ミステリーファンの多くは“開かれた結末(リドル・ストーリー)”を好まない。つまり、謎はいつだって解かれるべきなのだし、物語の環は必ず閉じられるべきだという読み方。
わけありの男女がイギリスの田園地方の脇道を車で走っている。と、車が故障。薔薇の花が咲き乱れる家で電話を借りようとするのだが、そこの女主人からは電話も自転車もないと言われてしまう。仕方がないので十マイル離れた町まで歩いて助けを求めにいく男。薔薇の館に残された女は――。女性誌が好んで取り上げそうな英国の田園風景、ガーデニングといった要素を背景に置きながら、ページを繰るにつれて禍々しいイメージが膨らんでいく表題作。ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』風の、幽霊が出てこない幽霊譚「猫が跳ぶとき」。急死したヴァンプ女優に魅入られた朴念仁の深い絶望を描く「死せるメイベル」。無能な若者が“何者か”になるために罪を犯すにもかかわらず、なおいっそう“何でもない”自分と深く向き合うことになる瞬間を冷徹な筆致でとらえた「告げ口」。
収められた全二十編すべてが、世界に向かって開かれている。
【書き手】
豊崎 由美
1961年生まれ。ライター、ブックレビュアー。「週刊新潮」「中日新聞」「DIME」などで書評を連載。著書は『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(以上アスペクト)、『文学賞メッタ斬り』『百年の誤読』(以上、共著、ちくま文庫)、『勝てる読書』(河出書房新書)、『読まずに小説書けますか』(共著、メディアファクトリー)、『石原慎太郎を読んでみた』(共著、原書房)など多数。近著に『「騎士団長殺し」メッタ斬り!』(河出書房新社)がある。
【初出メディア】
婦人公論 2004年12月7日号
【書誌情報】
あの薔薇を見てよ: ボウエン・ミステリ-短編集著者:エリザベス・ボウエン
翻訳:太田 良子
出版社:ミネルヴァ書房
装丁:単行本(337ページ)
発売日:2004-07-01
ISBN-10:4623040798
ISBN-13:978-4623040797