『ガンダム Gのレコンギスタ』(『G-レコ』)は富野由悠季監督が15年ぶりに手がけた、ガンダムだ。遠い未来の時代、リギルド・センチュリーに生きる人間群像を活写した本作は、その内容もさることながら、映像面でも強い印象を残した。
近年のアニメの輪郭線は、細く緻密に描かれることが多く、それは絵の硬さにつながる場合も少なからずある。『G-レコ』の線はそれとは方向性が大きく異なる。『G-レコ』における「線」について、キャラクターデザイン・作画チーフの吉田健一、撮影監督補佐の脇顯太朗に話を聞いた。第2回は、作画と撮影の連携の様子を具体的に語ってもらった。
[藤津亮太]
■レンダリングが重かったセルトレス処理
――すると『G-レコ』では作画のやり方がなにか大きく変わっていたわけではないんですね。
吉田健一氏(以下、吉田)
そうです。ただ、動画さんが頑張って原画や修正原画のニュアンスを拾ってくれたやつの方が、やっぱり乗りがいいんですよ。
脇顯太朗氏(以下、脇)
そうですね。元の線に抑揚があると、なおのこと効果がよく出る感じですかね。
――線への処理のかけかたというのは一律なんですか?
脇
いえ、話数ごと、カットごとにいい感じになるように調整しています。
それが第4話、第5話すぎたあたりで、だいぶ動画の線がいつも通りっぽくなってきたんで、そこで一回処理的な意味でテコ入れをしました。この処理は太い線のほうが処理の乗りがよくなるようにはなってますけれど、細い線でも均一にならないようにしたいので、適宜そういう効果は加えていました。
――作画の上がりを見て、処理の度合いを変えるという連携があったんですね。線の処理というのは、どういう計算をさせているのでしょうか? 太いところはより太く、細いところはより細く、みたいな考え方なのでしょうか?
脇
線の処理とは言っているんですけれど、これ1つをポンとやっているわけではないんです。複数の手順が複雑に入り組んだりしているんですよ。だから処理そのものは結構重かったりします。
吉田
最初に聞いたんですよ。「これでレンダリング大丈夫ですか?」って。そうしたら「大丈夫です」っていうから、じゃあ、やろうって……(笑)。
脇
いちおう作品制作の実用になる範囲には収めているんですけれど(笑)。
――撮影で線のニュアンスを強調するアプローチは『キルラキル』でも取り組まれていたと思いますが、そのあたりの動向も念頭にあったのでしょうか。
脇
自分は放送当時『キルラキル』を観てなかったんですよ。ただ『キルラキル』が終わった後、『G-レコ』が始まってちょっとしたところで、うちの会社(旭プロダクション)に『キルラキル』の撮影監督の山田豊徳さんが、いらしたそうなんです。自分は直接話できなくて、上司と話したようなんですが、そこで『キルラキル』は主線を太くする処理はしていたけれど、線を削るところまではやっていないという話は聞きました。
■ラフな線が生み出す動きの雰囲気
吉田
『キルラキル』のすしお君の線とか、その前の『パンティー&ストッキングwithガーターベルト』の錦織敦史君の線って、カートゥーンぽいところがあるので、それと合っていたのかなと。僕はそっちじゃなくて、『カムイの剣』などをやられた野田卓雄さんみたいな方向だと思っているんですが。
――かなりはっきりした抑揚のニュアンスがあるということですよね。
吉田
あの、線って、ニュアンスが大事なんです。スッと始まって、スッと抜ける時の“入り”と“抜き”で線が細くなるところとか。例えば、肩の前側から背中側に向けて線があるとしますよね、この線が、奥にいくにつれて線が曲がりながらスッと細くなって、肩の稜線につながっていると、それが立体感、体の厚みを感じさせてくれるんです。
