「家を買うのは家族ができてから」──そんな前提は、Z世代の間で急速に書き換えられつつある。彼らは、住宅を「自分ひとりで持つ」ものと捉えず、信頼できる友人や兄弟、あるいはパートナー未満の関係性の相手と“ともに買う”選択肢を、極めて現実的かつ前向きにとらえている。
米国の住宅ローン保険会社National MIと、住宅教育機関FirstHome IQが2025年に実施した調査によれば、Z世代(18~24歳)の32%が住宅の共同購入(co-buying)に前向きであると回答している。これは同調査でミレニアル世代(25~40歳)が示した18%の約2倍にあたり、世代間の住宅所有観の断絶を象徴している。また、兄弟同士での共同購入は、2023年の4%から2025年には22%にまで増加するとされており、Z世代の間で“所有を分かち合う”という価値観が本格的に定着しつつある。
本記事では、この住宅共同購入という新しいライフスタイルを軸に、Z世代の「所有」への意識の変化と、そこから派生する“Co”型の暮らしについて考察していく。
しかし、Z世代が住宅を「ひとりで持たない」大きな理由は、時代の空気感だけではない。実際には、住宅価格の上昇と住宅ローン金利の高止まりという、明確な経済的障壁が存在している。
米国ではパンデミック後の数年間で住宅価格が急騰し、2024~2025年の平均物件価格は多くの都市圏で過去最高水準を記録している。さらに、FRB(米連邦準備制度)の金融引き締め政策により、30年固定ローンの金利は一時7%を超えるなど、「月々のローン返済額が以前の2~3割増しになる」という状況が続いている。
このような金融環境の中で、Z世代のような若年層が単独で物件を購入することは現実的に難しくなっている。初期費用として必要な頭金、保険、諸費用なども加味すれば、収入水準の上昇が追いつかない現実が立ちはだかる。
だからこそ彼らは、「信頼できる誰か」と資金やリスク、空間を分担するという選択肢──つまり、共同購入(Co-buying)という柔軟な住宅取得戦略にシフトしているのだ。
このZ世代の傾向は経済的な動機だけではない。彼らが重視するもう一つの要素は「孤立しない暮らし」である。社会的なつながりや心理的な安心感を持ち続けながら、無理なく住まいを得たいという思いが、Co-buyingという行動様式と合致している。
さらに、Z世代はデジタルネイティブとして、共同名義の契約や支払いの分担、持分管理などもテクノロジーを活用して柔軟に運用する能力がある。かつて複雑だった共同購入の手続きも、いまやアプリやクラウドツールでスマートに処理できる時代だ。
実際にアメリカでは、大学時代の同級生とコンドミニアムを共同購入したり、長年の友人と協定を結んでデュプレックス物件を共同所有するケースが増えている。デュプレックス(duplex)とは、日本の二世帯住宅のように、1つの建物の中に2つの独立した住戸を持つ物件のことで、各ユニットがキッチン・バスルーム・玄関を個別に備えているため、プライバシーを確保しながら同じ敷地内に居住できるのが特徴だ。互いに近い距離で生活しつつも、ほどよい距離感を保てる点がZ世代に好まれている。
The Mortgage Reportsでも、こうした「カジュアルな信頼関係」に基づくco-buyingの増加を「住宅購入の次なるトレンド」として紹介しており、共同購入はもはや特殊な選択肢ではなく、現実的な戦略になりつつあるとしている。
一方、日本では住宅の共同購入(Co-buying)は徐々に増えつつあるものの、米国などに比べるとまだ限定的だ。近年は若年層を中心に、その兆しが見え始めているが、基本的に夫婦または親子などの親族間が一般的となっている。
たとえば、サブスクリプションサービスの利用では、Z世代の93%が何らかの月額サービスを利用しており、Netflixなどのアカウント共有は当たり前の行為として広がってきた。あまりに一般化したこの文化に対し、Netflixは2023年に「非同居者との共有制限」を導入したが、むしろその制限措置が“Co”文化の広がりを裏付ける結果となった。
そして近年、都市部を中心に注目されているのがCo-living(共有住宅)だ。これは単なるルームシェアや家賃の節約手段ではなく、Z世代が信じる「孤立しない暮らし」「価値観を共有する空間」を実現するものとして支持されている。
Co-livingでは、家具やキッチン、清掃サービスなどの設備共有に加えて、住人同士でコミュニティディナーを開催したり、植物の世話や生活ルールを共につくるなど、“生活そのもの”をゆるやかに共有する文化が根づきつつある。多くの若者にとってそれは、メンタルヘルスを支え、孤独を避ける「精神的セーフティーネット」としても機能している。
こうした空間設計は欧米の若者向けCo-livingブランド「Common」「Ollie」などに見られる。日本でも「起業家志望限定」や「クリエイター向け」など、共通の関心や志向を持つZ世代を対象とする住まいの提案が登場し始めている。
