これは今年いちばんの買い物だったのではないかと思う次第です。
自転車情報2022、私は四本淑三です。今回の話題の中心と致しますのは、前回に引き続き自転車。20年近く前に買ったガチガチに硬いアルミのシクロクロスに、最新のシートポストサスペンションを取り付けてみたというお話であります。
装着したのはREDSHIFTの「ShockStop Suspension Seatpost」。3年ほど前にKickstarterで資金を集めて製品化されたものですが、これが一発満額回答のような結果を叩き出したのでありました。
まあとにかくガツンとかゴチンとかいう角がない。お尻とサドルの境界が溶け合い一体化したかのような、まさにシルクの絨毯の上を滑るがごときセクシーな乗り心地。それは大袈裟だろうとあなたは思うかも知れませんが、こんな乗り心地の自転車に今まで乗ったことがないので、形容も青天井にならざるを得ません。
現実に存在する乗り物で一番近いのは、私の知る限りではシトロエンのDS21であります。細かい突き上げを均して周期の大きな振動に変換してゆく様子や、たまに路面の凹凸と体で感じる振幅にズレがあるところなど、ハイドロニューマチックに近い雰囲気を感じることもあり、私は大変満足しております。
斜めに動くパンタグラフ式サスペンション
とはいえ特殊なシートポストであるのは間違いなく、取り付けや設定など、人や自転車によっては最悪使えないケースもあります。それは届いたものを見た瞬間、あ、これはカネをドブに捨てたかも、と観念したくらいのどうしようもないものであります。
さて、シートポストとしての長さは350mm。太さは27.2mmで、最近の特殊なフレームを除けば大抵の自転車のフレームに使えるはずです。メーカーによればトラベル量は35mm。そこそこ動きますが、今のところ底付きのような不始末も経験していません。ペダルを踏むたびお尻も上下しているはずですが、リアサス付きのマウンテンバイクのようにパワーが逃げている感じもしません。

これがめいっぱい縮んだ状態。ご覧のように斜め後ろにストロークします。そのため昔からある縦伸縮するシリンダーのようなタイプと違い、サスが動いてもペダルとの距離は大きく変わりません。だから走行中に大きく伸縮を繰り返しているにもかかわらず、違和感も少ないのが美点。
サスの動きについては「大阪医科薬科大学自転車部」のYouTubeチャンネルに上がっている動画がわかりやすいです。似たような構造のシートポストはSRサンツアーやCirrus Cyclesも出しており、もしかしたら現在の主流になりつつあるのかも知れません。
乗り味も調整できるプリロードの設定

サスペンションのバネはシートポストに内蔵されていて、それをアームで押す仕組みです。
取り付ける前に、まず乗り手の体重に合わせたプリロードの設定が必要です。つまるところサドルに腰掛けた際にサスペンションが沈む量の調整で、「サグ」なんて言ったりもします。

これはシートポスト下のスクリューに印字された1から5までの数字と、取説に載っている体重との対応表を見ながら合わせます。沈み込む量はストローク量の20%、6mmと取説にありますので、それくらいが適正なのでしょう。
ただ、このバネの圧縮量で乗り味を調整できるのも面白いところ。乗車姿勢によってシートポストにかかる荷重も違うでしょうし、乗り手の好みもあるでしょう。取説にも「恐れずに様々な設定を試してみよ」とあります。私はサスが動きすぎるように感じるので、ちょいと硬め、つまり浅めのプリロードに設定しています。
乗車姿勢によってシートポストにかかる荷重も違うでしょうし、乗り手の好みもあるでしょう。私はサスが動きすぎるように感じるので、ちょいと硬め、つまり浅めのプリロードに設定しています。これでふわふわ感を抑えて、フラットに近い乗り心地が得られたと感じています。
シビアな人には向かないサドル高の調整

さらに付属の細いインナースプリングをメインスプリングに追加することで、より硬めの乗り味に変えることもできます。
私も一度試してみましたが、すぐ元に戻しました。乗り手の体重にもよるでしょうから一概には言えませんが、体重75kgの私の場合、ストローク量は減るもののダンピングが足りないせいか、お尻が短い周期でポンポンと跳ねるようになって、かえって乗りにくくなってしまいました。スプリングレートを上げたら減衰率の高いダンパーが必要になるのは自動車の足回りと同じですが、このシートポストサスペンションにダンパーの設定はありません。
これら設定の追い込みにある程度のトライアンドエラーは必要ですが、調整のたびにシートポストを抜かなければならないのが面倒なところ。
さらに言えばシートポストの高さも一発では決まりません。プリロードで沈む分も踏まえて設定する必要があるからですが、一人ではその量を見極めるのは難しい。誰かサスの沈む量を見てくれる人がいればいいのですが。
それに厳密に言えば体重の増減やバックパックの中身次第で、サドル高も変動するはずです。今までリジッドのシートポストをミリ単位で合わせていた人は困惑するでしょう。
私は適当な性格なので、乗り心地さえ良ければよしとしていますが、サスの動きを簡単に測れる方法があったらいいなとは思っています。
ある程度シートポストが出ていないと使えない
さて、ここからが一番の問題です。使える人とそうでない人がいます。
まず適応体重は110kgまで。大抵のスポーツバイクの許容荷重もこのあたりですから、ちょっと超えているくらいならダイエットすればいいんです。でも人間の意思ではなかなか変えられないものがあります。
ずばり言ってそれは足の長さ。よりダメージの低い表現を使うなら、体格とフレームジオメトリの関係です。実際、私はなかなかのギリギリ具合でした。はぁ……(嘆息)。

