おじさんになってから
新しいことを始める大変さ
五十の手習いとは、高齢になっても何かを始めるのは遅くない、ということわざだ。もうアラフィフである筆者がそれをまざまざと体験させられたのが今回の企画である。
それはゴールデンウィーク開けにやってきた。
ちょうど4月に国内Bライセンスを取得し、「Bライ競技」(ジムカーナやラリーなど)と呼ばれるカテゴリーには参加できる資格を持っている。だが、いずれも参加したことのない、まるっきりの素人だ。悩んでいると松井監督は「TOYOTA GAZOO Racing ラリーチャレンジっていう入門向けラリーだし、そもそも0カーだから大丈夫だよ!」とたたみかけてくる。0カー(ゼロカー)とは、競技車両がスタートする前に安全確認のために走るオフィシャルカーのこと。攻める必要はないが競技速度で走らないといけない。そのマシンのコドラをやれと……。

聞けばドライバーはいつもの村田康介選手だという。だったら梅本まどか選手がコドラなんじゃないの? 「急に決まったからスケジュール空いてなくてさ。で、スエミィーさんどうかなって」と松井監督。


ヘルメットとかスーツとか装備一式貸すから~と言われ、最近新しいことにチャレンジしてないし、「んじゃまあ、やってみっか!」と引き受けたのだった。

通常業務をしながら
ルールを頭にたたき込む
まずTOYOTA GAZOO Racing ラリーチャレンジ(以下、TGRRC)について説明すると、プロクルーズが主催する入門向けラリーで、1年間で全11戦、日本全国北海道から九州まで転戦する。出場しているマシンはヤリスやヴィッツ、アクアや86といったトヨタ車がメイン。中にはサクシードやC-HRなんて変わり種も走っている。特にサクシードは元スピードスケート金メダリストの清水宏保選手がドライブしていたりする。

また、入門カテゴリーなだけあって、全行程が非常にコンパクト。全日本ラリーでも木曜日くらいから現地入りしてレッキ(下見走行)をするし、ラリージャパンにいたってはクルーはほぼ1週間~10日ほど拘束される。だがTGRRCの場合は土曜日にレッキをして日曜日の朝から昼過ぎにかけて競技を行ない、夕方には撤収する。日曜の早朝もレッキができるので、なんなら1日で終わらせることも可能だ。
今回参加した福井県の「TOYOTA GAZOO Racing Rally Challenge 2023 in 恐竜 勝山」はSS走行距離が6.6kmだった。今年の新城ラリーのSS走行距離が80km前後、昨年開催されたラリージャパンのSS走行距離が300km弱だったので、いかにコンパクトかがわかるだろう。


そんな初心者向けのTGRRCだが、毎回定員になるほど参加者が多い。松井監督いわく「エントリー受付開始から10~20分くらいで締め切られてしまう」そうだ。人気バンドのチケット争奪戦っぽい……。実際、今回も70台以上のエントリーがあり、その半分がラリー初心者だった。まずはこのTGRRCでラリーという競技を体験し、そこから全日本などにステップアップしていくというわけだ。
初心者向けラリーであること、競技車両じゃなくて0カーということ、運転手じゃなくてコドライバーであること、ドライバーはいつも運転を見ている村田選手であること。なんとなくこれなら大丈夫かも……と思えてきた筆者。それが甘いということを、この先思い知らされるのだが。

まずやらねばいけないことは、ルールを覚えること。何度も取材しているので外から見たルールはわかるが、競技者としての細かいルールはわからない。
コドラは持ち物が多いから、雨に濡れない対策を~とのことだったのZIPロックを購入(晴れたので使わなかったが)。また、ノート作成に必須のシャーペンや消しゴムが入る筆箱も用意したほうがいいとのこと。あとはコマ図(ラリーの行程を示すルートマップ)の見方やラリーコンピュータの使い方も教わった。

