「好古家」という言葉をご存知だろうか。骨董品や稀覯(きこう)本を蒐集したり、史跡や碑文を調べたりする趣味の持ち主を指す。
本書『アラバスターの手』は、そのM・R・ジェイムズの系譜に連なる一冊である。副題には「マンビー古書怪談集」とあるが、必ずしも古書をめぐる怪談ばかりが集められているわけではない。全14篇の短篇は、どれも奇怪な出来事が起こり、その原因となるいにしえの故事が語られるというパターンに則っていて、その意味で好古家の怪談なのである。
こうした渋い英国怪奇小説の伝統も、いまではすっかり途絶えてしまった。わたしを含めて、こういうものを好む読者はマイナーな趣味の持ち主であり、好古家と呼ばれる資格が充分にある。著者のA・N・L・マンビーは書誌学者であり、怪談集はこれ一冊しか遺していないマイナー作家だという点も、実に好ましい。
「いつの時代にも新しい」とはよく使われる褒め言葉だが、好古家の怪談は、さしずめ「いつの時代にも古い」と言えるだろうか。
【書き手】
若島 正
1952年京都市生れ。京都大学名誉教授。『乱視読者の帰還』で本格ミステリ大賞、『乱視読者の英米短篇講義』で読売文学賞を受賞。主な訳書にナボコフ『透明な対象』、『ディフェンス』、『ナボコフ短篇全集』(共訳)、リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』など。
【初出メディア】
毎日新聞 2021年2月6日
【書誌情報】
アラバスターの手: マンビー古書怪談集著者:A・N・L・マンビー
翻訳:羽田 詩津子
出版社:国書刊行会
装丁:単行本(264ページ)
発売日:2020-09-12
ISBN-10:4336070342
ISBN-13:978-4336070340