つまり住宅のco-buyingは、Z世代にとってすでに空間の戦略的共有というより、暮らし方や価値観の延長線にある自然な選択肢なのだ。
まず、米国では「共同名義ローン(Joint Mortgage)」の申込件数が2021年以降で67%増加しており、複数の購入者向けに頭金や信用審査条件を柔軟に設計した住宅ローン商品が登場している。
また、スタートアップ「CoBuy」が提供する「CoBuyerOS」といったプラットフォームでは、資金計画や契約、持分比率の記録、退出戦略など、共同所有に関する一連のプロセスをオンラインで完結できる仕組みが整いつつある。
さらに、U.S. Newsが紹介するように、複数名義所有者向けの保険サービスや法的契約テンプレートなども普及が進み、非伝統的な関係性における所有をリスクなく実現するためのインフラが確立されつつある。
日本でも、住宅ローンを複数人で組む「ペアローン」「連帯債務型ローン」などは、金融機関で一般的に扱われている。しかし基本的には夫婦または親子などの親族間を想定している。友人やルームメイト同士で住宅を共同名義にすること自体は可能だが、住宅ローンの審査条件や持分管理、将来的な売却・相続に関するルールが複雑であるため、現実的には難易度が高いのが現状だ。
Z世代のように柔軟な発想で暮らしを組み立てる世代の登場は、やがて都市設計や不動産開発にも影響を及ぼすだろう。「世帯」ではなく、「つながり」に基づいて住まいを設計する発想が、次の社会を形づくるかもしれない。
「一人で持つこと」が当たり前だった時代から、「誰かと共に設計する暮らし」へ──Co-buyingは、これからの住まい方の新しいスタンダードとなり得る兆しを見せている。
文:中井 千尋(Livit)
米国の住宅ローン保険会社National MIと、住宅教育機関FirstHome IQが2025年に実施した調査によれば、Z世代(18~24歳)の32%が住宅の共同購入(co-buying)に前向きであると回答している。これは同調査でミレニアル世代(25~40歳)が示した18%の約2倍にあたり、世代間の住宅所有観の断絶を象徴している。また、兄弟同士での共同購入は、2023年の4%から2025年には22%にまで増加するとされており、Z世代の間で“所有を分かち合う”という価値観が本格的に定着しつつある。
本記事では、この住宅共同購入という新しいライフスタイルを軸に、Z世代の「所有」への意識の変化と、そこから派生する“Co”型の暮らしについて考察していく。
なぜZ世代は「家をひとりで買わない」のか?
Z世代は、生まれたときからインターネットとSNSに囲まれた“シェア文化”のなかで育ってきた。彼らにとって「共有」は特別なことではなく、音楽、映像、クラウドデータ、さらには空間までも他者と“分かち合う”ことが当たり前の感覚になっている。この感覚は、住宅のような高額の資産にも応用されている。しかし、Z世代が住宅を「ひとりで持たない」大きな理由は、時代の空気感だけではない。実際には、住宅価格の上昇と住宅ローン金利の高止まりという、明確な経済的障壁が存在している。
米国ではパンデミック後の数年間で住宅価格が急騰し、2024~2025年の平均物件価格は多くの都市圏で過去最高水準を記録している。さらに、FRB(米連邦準備制度)の金融引き締め政策により、30年固定ローンの金利は一時7%を超えるなど、「月々のローン返済額が以前の2~3割増しになる」という状況が続いている。
このような金融環境の中で、Z世代のような若年層が単独で物件を購入することは現実的に難しくなっている。初期費用として必要な頭金、保険、諸費用なども加味すれば、収入水準の上昇が追いつかない現実が立ちはだかる。
だからこそ彼らは、「信頼できる誰か」と資金やリスク、空間を分担するという選択肢──つまり、共同購入(Co-buying)という柔軟な住宅取得戦略にシフトしているのだ。
このZ世代の傾向は経済的な動機だけではない。彼らが重視するもう一つの要素は「孤立しない暮らし」である。社会的なつながりや心理的な安心感を持ち続けながら、無理なく住まいを得たいという思いが、Co-buyingという行動様式と合致している。
さらに、Z世代はデジタルネイティブとして、共同名義の契約や支払いの分担、持分管理などもテクノロジーを活用して柔軟に運用する能力がある。かつて複雑だった共同購入の手続きも、いまやアプリやクラウドツールでスマートに処理できる時代だ。
変化する住宅の買い方 「誰と買うか」が多様化する時代
かつて住宅は、「夫婦が家庭を築くために購入するもの」として語られることが多かった。しかし今、Z世代はその構図にとらわれない。兄弟、友人、ルームメイト、あるいは共同生活者など、婚姻関係や血縁に縛られず“誰と買うか”を自ら選ぶ傾向が強まっている。実際にアメリカでは、大学時代の同級生とコンドミニアムを共同購入したり、長年の友人と協定を結んでデュプレックス物件を共同所有するケースが増えている。デュプレックス(duplex)とは、日本の二世帯住宅のように、1つの建物の中に2つの独立した住戸を持つ物件のことで、各ユニットがキッチン・バスルーム・玄関を個別に備えているため、プライバシーを確保しながら同じ敷地内に居住できるのが特徴だ。互いに近い距離で生活しつつも、ほどよい距離感を保てる点がZ世代に好まれている。