当日の資料はすべてタブレットに入れて、勝山までの道中、ずっと読んでいた(運転は松井監督)。だいたい頭に入ったし大丈夫だろうと、金曜の夜は余裕だったのだが……。
レッキでありえない大失敗!
周りが見えず、笑顔も消え……
道中、松井監督から「0カーはみんなの模範となる走りをしないといけないから、ミスコースとかやめてよ!」とプレッシャーをかけられたが、基本楽観主義者の筆者は「大丈夫だっつーの!」と根拠のない自信に満ちあふれていた。
朝、サービスパークやヘッドクオーター(運営事務局)が設置される「スキージャム勝山」の駐車場についてから状況は一変する。実際、レーシングスーツを着てヘルメットを被り、0カーであるマシンに乗り込むと頭の中はプレッシャーで真っ白になってしまった。昔、生放送が止まってしまったときにいつもテンパっていたが、まさにその再来だ。
村田選手とともにレッキに出発したのだが、「早くマシンに乗り込まなきゃ」という思いが先行したせいか、なんとペースノートを忘れてしまったのである。

ペースノートは人によっては英語だったりするが、村田選手は日本語なので「右6」とか「左1」みたいに感じで記入する。右左は言うまでもなくコーナーの向きだが、数字は1~8まであり、1が一番キツイコーナーで8になるに従って緩くなっていく。ステアリングに1~8までの数字をつけている人もいるが、村田選手は慣れているのでつけていなかった。また、滑るポイントや落下物などは「!」(コーション)で、!の数が多くなるほど危険ということ。今回はそんなに多くなかったのが幸いだ。


今回の勝山ではSSが3つ(午後は同じ場所をもう1度走るので合計6SS)なのだが、そのうちのひとつが駐車場にパイロンを立てたジムカーナコースだったため、村田選手は「ここはノートいらないっす」とのこと。仕事がひとつ減ってちょっとホッとした。

レッキはあくまで下見なので、爆走は禁じられている。ゆっくり走って、コーナーごとに「右3」とか「左6」と、ノートに書いていく。なのでコーナーの角度や状態もじっくり見られるため、途中から筆者は落ち着きを取り戻していった。SSとSSの間を移動するリエゾン(一般道区間)はレッキ、本番関係なく交通ルール遵守。スピード出しすぎや一時停止違反などがあった場合、即失格となる。
ラリーは地域の理解が必要であり、暴走行為はラリー界全体のイメージに繋がるため、厳格に処分される。SNSの発達により、違反しているところ写真に撮られて拡散されるなんてこともある。まあ、法定速度で走って違反をしなければいいだけの話だが。

レッキが終わりサービスパークに戻ると、松井監督から「ペースノート忘れていくコドラとかいないよ!」などと言われたが、頭の中はノートをどうやって清書するかでいっぱいだったので、右から左へと流していた。コマ図に書いたものを村田選手に見せると「縦書き!? 初めて見た。面白いからコレでいきましょう」とのコメント。本当は左から右に向かって横に書いていくものを、筆者は上から下に書いていたのだ。

ホテルに戻って、夕飯を食べたあとは飲みの誘いを断ってペースノートの清書に取りかかる。最初は横に書き直そうと思ったのだが、村田選手も梅本選手も「だがそれがいい!」と言ってくれているので、縦に書いていく。スペースがかなり余るので、コーナーの形状みたいなものを覚えている限り書いていく。アレ、意外とこっちのほうが読みやすいんじゃないか? そう思ってた時期が俺にもありました……。これがテンパる原因になってしまったのだ。




清書が終わった後、ベッドに横になっていたら気がついたら寝てしまっていた。慣れないこと続きで疲れていたのかもしれない。その証拠に、同行しているレースクイーンの東堂ともちゃんと鈴乃八雲ちゃんの写真をまったく撮っていなかった。いつもなら女子の写真をバンバン撮ってリアルタイムにSNSにあげているのに……。なお、ふたりともASCII.jpのグラビアコーナーに何度か登場していたりするので、検索してみてほしい。


迎えた本番! しかしトラブルが襲う!
スピーディー末岡はこの先生き残れるか!?
本番の日曜日。ついにコドライバーとしてデビューするのである。それも0カーの。日曜にレッキをする人の先導ということで、0カーの我々は6時50分にサービスパーク入りしてくれと言われており、筆者としてはありえない早起きをしてサービスカーに乗り込んだ。村田選手と和田メカニック、筆者の3人で向かっていたのだが、途中でコンビニに寄ることになった。朝ご飯と昼ご飯を買うためだ。


昨晩、ノートを作ったときに筆者の指だとページがめくりにくかったので、指サックをコンビニで買おうと思っていた。弁当ついでに指サックを買うつもりで入ったのに、弁当だけ買って出てきてしまった。これが最初のトラブルだ。しかも、気がついたのはサービスパークについてからというスットコドッコイっぷりを発揮。

