AI国家戦略刷新で世界ハブ目指すシンガポール、1,120億円規模の投資計画、「Better」から「Must」へ

シンガポール、生成AIによる変革受け国家戦略刷新

生成AIの登場によりさまざまな側面で大きな変化が起きている。ChatGPTがリリースされる少し前の2022年10月、AI開発に必須となるGPUを開発しているNVIDIAの時価総額は3,000億ドルほどであったが、生成AI開発競争の激化を受け、GPUの売上は急騰、現在同社の時価総額はグーグルやアマゾンを超え1兆6,000億~1兆7,000億ドルと6倍近い規模に到達した。直近四半期でも売上は265%増を記録しており、時価総額がどこまで伸びるのかに注目が集まっている。


企業だけでなく、国家間の競争も激しくなる見込みだ。現在、米国、英国、欧州などではAI領域における国家の競争力/存在感を高めるための取り組みが拡大しており、GPUの確保、スタートアップ支援の拡充などが進められている。一方アジア諸国でも、日本、インド、マレーシアなどで国家主導の動きが活発化しつつある状況だ。

そんな中2024年2月16日、シンガポール政府が今後5年間にわたりAI分野に10億シンガポールドル(約1,120億円)の国家予算を投じる計画を明らかにした。これは2023年末に刷新したAI国家戦略「National AI Strategy 2.0(NAIS 2.0)」に基づくもので、GPUの確保、AI開発センターの開設、人材育成、企業誘致などに活用されるという。シンガポールはAI国家戦略の刷新にあたりAI分野への強力なコミットメントを表明しており、この投資計画を皮切りに、今後さまざまなAI関連の取り組みが開始される見込みだ。


同国がAI国家戦略を発表したのは2019年だが、当時はクリプトやフィンテックなど他のテクノロジー分野の優先度が高かったため、AIテクノロジーに関しては「good to have」というスタンスで投資やコミットメントレベルは、今ほど高くはなかった。しかし今回のAI国家戦略の刷新にあたり、3つの変更を加えており、コミットメントの水準とスケールは大幅に拡大した格好となる。

1つ目は「good to have」から「must know」というAIテクノロジーに対する認識のシフトだ。シンガポール政府は、AIテクノロジーが「Opportunity(機会)」から「Necessity(必要)」な存在になったとの認識を示した上で、シンガポール国民もAIについて「知る必要がある(must know)」と強調している。AIに詳しいユーザーを増やすことで、シンガポールにおけるAIポテンシャルの最大化を狙う。

2つ目は、AI取り組みのスコープだ。
2019年の国家戦略では、AI取り組みのスコープとして「ローカル」に焦点が当たっていたが、今回の刷新では「グローバル」に拡大された。世界規模の価値をもたらすAIブレークスルーやプロダクトの開発を目指すと表明している。

3つ目は、アプローチのシフトだ。以前の国家戦略では「プロジェクト」単位の取り組みが重視されていたが、2つ目との兼ね合いから、「システム」アプローチにシフトする。国家プロジェクトだけでなく、シンガポール国内外のステークホルダーを巻き込み、システマティックにAI取り組みを進める方針という。

グーグル、シンガポールで生成AIに特化したアクセラレータープログラムを開始

シンガポールでは、新しいAI国家戦略に基づく取り組みがすでに多方面で展開されている。

シンガポール地元紙Business Timesは2024年1月29日、同国の政府機関の1つであるEnterpriseSGとグーグルが国内生成AIスタートアップの育成に向けたアクセラレータープログラムを開始すると報じた。
今後3年にわたり計100社の生成AIスタートアップの育成を進めるという。

対象となるのは、シード~シリーズBの段階にあるスタートアップ。プログラム参加企業には、グーグルクラウドのAIテクノロジーへのアクセスが与えられ、事前トレーニングされた大規模言語モデルなどを利用できるようになる。プログラムでのテクニカルサポートやメンターシップは、グーグルのプロダクト開発チームが担当する。プログラム期間は3カ月。

まず2024年4月に最初20社がプログラムを開始する予定で、プログラム終了時には35万ドル相当のクラウド利用クレジットが付与される。
このクレジットにより、スタートアップはビジネスをスケールすることが可能に。

また参加企業の中でも特に優秀なスタートアップは、EnterpriseSGからの資金サポートを受けることができる。具体的には、POC(プルーフ・オブ・コンセプト)の段階にある企業には25万ドル、POV(プルーフ・オブ・バリュー)の段階にある企業には最大50万ドルが付与される。

直近となる2021年の公式データによると、シンガポール国内には800社以上のAIスタートアップがあり、2018年から毎年18%で増加しているという。

グーグルとシンガポール政府によるプログラムはこれにとどまらない。2023年7月に第1回目が実施された官民組織を対象としたAI開発プログラム「AI Trailblazers」の第2回目が予定されている。
1回目には84の組織が参加し、グーグルのAI開発プラットフォームを活用してさまざまな生成AIアプリケーションが開発された。第2回目のプログラムでは150以上の組織の参加が予定されている。またグーグルはシンガポールのテック人材育成プログラムにも参加しており、最大で3,000人に奨学金を提供する計画だ。

AIスタートアップへの投資急増するシンガポール

KPMGの最新レポート(2024年2月)では、シンガポールのAIスタートアップ投資は2023年に急増したことが明らかになった。ここにシンガポール政府やグーグルなどテック大手の投資・支援が加わることで、さらに加速する公算が高まっている。

KPMGのレポートによると、2023年のシンガポールのフィンテック領域におけるサブセクター投資の中で、AI投資が4億8,121万ドルと前年比で77%の大幅上昇を見せた。
他のフィンテックサブセクター領域が減少する中での上昇となり、際立つ動きとなった。シンガポールにおける2023年のフィンテック投資は全体で22億ドルと、2022年の44億ドルから68%減少している。

シンガポールが参加している東南アジア諸国連合(ASEAN)の人口は約6億6,100万人。またシンガポールはインドへのゲートウェイという役割も担っており14億人市場にもアクセスできるポジションだ。グローバルAIハブになる可能性が高いといわれるシンガポール。今後の動向からも目が離せない。

文:細谷元(Livit