独自開発のAI自動運転機能を搭載した
世界で1台だけのクルマ「THE 1st TURING CAR」

 「自社開発のAI自動運転機能を搭載したクルマを販売する」というリリースが2月頭に手元に届きました。


 クルマの名称は「THE 1st TURING CAR」。名前にもあるように、チューリングという会社が販売します。

価格は2200万円。販売台数は1台限り。販売は研究機関向けなどではなく、一般向けなのがポイント。


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チューリングから1台限定、2200万円(税込)で発売された「THE 1st TURING CAR」

 このニュースには、非常に驚かされました。なぜかと言うと、“開発している”や“プロトタイプ”または“技術”ではありません。販売するというのです。オリジナルの実車の販売は、とてつもない難題です。これまで数多のベンチャーが挑戦し、そして跳ね返されてきた高い高い壁。


 それを、どのようにクリアしたのでしょうか? また、販売する会社はいったいどのようなところか? そうした疑問を晴らすべく、チューリングをたずねてみました。


若くて才能を持つ人が集まったチューリング

 チューリングがオフィスを構えるのは、柏の葉キャンパス駅から徒歩数分にあるオフィスビル。ただし、吹き抜けのホールには図書館のような本棚が並び、まるでオシャレなリゾートホテルのような雰囲気です。そんなオフィスで迎えてくれたのがチューリング社のCOOである田中大介氏。見たどおり、30代という若々しい取締役です。

ところが30名ほどのチューリング社の社員の中で田中氏は、ほぼ最年長とか。それほど若い人ばかりの会社なのです。「若いけれど、とても優秀なスタッフが集まっています」とは田中氏。


「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
チューリング社のCOOである田中大介氏
「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
千葉県、柏の葉キャンパスにあるチューリング社

 そもそもチューリングは、世界で初めてプロ棋士の名人を倒した将棋AI「Ponanza」を開発した山本一成氏と、米国で自動運転技術を開発して帰国後に国立情報学研究所助教などを務めてきた青木俊介氏が2021年8月に設立した会社です。田中氏も東大卒後、ベンチャーの上場を経験したという経歴を持ちます。


「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
「THE 1st TURING CAR」と、開発などが行われるチューリング社のガレージ
「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
チューリング社のオリジナルエンブレム。「日本のシンボルである鶴が降り立ち水面に波紋が広がるように、世界の自動車業界に一石を投じる」「ソフトウェアとハードウェアが両翼となって完全自動運転車を生み出す」という願いが込められている

 そんなチューリングが販売したクルマは、どのようなものなのでしょうか。まず、AI自動運転機能とは、カメラからの画像データをAIによって、走行レーンと前走車を検知/判断し、車両を操作するものでした。「人間が目で見たものを頭で判断して運転する」のと同じように、特殊なセンサー類を使わずに、カメラだけで実施するというのが特徴です。


 ただし、その内容はいわゆる自動運転レベル2相当。なんでもできるわけではありません。信号や歩行者などの確認や安全の確保はドライバーが担います。

つまり、今、市販されている自動車メーカーのACC(アダプティブクルーズコントロール)と走行レーンを維持するステアリングアシストと同等になります。


 車両は、レクサス「RX450h」をベースにしており、ADAS系の制御の一部を上書きすることでチューリングの機能を実現します。追加されたのは、カメラとモニター、そしてオリジナルコンピューターと、それに電源を供給するバッテリーのみ。外観ではチューリングのオリジナルエンブレムを付けて、アルミホイールを交換しただけ。つまり、車両は、ほぼノーマルそのものだったのです。


「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
チューリングのAI自動運転機能は、左右の2つのカメラによる画像データをAIが解析・判断して実施される。カメラはステレオではなく、画角の異なる2台となる
「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
センターコンソールに追加された大きなモニターがチューリングのAI自動運転機能の特徴

 ノーマル車両に、ドライブレコーダーを装備したような扱いになるため、型式を新しく取るどころか、改造車検にも該当しません。また、地元のレクサスのディーラーの協力もあり、メンテナンスで困ることもないというのです。