The Mortgage Reportsでも、こうした「カジュアルな信頼関係」に基づくco-buyingの増加を「住宅購入の次なるトレンド」として紹介しており、共同購入はもはや特殊な選択肢ではなく、現実的な戦略になりつつあるとしている。
Z世代は、住宅を“人生のゴール”としてではなく、“生活の土台”として戦略的に捉えているのだ。
一方、日本では住宅の共同購入(Co-buying)は徐々に増えつつあるものの、米国などに比べるとまだ限定的だ。近年は若年層を中心に、その兆しが見え始めているが、基本的に夫婦または親子などの親族間が一般的となっている。
“Co”の価値観が支える住宅共同購入
Z世代の住宅共同購入がここまでリアルな選択肢になっている背景には、彼らが持つ「Co(共同)」という根本的な価値観の存在がある。家だけでなく、空間や体験、支出や責任すら“誰かと分け合う”という発想が、日常の中で自然に機能している。たとえば、サブスクリプションサービスの利用では、Z世代の93%が何らかの月額サービスを利用しており、Netflixなどのアカウント共有は当たり前の行為として広がってきた。あまりに一般化したこの文化に対し、Netflixは2023年に「非同居者との共有制限」を導入したが、むしろその制限措置が“Co”文化の広がりを裏付ける結果となった。
そして近年、都市部を中心に注目されているのがCo-living(共有住宅)だ。これは単なるルームシェアや家賃の節約手段ではなく、Z世代が信じる「孤立しない暮らし」「価値観を共有する空間」を実現するものとして支持されている。
Co-livingでは、家具やキッチン、清掃サービスなどの設備共有に加えて、住人同士でコミュニティディナーを開催したり、植物の世話や生活ルールを共につくるなど、“生活そのもの”をゆるやかに共有する文化が根づきつつある。多くの若者にとってそれは、メンタルヘルスを支え、孤独を避ける「精神的セーフティーネット」としても機能している。
こうした空間設計は欧米の若者向けCo-livingブランド「Common」「Ollie」などに見られる。日本でも「起業家志望限定」や「クリエイター向け」など、共通の関心や志向を持つZ世代を対象とする住まいの提案が登場し始めている。
つまり住宅のco-buyingは、Z世代にとってすでに空間の戦略的共有というより、暮らし方や価値観の延長線にある自然な選択肢なのだ。
住宅共同購入を支える新しい制度とサービス
Z世代のCo-buyingがここまで広がる背景には、それを下支えする制度やテクノロジーの進化がある。まず、米国では「共同名義ローン(Joint Mortgage)」の申込件数が2021年以降で67%増加しており、複数の購入者向けに頭金や信用審査条件を柔軟に設計した住宅ローン商品が登場している。
また、スタートアップ「CoBuy」が提供する「CoBuyerOS」といったプラットフォームでは、資金計画や契約、持分比率の記録、退出戦略など、共同所有に関する一連のプロセスをオンラインで完結できる仕組みが整いつつある。
さらに、U.S. Newsが紹介するように、複数名義所有者向けの保険サービスや法的契約テンプレートなども普及が進み、非伝統的な関係性における所有をリスクなく実現するためのインフラが確立されつつある。
日本でも、住宅ローンを複数人で組む「ペアローン」「連帯債務型ローン」などは、金融機関で一般的に扱われている。しかし基本的には夫婦または親子などの親族間を想定している。友人やルームメイト同士で住宅を共同名義にすること自体は可能だが、住宅ローンの審査条件や持分管理、将来的な売却・相続に関するルールが複雑であるため、現実的には難易度が高いのが現状だ。
「所有」から「共創」へ。これからのスタンダードとしてのCo-buying
Z世代にとって、家を持つとは「自分だけのものにすること」ではなく、「信頼できる誰かと、負担も喜びも分かち合うこと」へと変わりつつある。所有を通じて孤立するのではなく、共に生きる基盤としての住まいを築こうとする姿勢が、住宅の共同購入という選択肢を押し上げている。Z世代のように柔軟な発想で暮らしを組み立てる世代の登場は、やがて都市設計や不動産開発にも影響を及ぼすだろう。「世帯」ではなく、「つながり」に基づいて住まいを設計する発想が、次の社会を形づくるかもしれない。
「一人で持つこと」が当たり前だった時代から、「誰かと共に設計する暮らし」へ──Co-buyingは、これからの住まい方の新しいスタンダードとなり得る兆しを見せている。
文:中井 千尋(Livit)
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