ただこの10年ぐらい、そういうことがあまり教えられなくなってきているな……という実感があります。線が細くならないままつながると、「立体感を感じさせる絵」じゃなくて「単なる線の繋がり」止まりなんですよね。なので時々、動画の人にちょっと厳しい言い方することあるんですよ。
――原画のニュアンスのある線を拾わないで清書すると、動画は違う絵になってしまいますよね。
吉田
実際、線のニュアンスを何故拾わなくちゃいけないかといえば、線のニュアンスってさっき話した立体感や、動きにすごく関わっているんですよ。たとえば『G-レコ』第1話でG-セルフがレクテンとやりあうところ。線がピッて引かれてるのと、ワッて引かれているのでは、動きの雰囲気が違う。線がざっくり引かれていると、それが一種のモーションブラーがかかったみたいに、動きが繋がっていくんです。G-セルフがレクテンを手で殴るところは、線のニュアンスがあると、ガンッて殴ったときのブレた感じが出るんですよ。それがピッとした線で引かれた瞬間に……
――絵が変わるだけでなく、動きそのものがかわってしまう。
吉田
揺れる感じがなくなって、プラモデルというか、紙っぺらで叩いてるみたいになって、ゴワ~ン。ゴワーンっていう感じにはならない。
吉田氏による修正原画。G-セルフの手の甲を描いた線のニュアンスや、殴られたレクテンの凹み部分などに注目。ヒットの瞬間を描いたC(3)の原画では、指の部分などに加速を現すタッチが入っている。
■レイアウト修正を動画の上に重ねた第24話
――修正する時には、画面にニュアンスが残るのはどれぐらいと想定していますか?
吉田
そこに関しては、ある意味、うまく残ってくれたらうれしいぐらいで留めています。むしろ第1話でレイアウト修正をがっつり入れてみたんですけど、ラフな修正を入れても、原画になる段階で、フォルムというか形の取り方が違ってしまっているケースも多くて、そこは自分がどうすればもっとよく伝えられるのか、結構、考えてしまいましたね。
――それはなかなか難しい問題ですね。
吉田
一方で、僕のやってることを好きで、興味持って「こういうことをやりたいといってやってきてくれる人はいてくれて。第5話、第13話なんかの作画監督やってくれた田頭(真理恵)さんなんかは、すごく寄ってきてくれて。
脇
田頭さん、よかったですね。
吉田
田頭さんは原画もいろいろやってくれたんですが、田頭さんの絵は、ちょっと違う感じの絵なんです。でも、いくつかのカットでかなり再現性の高い原画を描いてくれて。それがうまい動画さんにまわると、かなりいい感じの仕上がりになったりしましたね。
脇
田頭さんの原画はすぐわかりますよね。「ここ田頭さんですね」っていえる。
吉田
もとの絵そっくりになぞれみたいになってもよくないんですけど、「こういう気分なんです」って言って、その部分を拾ってくれるのはすごく助かる
脇
田頭さんは、それができる方なのだなと思いました。以前、別の作品で田頭さんと一緒だったことがあるんですが、その時は、すごくシャープな線をお描きになっていたので、『G-レコ』ではこんな絵も描ける方なのだなと、びっくりしました。
吉田
むしろこういう絵の方が合ってたのかもしれない。
脇
個人的には、田頭さんと玉川(真吾)さんが印象に残りました。
吉田
そうですね。玉川君もかなり寄ってきてくれて。だから野蛮に見せたいシーンなんかはいい感じで描いてくれました。
――そういうスタッフがいたことが『G-レコ』の雰囲気を保つ一助になっていたのですね。
吉田
そうですね。ちょっと面白かったのが、第24話でドレット将軍が死ぬところ。画面で観てすごくびっくりしたんですけど、僕のレイアウトの修正ラフを乗っけて完成画面にしたでしょう?
