『ガンダム Gのレコンギスタ』(『G-レコ』)は富野由悠季監督が15年ぶりに手がけた、ガンダムだ。遠い未来の時代、リギルド・センチュリーに生きる人間群像を活写した本作は、その内容もさることながら、映像面でも強い印象を残した。
[藤津亮太]
■『ブライガー』のOPから『G-レコ』へ
――『G-レコ』で興味深いのは、線に関する提案が撮影サイドから出てきたことです。脇さんはどうして、セル画に似た効果を画面に持ち込もうと思ったんでしょうか。
吉田健一氏(以下、吉田)
そう(笑)。なんでアナログ時代のアニメが好きなの?
脇顯太朗氏(以下、脇)
自分は今、25歳なんですけど。きっかけは金田(伊功)さんですかね。これは金田さんの『(銀河旋風)ブライガー』のOPの原画が掲載された同人誌で、いちおう持ってきたんですが……。
吉田
僕でも持ってないし(笑)。なんでこんなの持ってるの?
脇
これ'80年代に出た同人誌なんですよ。もともと僕は、昔のアニメは見ていなかったんです。たまたまロボットものは好きだったんで、昔のアニメのOPを知る機会があったんです。それで存在を知ったのが金田さん『ブライガー』のOPだったんです。それまではアニメーターって意識していなかったんですが、『ブライガー』のOPを見て、「これを“描いた”人がいる!」「これ凄いぞ!」って思ったんです。
そこからですね。スタジオZ、スタジオNo.1、スタジオZ5などに参加していたアニメーターさんを追いかけるようになって。山下将仁さんだったり越智一裕さんだったり、亀垣(一)さんだったり本橋(秀之)さんだったり。そのあたりの作画が本当に好きなので、あのころのアニメが持っていたテンションを、今のデジタルで拾えないかなっていうのが、もう学生のころからずっと思っていたんです。そして、『G-レコ』で、それをやる時がきた! という。
――撮影さんには、作画マニアの方って結構いるんでしょうか?
脇
どうなんでしょう? 自分の聞いたことある範囲では、撮影でアニメの線のことを考えている人っていうのはあんまり聞いたことがないです。
吉田
なるほど、凄い同人誌持ってるなぁ。こっちは『(ずっこけナイト)ドンデラマンチャ』なんかも載ってる。すごい。(笑)。金田さんってキャラクターもエフェクトっぽくなるんですけれど、もうちょっと正確にいうと、シルエットの人だと思うんですよね。シルエットで動きをつくるのは、アニメーションが始まったころからある考え方だけど、金田さんはとびきりそれが大胆という。
脇
金田さんには多分Aプロ(ダクション)系の作品の影響もありますよね。
吉田
あるよね。でも、こうやって原画を見てると、今、「動画やってください」って言われたらどうするか……。
■絵をどこまでコントロールするか
――やっぱり金田さんの原画を中割するのは難しいですか。
吉田
いや~、頑張りますよ。
脇
自分はこういう勢いがすごく好きだったので。『G-レコ』はこんな、はっちゃけてる感じっていうか、露骨な感じではないんだけれど。
吉田
いや、こういうふうに露骨にやる人は今も、いるんですよ。でも、それはどこかで意識的に拾ってあげるようにしないと、壊れた絵としてフィニッシュされてしまう可能性が多分にあって。そこが今のアニメの難しさでもあって。作り方だけでいうと、目指す絵柄を徹底するには、ある程度絞ったスタッフで中央集権的な作り方にならざるを得ないんですよね。これを誰が始めたかといえば。高畑(勲)さんと宮崎(駿)さんたちなんですよ。TVである程度のクオリティを求めていくにはそうするしかない。
――『アルプスの少女ハイジ』で始めた、宮崎さんがレイアウトを集中的に描いて、クオリティをキープしていく方法ですよね。
吉田
そうです。しかも、オープロ(ダクション)班と日アニ(日本アニメーション)班の原画マンたちで、だいたいの原画を回してる。それくらいでないとああいう絵でずっと維持ができないっていうことなんですよ。
脇
吉田さん的にはどうなんでしょう? そういった、完全にコントロールされてる絵やアニメーションについてはどう思われますか?
吉田
いや、さっきもちょっと話したけれど、スタッフを含め、コントロールできる体制が揃えばやると思うよ。でも、それはスペシャルな体制で、なかなか揃うものじゃないから、「揃わない」っていうところからスタートしないと。揃わない時にどうしたらいいかって、それは各自の主体性に任せて、それが結果としてそれぞれにいい感じに収まってくるのがいいわけで。ただあまりにばらんばらんにならないように「今回の方向はこんな感じですよ」っていうのはできれば言いたいっていう感じですね。
■「髪の毛(の線)は髪の毛だと思って引きなさい」
――その主体性の中に、動画としてどう線をトレスするかということも含まれているわけですね。
吉田
絵心のない人からすると、絵をトレスするっていうのはそんなたいした技術はいらないって思われるかもしれないですけど、他人の絵を自分でトレスしてみれば分かりますよ。めちゃくちゃ難しいんですよ。自分の絵ですら、もういっぺん引けって言われたら引けないですから。
だから、原画さんは、この線をどういうふうなストロークで引いたのか、動画の人は考えるわけです。それで、じゃあ、自分の得意なストロークで引くには、絵を回して上下逆にすればいいんじゃないか、とかやっていたわけです。こういう工夫が重要だったんじゃないかということを最近思っていて。これが絵をリレーしていくことなんじゃないかって。かつてはいろんなセクションがこれを肌で分かっていた。昔は、そうしないと作れないから、分からざるを得なかった。
――そういうことがうまくできなくなったのは、制作工程のデジタル化ともまた違う理由もありますよね。
吉田
そうですね。そもそもそういうやり方ではこなしきれない量の作品が動いていたり、海外にもどんどん動画を出してるっていうこともあるし。そういう根本のシステムっていう問題を、一スタッフレベルではなんともやりようがないところがあります。
僕は動画をスタジオジブリで教わったから、ほかの会社とどこまで同じかわからないですけれど、ジブリでは「髪の毛(の線)は髪の毛だと思って引きなさい」ここを何だと思ってるの? ここはパイプでしょ。鉄だよね?」とかって言われながら覚えたんですよね。こういうのは時代が変わっても大事で、それを知っただけでぐっと変わる人もそれなりにいると思うんですよ。
■『G-レコ』で試したことが突破口になれば
――絵を描いているんだという意識をどう持ってもらうかということですね。
脇
自分も、メカシーンを撮影していて「やっぱり荒さを足したいな」って思うと、自分でデルマ(芯にワックスを多く含んだ色鉛筆の一種。アニメ業界では、荒れた太い線を引くときやセルの汚しなどに使われた)の効果を足したりしてますね。
吉田
あれ、やっぱり入れているよね。
脇
入れています。
吉田
ラッシュ見て、動画のままではなかったので、「これは上から加工したな」って思うところはあったので。
脇
そういうもとの原画の荒いニュアンスなんかは、時間がある限り拾いたいなっていう感じはありますから。
吉田
だから『G-レコ』は、絵らしさを取り戻すために、撮影で絵に見えるほうに寄せていくっていうアプローチしてみたんです。
――やってみて手応えはありましたか?
吉田
ありました。やってみて思ったのは、これって動画の線とか原画の線だけの問題じゃなくて、キャラクターデザインの領域にもかかわってくるなって思ったんです。『G-レコ』でやったように、撮影も含めて、線にニュアンスがある画面ができるのであれば、もっと別のテイスト、たとえば南家こうじさんがキャラクターデザインをやられた『スプーンおばさん』のようなテイストのものも、魅力的に表現できる気がするんです。
マーケティング的な問題もあるかもしれないけれど、いろんな絵がもっと出てくるべきだし、お客さんももっといろんな絵に触れたほうがいいと思っているので、『G-レコ』で試したことが、そういう突破口になればって思うんです。仰々しいかもしれないけれど、こういうことをやらないと、日本のアニメって弱っていっちゃうと思うんです。
(第4回に続く)
[プロフィール]
□ 吉田健一(よしだ・けんいち)
アニメーター。主な作品に『OVERMANキングゲイナー』(キャラクターデザイン・アニメーションディレクター)、『交響詩篇エウレカセブン』(キャラクターデザイン、メインアニメーター)、『茄子 スーツケースの渡り鳥』(作画監督)などがある。
□ 脇顯太朗(わき・けんたろう)
主な参加作品に『革命機ヴァルヴレイヴ』(撮影監督補佐)、『GOD EATER』(撮影監督)などがある。
『ガンダム Gのレコンギスタ』 第9巻<最終巻>
発売日:2015年8月26日
発売元:バンダイビジュアル 販売元:バンダイビジュアル
Blu‐ray[特装限定版] 7,800円(税抜)
DVD 5,000円(税抜)
『ガンダム Gのレコンギスタ』
(c)創通・サンライズ・MBS