もともと、他人が作ったものは食べられないという人は少なくない。一方、何かのきっかけで食べられなくなることもある。
それが赤の他人なら距離をとればいいだけだが、相手が義母だと話は少しややこしくなるかもしれない。

■ハンバーグから出てきた髪の毛
夫の実家と「ご近所別居」のアザミさん(43歳)。2年前、下の子が小学校に上がるタイミングで越してきた。

「上の子は転校になってしまったのだけど、上は非常に前向きな女の子。転校したら新しい友だちができるよねと喜んでいたくらい。下の男の子は繊細なので、途中転校はできないと思い切ったんです」

共働きだから学童を利用する方法もあったが、息子が学童でやっていけるとも思えなかった。


「義母は元保育士。息子のことも理解してくれて、いい距離で接してくれたので息子も落ち着いて小学校生活を送ることができていました。その上、義母はよく料理を作って持ってきてくれた。ありがたかったです」

半年ほど前のことだ。その日、義父が留守だというので、義母に来てもらい、アザミさん一家と5人で食事をしていた。

義母が作ってくれた、子どもたちが大好きなハンバーグだったのだが、アザミさんのハンバーグから髪の毛が出てきた。


■ウッとなってトイレに駆け込んだ!
「さりげなくよけて知らん顔していればよかったんですが、私、髪の毛を指でつまんでピーッと引いたんですよ。そこにひき肉がからまったのを見て、吐きそうになってしまって……。思わずウッと言って立ち上がり、トイレに駆け込みました」

嘔吐はしなかったが、気持ちが悪くて、それきり食事はできなかった。

夫は明るく、「ま、よくあることだよ」ととりなしたが、義母は「ごめんなさいね。気をつけてるんだけど……だけど、そこまでしなくても」と不快そうだった。

娘は知らん顔して食べ続けていたが、繊細な息子は、母の様子を見て自分が嘔吐してしまう。


「『アザミさん、こういうのを悪影響っていうのよ』と、義母はまるで私が悪いかのように言いました。でもこれって生理的な問題ですからねえ。

それ以降、私はまったく義母の手料理が食べられなくなりました。気にせず食べようと思っても、口元に持ってきただけでウッとえずいてしまう」

しかも、息子も同じように食べなくなったというから日常生活に支障をきたした。


■夫は「きみの血だな」と怒るけど
夫は「きみが気にするから息子までああなるんだ」「息子が神経質なのはきみの血だな」と言うようになった。

「そう言われてもねえ。
義母も不快だったのでしょう、『私はもう何も持ってこない、何も作らない。あなたたちの家には来ない』と。息子のめんどうもみたくないと。

しかたがない、この春から息子は有料の学童保育に通っています。私も出勤と在宅のバランスを見直し、週に2回、在宅ワークと1日は午後から在宅にしました。わりと細かく決められるようになったのでありがたかった」

アザミさんは、あの日の髪の毛が忘れられず、今でも夢に見ることがあるという。


自分がおかしいのではないかとメンタルクリニックに行って医師に話してみたが、他のことではおおざっぱなのにそれだけが気になるのは、その人との人間関係の問題ではないかと言われたそうだ。

「確かに、私は実は義母が嫌いなんだと思います。それなのに嫌いじゃないと自分に言い聞かせて近所に住んで。子どものめんどうをみてもらっている手前、懐いたふりもしていた。

そうやって自分を騙していたせいで、髪の毛1本にあんなに大騒ぎしてしまったんでしょうね。そう考えて腑に落ちたので、それきり夢は見なくなった。
でもやはり義母とは、もう仲のいいフリはできない」

■ふと思い出した、気持ち悪い過去の光景
アザミさんはその流れでふと思い出したことがあった。結婚の挨拶に夫となる彼の実家に行ったとき、何かの拍子に義母が息子の額に張り付いていた髪を指でつまんだのだ。

その様子がなぜかとても気持ちが悪く、不快だったと彼女は言う。

「あとからそれを思い出して、私自身が髪の毛に不快感を持っているのか、あるいは義母と息子の関係に不快感を持っているのか……と考えました。たぶん後者なんです。

夫は『普通の息子』として振る舞っているけど、義母は息子離れしていないし、もっとべったりした関係になりたがっている。それを感じるから不快なのかもしれません」

そこまで分析できたものの、やはり義母と一緒に食卓を囲むのはむずかしい。夫はときどき娘を連れて実家に行っていたが、娘も最近では「家にいる」と言うようになった。

「私は夫が嫌なわけではない、義母を嫌っているわけでもないと夫には説明していますが、夫にしてみれば不快だろうとは想像できる。ただ、本当にどうにもならないので、しばらく目をつぶってほしいと頼むしかありません」

ひょんなことから自分の本心に気づくことはある。気づく前には戻れないのだ。その事実を踏まえてこれからどうしていくかを考えていくしかないのだろう。

▼亀山 早苗プロフィール明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。