脇
ああ、やっぱりわかりましたか? 打ち合わせの時は何も言われてなかったんですけど、カット袋が届いたら、吉田さんの修正も全部スキャンされてたんですよ。「吉田さんの修正ラフがきてるけれど、どうしよう?」っていう話になって。それで「これそのまま乗せてみるか」みたいな話をしてて。
吉田
それで、動画の上に、撮影でこの線をのせてるんだ。
■「こだわり」ではなく普遍的な技術を目指す
脇
番号とか指示とか不要な部分は消して、線の部分だけ。
吉田
でも修正ラフって原画の位置だけしかないでしょう。
脇
そうです。原画の位置にしかないので、中割のところは、動画の線のままになっちゃうんですよ。それだと動画が浮いちゃう。だから、似たような感じの処理を、あのカットだけ別で作って足して繋がるようにはしました。
吉田
そうなんだ。あれはおもしろかったし、要所要所ならこんなこともできるんだな、と。
脇
そうですね。ぜんぜんいけると思います。
――これもまた作画と撮影の連携の産物ですね。『G-レコ』のほかのカットでもそういうことはやったのですか。
脇
いや、ここだけですね。
吉田
だから、そういうことは試していくといいなと思いました。ちょっと『茄子 アンダルシアの夏』の自転車レースのラストで、三原(三千夫)さんが原画までやって、さらに動画までいった後に、三原さんが全部グワーッと線を乗っけた時みたいな効果だなと。
――ぐっとニュアンスが加わりますよね。
吉田
やっぱり変わるんですよ、ラフな線そのものを目的にするというより、気分を乗せようと思って描いた線って、画面に出るとぐっと気分が乗って見えるなって思って。『機動戦士ガンダム』の劇場版なんか、もう全編そういう気分が出てるんですよね。困ったことに、安彦さんがやってない話数でも気分はしっかり出ていたりして。なぜ今はこうならないのかは考えちゃいます。
――こうなってくると、原画や修正を清書して動画にしなくても、原画マンや作画監督の線のまま画面に出す方向もありえるのではないですか?
吉田
はい。それはあるかもしれません。でもそれはやっぱりケース・バイ・ケースだろうと思ってます。たぶん、やろうと思えばできるでしょうけれど、それをルールにしてしまうと、『ホーホケキョ となりの山田くん』とか『かぐや姫の物語』と同じような、スペシャルなものにならざるを得なくなって、TVアニメではなくなってしまうでしょうね。小西(賢一)さんが全部清書しなくてはいけないっていうことに(笑)。
――吉田さんとしては、スペシャルなものには興味がない?
吉田
いや、ありますよ。そういうやり方をやらないかっていう話をいただいたこともあるし。ただそれで『G-レコ』みたいな、キャラもメカも大勢でてくるTVシリーズは作れない。僕は、今自分がやってることを「こだわってますね」って言われるのは、ちょっと不本意で。こだわっている、っていうのは、それこそ『かぐや姫』のようなものを言うのであって、僕らが『G-レコ』でやってることは「これが普通です」っていうことでないといけないと思うんです。だから、絵描きが絵をリレーしてアニメの画面を作っていくっていうことを、技術化して、もっと普遍的なものになる方法を探るべきなんじゃないかと思っているんです。
(第3回に続く)
[プロフィール]
□ 吉田健一(よしだ・けんいち)
アニメーター。主な作品に『OVERMANキングゲイナー』(キャラクターデザイン・アニメーションディレクター)、『交響詩篇エウレカセブン』(キャラクターデザイン、メインアニメーター)、『茄子 スーツケースの渡り鳥』(作画監督)などがある。
□ 脇顯太朗(わき・けんたろう)
主な参加作品に『革命機ヴァルヴレイヴ』(撮影監督補佐)、『GOD EATER』(撮影監督)などがある。
(原稿後半用図版)
レイアウトとともに提出されたラフ原画に対し、吉田が加えた修正。この修正に従って、原画・動画作業が行われたが、撮影工程で、改めてこのラフ修正の線を画面の上に重ねて完成画面としている。
『ガンダム Gのレコンギスタ』 第9巻<最終巻>
発売日:2015年8月26日
発売元:バンダイビジュアル 販売元:バンダイビジュアル
Blu‐ray[特装限定版] 7,800円(税抜)
DVD 5,000円(税抜)
『ガンダム Gのレコンギスタ』
(c)創通・サンライズ・MBS