 確かに、このような内容であればクルマを販売することは可能でしょう。ちなみに、この1台限定のオリジナル車両は、2月上旬に発表されたのち、わずか2週間ほどで買い手が決まりました。買い手はAIや自動運転に興味のある一般人で、「チューリングが大きくなったら、その最初のクルマの価値も大きくなる」と考えて購入したとか。


EVでテスラを追い抜くという壮大な目標

 ここでポイントとなるのは、なぜレベル2相当のクルマをわざわざオリジナルとして発売するのか、というところにあります。AI自動運転の技術が得意であれば、じっくりと研究を進めて、自動車メーカーなどの大企業に技術を売り込む方が簡単なはず。

あえて面倒な道を選んだには、理由がありました。


 それがチューリングの掲げる「We Overtake Tesla」というミッションです。


「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
助手席前のグローブボックス内に、AI自動運転機能に使われるコンピューターが設置されている
「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
ラゲッジの床下には、チューリングのAI自動運転機能のコンピューターに電力を供給するバッテリーが設置されていた

 EV専業メーカーであるテスラを追い抜こうというのが会社としての目標であり、そのために「2025年にオリジナルのEVを100台販売する」というのです。オリジナルのプラットフォームを使った2シーターのスポーツカーで、レベル2の自動運転機能を備えるといいます。その先には、「2030年に1万台生産、完全自動運転EV、上場」という目標が掲げられています。


 つまり「THE 1st TURING CAR」は、この大きな目標を達成するための最初の一歩だったのです。そして、チューリングの田中氏は、説明の中で「大変なことはわかっています」と繰り返していました。オリジナルのクルマを発売することの壁が、いかに厚く高いことは理解したうえで、それでも挑戦しようというのがチューリングだというのです。


「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
走行中にチューリングのAI自動運転機能が作動しているところ

 「今、メンバーはクルマの登録に関する膨大な法規の資料を枕にして寝ている毎日です」と言います。また、強みとしては「ベンチャーファイナンスで、創業10ヵ月で10億の資金を集めることができました」と説明します。そして、そうした高い目標があるからこそ、若くて優秀なエンジニアが集まっていると田中氏は言います。確かに目標が高いほど魅力も増すでしょう。

そして優秀な人が集まるほどに、夢の実現も近づきます。中途半端な夢では、人もお金も集まらず、結局実現できないとうこと。目標が高いほど、逆に実現性が高まるのかもしれません。


実車の乗り心地はややアグレッシブ

 取材も最後に、販売された「THE 1st TURING CAR」と同じ仕様のデモカーを運転させてもらいました。


 操作はシンプルそのもの。車両に、もとからあるACCのスイッチをONにするとチューリングのAI自動運転機能が働きだします。といっても、機能そのものはステアリングアシスト付きのACCと同等ですから、それほど珍しいものではありません。ただし、ブレーキの作動するタイミングや、ステアリングアシストの動きなどは、一般的な日本車よりも、ややアグレッシブな印象を受けます。と言っても、その差は、ほんのわずか。テスラ車のオートパイロットにフィーリングが近いようです。試乗は短い時間でしたが、危険を感じることはありませんでした。実際に、チューリングは、このデモカーで昨年秋に北海道一周を実施しています。安全性には自信があるのでしょう。


「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
チューリングのAI自動運転機能が作動しているときは、走行予定ラインが青く表示される
「テスラを追い抜く!」というチューリング、壮大な夢で若くて優秀なスタッフが集う
チューリングのAI自動運転機能が作動してないときは、走行予定ラインは白く表示される

 正直、自動運転レベル2相当であれば、今さら驚くものではありません。それよりも、わずか2年先となる2025年にオリジナルのEVをリリースしたいという夢に驚かされます。この若者たちの壮大な夢は、果たして叶うのか。注目していきましょう。


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筆者紹介:鈴木ケンイチ

 1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。

見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。


 最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。



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