夫の、あるいは妻の「フキハラ」(不機嫌ハラスメント)に悩む人は少なくない。

相手が不機嫌であっても気にせず、通常の生活を続けられるなら、あるいは「すっかり相手を諦めた」と言い切れるならいいのだが、相手の不機嫌に巻き込まれてメンタルを病むようなら、なるべく早く離れたほうがいいのかもしれない。


相手は「静かに支配」しようとしている可能性があるからだ。

■結婚当初は何でも話せたのに
「私たちは友達関係から結婚したので、最初のうちは何でも話せたんです。対等な関係だと信じていた。ところが出産を機に、徐々に夫の態度が変わっていったような気がします。今思えば、ですが」

エイミさん(42歳)は結婚して10年、8歳と5歳の子を抱えながら共働きをしている。夫の態度が変わったのは第1子の女の子が産まれてからの育休中だ。子どもを最優先させる妻が、なんとなく気に食わなかったのではないかと彼女は推察する。

「子どもの世話を焼いていると、『オレのメシはー?』と駄々をこねるようになった。『あなたは子どもじゃないんだから、そんな言い方しないでよ』と最初は笑っていたんですが、徐々に不機嫌が本格的になっていった。『メシ』と一言発するだけだったり、私が混ぜっ返しても反応しなくなっていったんです」

怖かったとエイミさんは言う。帰宅した夫が、子どもをあやすエイミさんの横に仁王立ちになっていたこともある。

■夫の「気分」に翻弄される日々
「どうしたのと聞いても黙っている。
ちょっと待って、今すぐごはんにするからと言っても黙ってる。育休中とはいえ、こっちだって初めての子育てで疲れているんですが、とにかく食事を出すと黙って食べる。

最後に『もうちょっとまともなもの出せない?』と言い捨てて自室にこもる……。言い返す間もありませんでした」

かと思うと、急に子どもの世話を焼き始めることもあった。あなたがやってくれると子どももうれしそうだわ、助かるわと褒めそやしてみたが、なかなか続かない。気まぐれに世話をしたりしなかったりで、夫の「気分」に翻弄(ほんろう)された。

「1年たって保育園のめどがついたので職場復帰しました。夫が保育園に迎えに行ってくれることはめったになかった。『もうちょっと協力してくれるとありがたいんだけど』と下手に出て言ったこともあるけど、そのときも黙ったままだった」

なんだか不気味な気がしたのを覚えていると彼女は言った。

■第2子出産後はさらに不機嫌が加速
それでも第2子を授かった。今度は男の子。産まれたときは喜んでいた夫だが、子どもが2人になってみるとどれだけ忙しくなるのか想像もつかなかったようだ。


「それでも夫はマイペースで生活している。とうとう私がぶっ倒れてしまったんですが、そのときは義母にお世話になりました。義母も夫にもうちょっと家のことをやったらどうなのと言ってくれたんですが、ほとんど返事もしなかったそうです。義母は気にかけてくれて、ずいぶん面倒を見てくれました」

ところが夫は自分の母親にさえ、話しかけられても機嫌が悪いと返事をしなかった。見ていて胸が痛んだとエイミさんは言う。

「あるとき、『ねえ、あなたはいつからそんなふうになっちゃったの。私たち、もっと風通しのいい関係だったよね』と言ったんです。すると夫は黙って立とうとした。だから『人を無視するのはよくないよ。返事くらいしたらどうなの』と思わず怒ってしまった。

すると夫は『オレの存在を無視したのはそっちだろ』って。私のどういうところをそう思ったのか言ってよと言っても黙ってる。
そのときは数カ月、口をきいてくれなかった。それで私も話しかける気力をなくしてしまったんです」

■夫が黙り込む理由は……
夫は黙り込むことで私を支配しようとしている。そんな気がしたと彼女は言う。残業があるから子どもの面倒を見てくれないかなと言っても、夫は黙っていた。それで夫にその気がないと分かる。本当は妻が働くのさえ快く思っていないのかもしれない。

「でも夫の収入だけで暮らしていけないのは夫自身も分かっている。だから家にいろとは言えない。自分を最優先しろと言いたいけど、それも言えない。だから黙ることで、私の行動を変えたいんでしょうね。分かるけど、だったら言えよと思います。何も言わずに他人を変えようとするのは傲慢(ごうまん)だと思う」

不気味に黙って不機嫌をまき散らすだけの夫が、今ではエイミさんのストレス源になっている。
助けてくれていた義母も最近は体調がすぐれず、それも心配の種だが、夫は実家にも顔を出していないようだ。

「あんなに楽しい恋人時代だったのに、何がどうしてこうなってしまったのか私にもよく分からないんです。夫は暴力こそふるわないけど、精神的DVには違いない。それでも私は、あの楽しかった時代が忘れられなくて、いつか夫がまた元に戻るかもしれないと期待しているんですが……」

このままだと子どもたちにもよくないと思いつつ、根本的な解決策が見つからないまま、彼女は今日も多忙な日々を送っている。

▼亀山 早苗プロフィール明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
編集部おすすめ