会長に就任。
・トーヨーキッチンスタイル ホームページ 元画像url http://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2018/05/154080_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル