7月8日(土)アニメーション映画『メアリと魔女の花』が劇場公開を迎える。『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』とスタジオジブリで瑞々しい少女の感性を描いてきた米林宏昌監督が、ジブリ退社後に初めて手がけた作品であり、同じくジブリ出身の西村義明プロデューサーが設立したスタジオポノック長編第1作目にあたる。

「ポノック」の社名の由来はクロアチア語で「深夜0時、1日が始まってゼロになって、また新しい1日が始まる」という意味が込められている。米林監督は一体どのような思いでこの作品を作り上げたのか、その思いをうかがった。
[取材・構成=細川洋平]

『メアリと魔女の花』
2017年7月8日(土)全国ロードショー
www.maryflower.jp/

――まずは制作お疲れさまでした。振り返ってみていかがでしょう。

米林宏昌監督(以下、米林)
スケジュールもあまり余裕がないなか、僕の動かしたいというわがままで作画枚数の多い作品となり、現場のスタッフも大変だったと思いますが、何とか完成してみなさんにお届けできることをうれしく思っています。

――2015年に『思い出のマーニー』にて米林監督と、フィギュアスケートの高橋大輔さんとのトークイベントがあった際、次回作について「次はたくさん動かすファンタジー作品が作りたい」とおっしゃっていました。
それがまさに本作になったわけですね。

米林
そうです。あの時はまだ何も決まってなかったのにそう言ってしまいました(笑)。今回は『マーニー』と真逆の作品をつくりたい思い、『マーニー』が「静」の作品であるなら、今回は「動」の作品にしたい、喜怒哀楽がワーッと表情に出て、躍動的に走り回って、ホウキにまたがって広大な空間を移動するような作品にしたいという思いで作りました。

――『思い出のマーニー』の後、米林監督にとってターニングポイントとして、スタジオジブリ退社と西村プロデューサーによるスタジオポノック設立があります。

米林
『思い出のマーニー』を作ってからしばらくして、西村プロデューサーから「次はどうしますか?」と話があって、「やります!」と伝えていました。
その時点ですでにスタジオジブリ制作部の解散が決まっていましたが、それでも一本作品をつくろうと。どんなものになるのかはさっぱりわからなかったのですが、やるかやらないかだったら、「やる」。そう決めれば次の行動に進めると思ったわけです。
それからは西村プロデューサーと二人で図書館に行き、原作を探すところからスタートしました。僕は作品づくりに集中すればいいのですが、西村プロデューサーは不動産を探したり、新スタジオの手続きをしたりと本当に大変だったと思います。

――原作はイギリスの児童文学者メアリー・スチュアートの著作「小さな魔法のほうき」です。
こちらの決め手は何だったのでしょうか?

米林
西村プロデューサーが「魔女が出ますよ」と言って見つけてくれました。魔女をモチーフとした作品ということで、『魔女の宅急便』と比べられるのはいやだなあと思いましたし(笑)、たくさんの動物が飛び立つといった作画が大変そうなシーンも出てきて、はじめは「辞めましょう」と伝えたんです。それでいったんは別作品で準備を進めたのですが、最終的にこの作品に戻ってきました。

――多くのアニメファンが感じることと思いますが、「魔女、ふたたび。」というキャッチコピーがまた……。

米林
そう、思わせぶりな(笑)。これはプロデューサーが付けたもので、僕は関与してないです。



――ただ、実際に本編を見てみると、このコピーに込められた違った意味も感じられます。

米林
本編を見るまでは『魔女の宅急便』から2回目、という感じですけど、本編の展開にもしっかり呼応しています。まあどういう真意があるのかは西村プロデューサーに聞いてください(笑)。

――主人公メアリのデザインなどは、スムーズにできあがりましたか?

米林
なかなか難しかったです。赤毛の縮れ毛にコンプレックスを持っているという原作の中にある設定を踏まえてラフデザインを描いていき、それを作画監督の稲村(武志)さんにまとめてもらいました。今回は動かす作品にしたかったので、たくさんの人が描いても動かしやすく、崩れにくいキャラクターになっています。
しかも、昨今のアニメ作品のような描き込みの多いキャラクターと比べても、見劣りしないものにしなきゃいけない、ということで、ジブリ時のキャラクターに比べると線は多いですね。アリエッティはまつ毛もないですから。

――手足の細さや全身のバランスなどは、派手な転び方をしても怪我をしなさそうだなと感じました。

米林
そうですね。頭身がどのキャラクターも低い。最近のアニメーションではリアルなキャラクターが増えていますが、そうすると途端に転びにくくなるんです。
たぶん2階から落ちると命の危険がある(笑)。そういう意味ではメアリは丈夫な子なので、2階から落ちても大丈夫。それは躍動的に動かすためのデザインですよね。ちょっと転んでも平気で立ち上がるくらいのタフさがあります。

――物語は坂口理子さんとお二人で書かれていますが、どのように分担したのでしょうか。

米林
プロットから一緒に考えています。原作には一貫した1つのテーマというものがなかったので、まずはテーマ探しからです。原作に“変身動物”というものが登場するので、そこから発想して“変身”をテーマにしたら面白いのではないかと。「一人の少女の成長」を「変身」になぞらえ、メアリの成長を縦糸に、横糸にはマダム・マンブルチュークとドクター・デイが企んでいるとある実験を持って来て、縦糸と横糸が重なり合うような立体的なストーリーを目指し、坂口さんにシナリオを進めてもらいました。
それから、テンポ感のあるストーリーと、空間を自由に飛び回るような絵を見せたかったので、脚本と舞台美術、美術設定を同時並行で進めました。僕が「こんなシーンを出したい、こんなアクションをさせたい」というアイデアを絵と文章にまとめて各スタッフにお願いしていったので、時間はかなりかかりました。

――世界観など絵作りの面ではどのような意識がありましたか?