指でペロペロしてページをめくることを考えたが(コドライバーはグローブしないので)、どう考えてもペロペロしているうちに次のコーナーが来てしまう。苦肉の策として、ページ右上を折り曲げて、そこをつまんでめくるという方法だ。ちなみに、なぜペースノートが横書きかというと、見やすさもそうだがページを極力めくらないようにするという意味もある。今回は距離も短いし、コーナーも少ないので数ページで済んだが、これが全日本ラリーやラリージャパンだったら何十枚もめくる必要が出てきてしまう。距離の短いTGRRCでよかった……。


観客に笑顔で手を振るも
心の中では焦りまくっていた
レッキの先導も終わり、いよいよ本番。レッキになかった、勝山市役所を回ってSS2に行くというリエゾンのルートがあるので、ぶっつけ本番でクルマに乗る前からテンパる筆者。和田メカニックにも「今回笑顔がないっすね!」とイジられる始末。
普段スマホのカーナビに頼りっぱなしなので、自分でナビをするなんて考えたこともなかったので、朝イチなのに帰りたくなってきたくらいだ。なんせ、0カーがミスコースは恥ずかしすぎる。いくら筆者が初心者といってもそこだけは避けなければいけない。




最初のSS1「SKI RESORT 1」到着。ここは走行距離1.49kmと今回最長。タイムコントロールでオフィシャルの人にタイムカードを渡して、出発時刻などを書いてもらう。ここまでしっかりできた。そしてやってきた0カーの出発時刻。とんでもない速さで山道を上っていくWPMSのGRヤリス。レッキと違ってみんなが走るであろう速度で走って、ルートに問題ないかをオフィシャルに伝えるのが0カーの役目。なので、いつもの村田選手のペース(それでも抑えてるけど)で走っているのだ。
村田選手からは「次のコーナーが見えたらノートを読んで」と言われており、そのスピードに圧倒されながらもノートを読んでいく。やっぱり横書きがよかったー! とめくりながら思ったのだった。



ページがめくれなくてヒヤっとした瞬間があったものの、無事にSS1を通過し、セレモニアルスタート会場となる勝山市役所へと向かった。事前にGoogleマップを穴があくほど見ていたのもあり、なんとか無事にナビゲート完了。市役所では多くの観客が迎えてくれた。村田選手から「スエミィーさん、笑顔で手を振って!」と言われ、我に返る。次までのコマ図に集中していたため、下を向いていたのだ。観客のみなさんに笑顔で手を振るのもドライバー・コドライバーの仕事なのである。たしかに手を振ってんのに仏頂面で無視されたら感じ悪いしね……。




今日2番目のSS「KARISAHARA 1」(1.21km)には定刻通り(若干早かったが)到着。時間に余裕があったのでクルマから降りて、あたりの写真を撮る。続々と後続車が到着し、みんなで和やかにおしゃべり。これもラリーの良いところ。



だが、SS2でまたもやトラブルが! ペースノートをひとつ飛ばして読んでしまったのだ。左6とか言ってるのに、目の前に迫るのは右コーナー。混乱しすぎて頭がフットーしそうになる。なんとか元に戻った頃にはSSは終了していた……。

次のSSまでは距離も近いので安心。なお、六点式シートベルトは道交法違反なので、リエゾン区間では普通の3点式シートベルトに付け替える。SS3の「PARKING 1」(600m)は距離も短いうえにジムカーナコースなので、村田選手は目視で走る。筆者はカラコーンの場所とアプローチの方向を言うだけ。だが、サイドブレーキを引いて360度や180度のコーナーをクリアしていく迫力の走りを、すぐ横で体験できたのは良かった。
午後のセクションでまさかのパンクが!
腰痛持ちにタイヤを持ち上げられるのか!?
トラブルはあったものの、なんとかサービスパークであるスキージャム勝山に戻ってきたWMPSのGRヤリス。お昼を食べたら午後のセッションに出発なのだが、ご飯を食べちゃったら気持ち悪くなるんじゃないかと思って食事には手をつけなかったのだが、でも1時間で戻ってくるしお腹減ったし……とあっさり欲望に負けてしまう。