下げられる限界は、シートチューブ、あるいはシートポストクランプ上端からサドルレールまでの高さで、約80mm。実測値なので多少の誤差はあるでしょう。サドルに腰かけると若干沈むので、実際にはもう少し高くも設定できます。ですが、いま現在お乗りの自転車の設定で、この80mmをクリアしていなければ、導入はギャンブルとお考えください。
私はサドルレールまで90mmで何とかクリア。しかし、この高さではブランドロゴもシートチューブに隠れて見えません。今まで付けていたリフレクタの類も取り付ける場所がないので移設です。
ちなみにブランドロゴを露出させるには、先のサドルレールまでの高さで150mmが必要。私の場合ですと、あと60mmほどサドルを上げるか、逆にシートチューブを削る必要があり、いずれも無理。カッコよく決めたければジャイアントのTCRシリーズのような、強いスローピングフレームが必要です。
もうひとつ厳しいのは自転車が重くなること。キャノンデール純正のシートポストは実測値で211.5gでしたが、REDSHIFTは542.5g。実に331gもの増加になるわけで、ネジ1本単位で軽量化に気を使っている方なら気の遠くなるような数字でしょう。
ただし、以上のような制約、面倒、カッコ悪さ、重量増があったとしても、乗り心地は革命的です。すべて許せます。
乗り心地を加速度アプリで比べてみた

乗り心地に関して冒頭のように私がいくら美辞麗句を並べても誰も信じないでしょう。そもそもハイドロニューマチックと自転車を比べるなどどうかしています。そこでキャノンデールの純正シートポストとの差を、iPhoneの加速度センサーを使った振動計アプリ「ヴァイブレーション分析」で測ってみました。
計測方法はiPhoneを入れたスマホ対応トップチューブケースをサドルレールにベロクロで括り付け、さらにガムテでサドルへぐるぐる巻きにして固定。2本のシートポストを差し替えデータを取るという方法です。タイヤはパナレーサーのパセラで、太さは35C、空気圧はだいたい4気圧。

なるべく同じ砂利道の同じ区間を計測しようと言うことで、同じスタート地点から走り始めて、時速20kmほどの速度を維持しつつ、計測開始後1分50秒から2分までの区間を比較しました。上下動のみの比較なのでZ軸のデータのみ利用します。
という大雑把な比較の仕方ですから絶対的な値に意味などあるわけもないのですが、それでも相対的にはっきり差は付きました。

まず純正のリジッドシートポスト。このアプリは拾った振動をスペクトラム変換して、ピーク上位8箇所を左に数字で表示してくれます。それによると最大は37.18Hzの0.2179gで、それ以降0.1g台後半のデータが並びます。

そしてREDSHIFT。もう見た目であからさまに振動が低い。特に20Hz以上がばっさり削られた感じです。最大は16.04Hzの0.1033gで、以降は0.09g、0.08g台の数字が並びます。ピークだけ比べても半分ほどの値です。
もう一つ面白いのは、純正シートポストに見られなかった3Hzあたりのピーク。赤い矢印で示した部分ですが、これは路面の振動ではなくペダリングによるサドルの上下動だろうと推測されます。
私はクランクをだいたい1分間に90回転ほど回します。1秒間なら1.5回転。クランクを1.5回転させるには、両足で3回ペダルを踏むことになります。つまり3Hzというわけです。
ついでにロードスターRFと乗り心地を比べてみた

私、ついうっかり前回「うちのロードスターより乗り心地がいい」などと書いてしまいました。もちろん先のハイドロニューマチック同様、感覚的な比喩としてですが、実際に比べてみたらどうなんだろうと言うことで、同じようにiPhoneを貼り付けて測ってみました。
自転車はサドルレールに括り付けましたから、ロードスターも同じシートレールに直接ガムテで貼り付けるという雑な方法を採用。自転車と違ってケースにも入っておらず、振動はよりダイレクトに伝わるはずですから計測条件は公平ではありません。しかし結果はこの通り。

スポーティな足回りのロードスターとはいえ、やはり自動車は自動車。エアボリュームのあるタイヤを履き、最適化設計されたサスペンションを装備した乗り物は違うんです。
一番のピークは0.02668g。実にREDSHIFT付きキャノンデールの4分の1。20Hz以上の振動はほぼカットされております。まあ、こうでもなければ1日400kmも500kmも走れる乗り物として成立するわけがありません。
全世界のロードスターオーナー及びマツダ関係者の皆様、自転車の方が乗り心地がいいなどと戯事を抜かしてしまい、大変失礼いたしました。ここにお詫び申し上げる次第であります。
それでもREDSHIFTのシートポストサスペンションを付けた自転車は、そうでない自転車より倍は乗り心地がいい。それはお分かりいただけたでしょう。
ただ今のところ快適なのはサドルだけです。ハンドルだけはリアルな世界の振動にさらされておりバランスを欠く。そこで今度はサスペンション付きのステムをポチってしまいました。
そのフルサス化の結果は誠に予想外なものでした。それはまた次回。
