黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に鳩レース競技者・及川茂が出演。鳩レースの競技者になった経緯について語った。
及川茂
黒木)毎日さまざまなプロフェッショナルの方にお話を伺う「あさナビ」。今週のゲストは鳩レース競技者の及川茂さんです。よろしくお願いします。
及川)よろしくお願いします。
黒木)これまで数々の大会で優勝されている実力者でいらっしゃるのですよね。
及川)いまでも現役でやっています。60年ですかね。
黒木)鳩レース歴60年ですか! すごいですね。鳩レースというのはどんなレースなのですか?
及川)鳩の帰巣本能を利用して、遠くへ鳩を連れて行き、各自の厩舎の屋上に帰って来るまでの、その間の速さを競うレースです。夜に競技者が鳩を専用のコンテナでスタート地点へ持って行って、同じところから朝、一斉に鳩を飛ばすわけです。最初は茨城県の水戸あたりまで持って行って、朝7時ごろに飛ばします。すると、うちは東京ですが朝8時くらいにはもう帰って来てしまいます。
黒木)速いですね。
及川)速いです。鳩は目的に向かって、ジグザグに軌道を修正しながら飛んで行きます。それを直線で飛んだものと考えて、「距離÷時間」で速さを出すのです。
黒木)すごく素朴な質問ですが、どうして鳩は自分の家がわかるのですか?
及川)私もそれはわからないです(笑)。だから魅力なんです。本能としか言いようがないから。簡単に言うと、東西南北がわかるように頭のなかに磁石が入っているのです。あとは太陽。太陽が出ていないと、帰りが悪い。飛ばすと、いきなりバッと飛んで行くのではなく、2~3周ぐるぐると回ります。
黒木)お家に帰れなかった鳩もいるのですか?
及川)多少はいます。
黒木)やはりいるのですか。それを競い合うわけですけれども、そういう優秀な鳩を育てるのですか?
及川)鳩飼いは系統をつくるのが夢なのです。私が高校生のときに、「若大将号」という私の鳩が1000キロのレースで日本一になったのです。
黒木)及川さんは10歳から鳩を飼い始めて、17歳のときに若大将号という鳩を1000キロレースで飛ばして初優勝。
及川)1000キロ当日……当日に帰って来るというレースは鳩飼いの夢なのです。私は最初に1000キロを初めて1羽飛ばして、その日に東京に帰って来て、夢が叶ってしまったわけですよ。
黒木)これが初めて出たときですか?
及川)そうです。特に、当時は1000キロを飛ばすと、なかなか帰って来ませんでした。ところが、私は1羽だけ飛ばして、その1羽が帰って来てしまって、それがたまたま日本一だった。運だけで生きて来たようなものだから。
黒木)古い「愛鳩の友」という雑誌を持って来てくださいました。これが1967年なのですけれども、そこに「当日帰って来た。優勝しました」と書いてあります。
及川)この「分速1100」というのは、計算上、1分間に1100メートル飛んだということです。
黒木)1キロですね。
及川)実際は120~130キロ出ているのですよ。でも計算だと直線で飛んだと考えるから、実際にはジグザグに長い距離を飛んでいるので、これより速く飛んでいるのです。
黒木)17歳でグランプリ、すごいですね。
及川)この系統の鳩をつくりたくて、これまで頑張って来たわけです。
及川茂
及川茂(おいかわ・しげる)/鳩レース競技者・及川茂鳩舎
■1949年8月4日生まれ。生まれも育ちも墨田区業平。
■10歳から鳩を飼い始め、17歳のときに若大将号で1000キロのレースで初優勝。一躍、鳩界のプリンスとして名前を知られるようになる。
■その後、愛鳩・若大将号を舎外で亡くしたことを機に、「若大将系」をつくることを決意。両親、直子等を集め、近親系統にすることで大成功を収める。
■21世紀に入ってからは、21世紀を代表する系統「及川シャンテリー系」を確立。また「コンピューター系」という系統もつくり、数々のレースを制して来た。
【鳩レースとは……】
■同じ場所からスタートし、飼い主の厩舎に戻るまでのタイムを計るレース。
※北海道からスタートしたなら、千葉の人は千葉、東京の人は東京がゴールとなる。
※そのため、距離のハンデや地理のハンデがある。
※鳩レースをやるために引っ越す人もいるほど。
■距離を時間で割って、1分あたりの「分速」で勝敗を決める。
■鳩の足にはICチップが付いていて、GPSで飛行距離や時間がわかるようになっている。