みんなに見送られてサービスパークを出て行くGRヤリス。午前中走ったことで、やや心に余裕が出てきた。SS4「SKI RESORT 2」も落ち着いてクリアできた。なのだが、リエゾンに向かう途中で今回最大のトラブルが。なんとスローパンクチャーが発生!
一般道に出る前にスキー場を下る区間があるのだが、ここでクルマの腹を擦る音が頻繁に聞こえてくる。SS1のときには聞こえなかったのに。「あ~、パンクっぽい」と村田選手。舗装路になったところでクルマを降りて見ると、右フロントがパンクしていた……。すかさず工具を出す村田選手。筆者の仕事はタイヤを出して、パンクしたタイヤをしまうこと。

腰痛持ちなので、変な体勢でタイヤを持ち上げるのは危険だったが、そうも言ってられない状況。腰に負担がかからない持ち方でタイヤの出し入れをしたのだった。タイヤ交換が終わったら再びクルマにのり、サービスにいる和田メカニックに状況を伝える。この短いラリーでパンクしたのは想定外だった。
SS5「KARIGAHARA 2」とSS6「PARKING 2」では、先ほどよりはペースを落としての走行。もうスペアタイヤがないので無理はできないためだ。その後、無事にサービスパークに戻り、コドライバーとしての業務はすべて終了したのだった。


やってみなければわからない世界があり
見ているだけでは味わえない世界がある
これまで取材でしか体験してこなかったラリー。実際にラリーの「中の人」をやってみて、取材だけでは見えない部分がこんなにあるのかと思わされた。SSでの命を削るような走り、リエゾン区間で見える地元の人たちの応援、カーナビでもGoogleマップでもなくコマ図で走る一般道の景色。うん、たしかにサービスパークのテントでPCとにらめっこしていたら見えない風景だ。というか、ラリーは見えない部分が多すぎる。だからこそ、エントラントもファンも創意工夫をして走ったり観戦したりするのだ。ギャラリーできるエリアはサーキットの観客席のように整備されていないし、何回も目の前を走ってくれるわけでないのである。

コドライバーの仕事はSSを走る以外全部、と言われている。今回は距離が短いので給油はなかったが、そういったことにも気を配らないといけないし、場合によってはリエゾン区間はドライバーを休ませるために運転することもある。今回は村田選手がベテランだったので、コドライバーの筆者が助けてもらっていたが、本来ならドライバーを助けるのがコドライバーの仕事だ。ドライバーが最高の走りをするために世話を焼くのである。

そして、梅本まどか選手はスゴイなと。筆者は45kmくらいのラリーでひいひい言ってるのに、梅本選手は1000km近いラリージャパンでコドライバーとしての務めを果たしているのだから。もう今度から「梅ちゃん」なんて気軽に呼べない。「梅本大先生」と呼ばねばなるまい。
これからもモータースポーツを取材していくとは思うが、そのうえで非常に貴重な経験ができた。とは言っても、シングルタスクに低クロック、少容量メモリーの筆者には全日本ラリー以上は正直厳しいとも感じた。TGRRCを何回かこなして慣れなくてはいけないだろう。そもそも今回は0カーなので、普通に出場するのとは違うと思うし。

また、TGRRCがなんでこんなに人気なのかもわかった。今は忙しい世の中だ。みんな仕事をしながら趣味のラリーを続けるわけだが、普通の会社員が平日から空けるのは難しい。土日でサクっと終わるTGRRCは最近流行の言葉で言えば「タイパ(タイムパフォーマンス)がイイ」のである。平日は働いて、土日は趣味のラリーで刺激的な週末を過ごす。理想のビジネスマンの休日だ。
ラリー参加に対するハードルを下げるという意味でもTGRRCは入門用カテゴリーとして最適だと感じた。みんながみんな、目を三角にして上を目指しているわけではない。「ちょっとやってみたい」というレベルの人だって大勢いる。みんな違って、みんなイイである。

今回、こんな貴重な経験をさせてくれたWPMSの松井監督には感謝したい。また慣れないコドラを逆にサポートしてくれた村田選手、コドラのアドバイスをくれた梅本選手、安全に送り出してくれた和田メカニック、筆者のテンパりッぷりを気遣ってくれたRQの東堂ともちゃんと鈴乃八雲ちゃん。みなさんがいてくれたお陰で無事に戻ってこれました。


また機会があれば挑戦してみたいな~と思いつつ、レポートを締めさせていただこう。
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