米林
ファンタジー作品なので、架空の世界にリアリティを持たせるための説得力が重要です。たとえば、魔法学校「エンドア大学」のデザインは、世界中のどの様式にも似ていないものを考え出すということをしています。ゴシック様式といったひとつの様式に統一する手法もありますが、今回は違う気がしたんです。学園内をメアリが案内されて回るカットがあるのですが、その都度いろいろな楽しいもの見せたい。見る人は一瞬ですけど、ひとつひとつ時間をかけてデザインしていきました。魔法文字もデザインしたんです。
かといって、ファンタジー世界に行く前の、地上の世界を疎かにしてはいけないので、イギリスへロケハンへ行き、植物や建物内の調度品、イギリスの空などをしっかり観察して映画の中に反映させています。

――アニメーションの驚きで言えば、冒頭のシーンはすさまじいものがあります。そこでまず心を持って行かれる観客も多いかと思います。

米林
橋本晋治さんという凄腕のアニメーターに描いてもらいました。本作は「動かすアニメーションを作りたい」というのが出発点ですので、スーパーアニメーターたちに声がけするところからはじめました。そしてどんなシーンをやってもらうか、考えるのも仕上がりを見るのもおもしろかったですね。絵コンテ以上に膨らませたおもしろい絵を描いてくれるので、いつも発見がありました。その冒頭のシーンは予想以上にすごいものがあがってきたので、我々のなかで「このクオリティーで行く……!」という覚悟のようなものが生まれました。
また撮影監督は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』なども手がけた福士(享)さんと、これまでジブリ作品に関わってきた奥井(敦)さんの2人で協力してやってもらっているのですが、僕のこれまでの作品と比べると派手な画面に仕上がっていると思います。いろんな方の力を借りるとまた別の画面になるんだなと面白かったです。

――スタッフが変わることで画面の手触りも違うものになった。

米林
ええ。スタジオジブリのみんなはバラバラになっていますから、すぐ再結集というわけにもいかないので、外で活躍している人たちの力もたくさん借りました。それによって作品がボコボコするんですよ。いろんな描き方があるんですよね。たくさんの人たちで作る醍醐味だなと思いました。できあがった作品も、ストーリーも含めて、どこかボコボコしたような手触りがある。これは狙ってできるものではなく、偶然できあがったりするんです。これは『メアリ』という作品に合っていると思いました。

――主演に杉咲花さんをキャスティングしたのは?

米林
『思い出のマーニー』で彩香という女の子の役をやってもらったのですが、こちらの斜め上の演技をしてくれました。「彩香はこういう声だったんだ」というのがうまいことハマって、キャラクターになっていく過程を体験していたんです。メアリはウソもついちゃうし、自分勝手でどこへでも行っちゃう、調子に乗ってはいろいろと失敗しちゃうので、場合によっては嫌われてしまうキャラクターになりそうだなと思っていたんです。でも、杉咲さんなら許せてしまうような何かを持っているのではないかと思って。実際にテストしてみたらうまいことハマったので、イケると確信しました。
……彼女、「イヒヒッ」って笑うんですよ。自然に。そんな人なかなかいないですよね。そういうのも含めて嫌味のない、他の人にはない声で、彼女でしかメアリは演じられなかったのではないかなと思います。
今回、メアリがひたすら登場するお話なので、収録時間は長かったですけど、粘り強く演じてくれました。最初は失敗ばかりするダメーな女の子なんですけど、段々考えを持って行動するようになる。そこをうまく演じてくれました。

――スタジオジブリ制作部解散後の第一作というのは米林監督にとっても大きいなポイントだと思いますが、スタジオポノックでのアニメーション作りはこれまでと変化はありましたか?

米林
いろいろなものが変わりましたが、基本的な考え方や何をつくりたいか、という根本的なものは変わっていませんでした。ただ、最近のジブリ作品は最後に別れがあったり、静かな作品が多い印象があったので、僕たちが新しく作る作品はもっとエネルギーのあるものにしたかった。主人公に待っているのが別れではないという作品。それは若い人たちにとっても意味あるものとして見てもらえるんじゃないかって。この題材で、今こういった作品が作れたというのは多くの人にとって意味があるものになったと思いますし、もちろん、ポノックの第1回作品としてもふさわしい作品になったと思います。
メアリは力尽きた時、それでも目的に向かって一歩を踏み出す勇気を持った女の子です。彼女ががんばって前へ進むさまを見て、お客さんも同じように、一歩踏み出す勇気を持ってもらえたらうれしいです。

――なかなか後継者が出ないと言われてきたスタジオジブリでしたが、新しいスタジオでその血をしっかりと受け継いだということに米林監督の覚悟が感じられます。

米林
スタジオジブリで20年間過ごし、いろんなことを教えてもらったことに対して、感謝の気持ちしかないです。そのもらったものをどういう風に還していったらいいかと考えたときに、つくり続けていくことが恩返しなのかなと思いました。
この作品を作る前に宮崎(駿)監督のところに挨拶へ行ったんです。「今度作ります」と伝えると、「うれしいよ」と。僕自身もうれしかったですし、期待に応えられるものを作っていかなくてはと身の引き締まる思いでした。
その後、作り終わってからも挨拶に行って、「見てください」と言ったんですけど、「いや、見ない!」って(笑)。見てはくれなかったけども、「やあ、お疲れさまでした」と言ってくれて。制作中もものすごく心配してくださったようで「本当にできるのか!?」「大丈夫なのか!?」とスタジオポノックまで来て差し入れをくれたりと応援してくれました。……もう本当に、感謝の気持ちでいっぱいですね。