今井哲也のSFジュブナイルコミックを原作にした劇場アニメ『ぼくらのよあけ』が現在全国公開中だ。
本作の舞台は、今から27年後の西暦2049年の世界。
夏休みを目前に控えた3人の少年は、家庭用オートボット「ナナコ」の異変をきっかけに、宇宙から来たという未知なる存在「二月の黎明号」と出会う。二月の黎明号が3人に接触した理由とは果たして――ひと夏を駆け抜ける、子どもたちの極秘ミッションが始まる!

本作の脚本を手がけたのは『交響詩篇エウレカセブン』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』などを手掛けてきた佐藤大さん。ジュブナイル作品を手掛けることの難しさや、監督・原作者とのシナリオ会議の様子など、たっぷりと語っていただきました。

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【脚本は、アニメの「設計図の素」】

――まずは、アニメ作品における脚本の役割を教えてください。

佐藤 原作がある場合とオリジナルの場合ではちょっと違ってくるのですが、変わらない部分は「時間をコントロールするところ」ですね。20分だったら20分、100分だったら100分の作品で言いたいことから、コンテにする上で必要なものまで、全部の情報が入っている「設計図の素」のようなものだと私は考えています。


――脚本がないと、アニメの制作が始まらないわけですね。

佐藤 そうですね。監督によってはコンテから始める方もいますが、基本的には脚本が「原作の良さ」や「その良さをどのように時間内に収めるか」ということを設計する最初の一歩かなと思います。

――『ぼくらのよあけ』のような王道冒険ストーリーを手掛けることの難しさや楽しさは、どんなところにあるでしょうか。

佐藤 アニメでなければできない映像表現や、ワクワクさせるような物語の飛躍といったものは必要不可欠になっているので、そこをどうするかは難しさでもあり、楽しさでもあると感じています。
そのためにも観てくれる少年少女たちが共感できるような人物造形を作り、「わかる」「あるある」「自分もこんなことあった」と思ってもらいつつ、逆に興味を持たなそうなことは描かないように気を付けています。

『ぼくらのよあけ』脚本家・佐藤大が明かす原作愛と執筆現場の裏話


【原作者・今井哲也さんも参加した脚本打ち】

――佐藤さんが『ぼくらのよあけ』に参加された経緯を教えてください。

佐藤 企画が動き出した2019年にプロデューサーから声を掛けていただいたのが始まりなのですが、実はもともと作品は存じ上げていました。
というのも、僕が所属する団地好きトークユニット『団地団』のメンバーである大山顕さんから「こんな作品があるよ!」って、原作が刊行された2011年に教えてもらっていたんです。

――団地きっかけで作品を知った訳ですね。

佐藤 出張先で買って東京へ戻るまでの間に読んでみたら、これがすごく面白くて! さっそく団地団のメンバーと「原作者の今井哲也さんを僕たちのトークショーに呼ぼうよ」という話になり、それがキッカケで、今井さんも団地団のメンバーになっていただくことになって。そこから友人として、ずっとお付き合いさせてもらっています。


――聞いていると、まさに運命的な出会いとしか思えませんね。

佐藤 そうなんです。その頃から「『ぼくらのよあけ』がいつかアニメになったら、自分も作品に関わりたいな」という夢を持っていたんですよ。正直それが現実になるなんて思ってもいなかったので、話がきた時は「もちろんやります!」という気持ちでした。
『ぼくらのよあけ』脚本家・佐藤大が明かす原作愛と執筆現場の裏話

――本作へ参加することが決まってから、原作者である今井さんとはどのようなやり取りをしましたか?

佐藤 今井さんと ”原作者と脚本家” という立場でお会いすることは初めてだったので、めちゃめちゃ緊張しました。というのも、普段のアニメの現場では原作者から「これはない」と言われたらそのアイディアは無しになりますし、「(セリフを)一字一句変えるな」と言われたらそうするしかありません。
ですが、こちらとしては、原作を120分の映像に収めるには、いろいろな部分をかなり短くしていかないといけない、という前提がありました。
そこで、私と監督の共通認識だった「上の世代のエピソードを短くする」「カタルシスを生むために、後半に新しい要素を入れ、映画の盛り上がりを作る」という構成案を、おそるおそる今井さんに提案したところ、「分かります」と共感していただけました。そこからは今井さんにご参加いただき、チームとして一緒に脚本を作っていくことになりました。

――打ち合わせの際に、印象的だったエピソードはありますか?

