柳田国男は岩手県遠野を旅し、多くの民話を蒐集した。それを明治四三(一九一○)年『遠野物語』として出版。
山里の人びとは、雪女、天狗、河童、座敷わらし、山男・山女など異界の存在を語り継ぐ。文明開化と対極のアルカイックな想像世界だ。柳田はそれを丁寧に記録して行く。
鯨庭(くじらば)氏はそんな懐かしい民話の世界をマンガに再現する。取り上げるのは、オシラサマ、河童、狐、ニホンオオカミの四話。原作を巧みにアレンジした幻想的な描画がまばゆい。古典がいまの時代に甦(よみがえ)った。
オシラサマは馬に恋した娘の話。病弱な小馬をいたわり育てた娘はやがて馬と結ばれる。怒った父親が馬を殺すと馬の頭と娘は天に昇って神となる。遠野を代表する物語だ。
柳田民俗学は、仏教を無視し皇国思想とも一線を画するのが特徴だ。たぶんグリム兄弟の仕事をヒントに日本の精神史を解明する。吉本隆明『共同幻想論』に示唆を与えた。
本書は世界の名著をコミックでリメイクする野心的シリーズの一冊。『猫語の教科書』に続く第二弾だ。マンガという共通語で世界に打って出るという。これは注目である。
【書き手】
橋爪 大三郎
社会学者。1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。
【初出メディア】
毎日新聞 2024年10月26日
【書誌情報】
遠野物語著者:鯨庭/原作:柳田国男
監修:石井 正己
出版社:KADOKAWA
装丁:コミック(216ページ)
発売日:2024-09-20
ISBN-10:4046059273
ISBN-13:978-4046059277