『棕櫚の葉を風にそよがせよ』(文遊社)著者:野呂 邦暢Amazon |honto |その他の書店

◆喧騒とは無縁の澄明な世界
昔、野呂邦暢という作家がいた。亡くなったのは1980年。
42歳という若さだった。30年以上の時間が過ぎたことになる。

もっとも世に知られているのは芥川賞を受賞した「草のつるぎ」だろう。他にも郷里・諫早を舞台にした佳品を数多く残した。

けっして目立つ作風ではない。時代を駆け抜けるような疾走感もない。風景を正確に写し、抑制のきいた表現で職人的な小説を多く残した。

むろん私もそうだが、野呂にはファンが多い。だから彼の死後も細々とだが、複数の出版社から彼の作品集が編まれ、出版されてきた。それ自体、稀有だと思う。

そして今度、文遊社から全8巻の予定で小説集成が刊行され始めた。第1巻は、初単行本化の短編2編を含む初期小説集である。


中でも彼の第1作「壁の絵」は本当に素晴らしい。アメリカへの憧憬を、朝鮮戦争勃発時の日本で、屈折した感情のうちに書き留めた小説。朝鮮戦争をこんな形で小説にした例は、他に思い浮かばない。喧騒とは無縁の澄明な世界に入る。小説を読む喜びに浸る。小説の世界から出たくなくなる。

【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。

【初出メディア】
日本経済新聞 2013年6月12日

【書誌情報】
棕櫚の葉を風にそよがせよ著者:野呂 邦暢
出版社:文遊社
装丁:単行本(520ページ)
発売日:2013-05-31
ISBN-10:4892570915
ISBN-13:978-4892570919
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