佐藤 今井さんは原作者ならではのドライさをお持ちで、先程の原作者の話とは真逆に「作品のテイストと雰囲気に合っていれば、セリフは変えてもいい」というスタンスだったんです。時には今井さんのほうから「このセリフ、変えましょうよ」と提案されて、原作ファンである僕や監督が「これはいいセリフだから変えません!」と止めることもありましたね(笑)。
『ぼくらのよあけ』脚本家・佐藤大が明かす原作愛と執筆現場の裏話


【シナリオを起こす際に意識したこと】

――佐藤さんは原作のどんな部分に魅力を感じましたか。


佐藤 全体の印象としては「ひと夏の少年たちの冒険」という、すごくジュブナイル的な印象なのですが、そこに団地という懐かしいモチーフ、10代の女の子たちの距離感の難しさ、人間の営みを地球外生命体とAIが見守るというシンギュラリティの側面など、原作発表当時から考えると、とても先鋭的かつ重層的な要素がたくさん入っていたと思います。
読み返す度に読後の印象もどんどん深くなっていって、「これはすごい作品だな……!」と思いましたね。

――そんな原作の魅力をさらに引き出すために、どのようなことを意識しながらシナリオ作業に向かわれましたか。

佐藤 先程も言ったとおり、本作では尺の関係上、原作そのままのアニメ化はできませんでした。さらにエピソードを切っていくことになるのですが、物語の中でそれぞれのエピソードが複雑に絡み合っているので、1つのセリフを抜くとジェンガみたいに崩れていっちゃうんです。キャラクターの心理描写が唐突なものにならないよう、そこを慎重に調整していく必要がありました。
最終的にセリフの量はかなり整理されてしまったのですが、それによって絵の魅力や声優さんの演技がより際立つはずだ、と意識して削いだ結果です。

こういった作業感覚は、スタッフ間で共有できないとかなり苦労するのですが、本作においては今井さんも監督もクレバーな方だったので、現場はとてもやりやすかったです。
『ぼくらのよあけ』脚本家・佐藤大が明かす原作愛と執筆現場の裏話

【佐藤さんのお気に入りシーンは、本編から削られる可能性があったエピソード!?】

――作品の舞台となった阿佐ヶ谷住宅(2013年に解体)は、もともとご存じでしたか。

佐藤 もちろん、団地団のたしなみとして存じ上げておりました(笑)。日本で最初にできた団地として有名な場所だったので、あった当時は普通に散歩したり、住民の方が映らないように写真を撮ったり、あちこち探索したりして楽しんでいましたね。

――では、本物の阿佐ヶ谷住宅をご存じの佐藤さんから見て、本作で描かれた団地の描写はいかがでしたか。

佐藤 プロット打ちの際に当時住んでいた方に取材して、どういう生活をしていたのかお聞きしたり、取り壊される前の阿佐ヶ谷住宅の写真を貸していただいたりしたので、実際の阿佐ヶ谷住宅に近いものを作れたんじゃないかなと思います。取り壊されて今はもう無い団地を作品の中に残せて、とても嬉しいです。

あと最後のほうに、公園に集まる場面があるのですが、そこが阿佐ヶ谷住宅でないと表現できないシチュエーションになっているんです。住んでいる人たちが集まりやすい公園の様子が見事に再現されていて、「さすが!」と感心してしまいました。

――では最後に、佐藤さんが個人的に気に入っているシーンを教えて下さい。

佐藤 缶蹴りをしているシーンで、銀くんと二月の黎明号が話しているところはとても気に入っています。あそこのシーンは「本編に要らないんじゃないか」という話が囁かれるくらい、削られるかどうか危ういシーンだったんです。でも僕は、あのシーンは絶対に必要だと思っていたんです。

あの2人のシーンは、人の死や二月の黎明号を救おうとする子供たちの思い、そして自分の父親を亡くした時の話を初めてする銀くんの内面が描かれた、原作でもとても大事なシーンだと思っています。あのエピソードが物語中盤にあることで、映画がグッと良くなると思ったので、残せて良かったです。岡本(信彦)さんと朴(ロ美)さんの演技も最高でした。
『ぼくらのよあけ』脚本家・佐藤大が明かす原作愛と執筆現場の裏話

※朴ロ美の「ロ」は、正しくは「王」へんに「路」です。
(C)今井哲也・講談社/2022「ぼくらのよあけ」製作委員会