「真っ白な灰は、確かに美しい。しかし、美しすぎるよな、とも三十八歳の僕は感じる。燃えかすの残る人生や不完全燃焼でくすぶりつづける暮らしだって、まんざら捨てたものじゃないだろう、というふうにも思うのだ」(重松清『セカンド・ライン』)
メガロボクス』とその続編『NOMAD メガロボクス2』は漫画『あしたのジョー』を原案とした作品だ。ここでいう「原案」とは“本歌取り”の本歌のような意味合いで使われている。確かに『あしたのジョー』の矢吹ジョーや丹下段平、力石徹、白木葉子を思わせるキャラクターは登場する。しかし舞台は未来都市。題材となるスポーツも、ボクシングではなく、ギアを装着して行うボクシング「メガロボクス」である。

実は、設定以上に大きな違いもある。まず第一に、物語のボリュームも違う。原作は新書サイズで20巻。そのままTVアニメにするとだいたい6クール(1年半分)ぐらいにはなる長さだ。それに対して、『メガロボクス』は、2シリーズ合わせても26話しかない。また物語を成立させる時代背景も大きく異る。原作の連載が始まった1968年と、現在では半世紀ほどの隔たりがある(そもそも2018年の『メガロボクス』は『あしたのジョー』連載50周年作品として放送された)。
このような環境の違いの中で“本歌取り”はいかに行われたか。

『メガロボクス』が始まってまず、おもしろいなと思ったのは格差のある未来世界という世界観を導入したことだ。作中では、超近代ビルが林立する「許可地区」と市民IDを持たない貧困層が住む荒野の「未認可地区」にわかれている設定で、海の向こうから来た移民も数多く登場する。こうした世界観を用意することで、どこの誰かもわからない(ジョーと呼ばれる主人公の本名は本作では描かれない)、ハングリー精神のある主人公の存在に説得力が生まれていた。