オリジナルのEV、それも完全自動運転車の量産を目指すベンチャーのチューリング社が、メディア向けの「工場見学会」を実施しました。どのような内容であったのかをレポートします。
できたばかりの車両生産拠点「Turing Kashiwa Nova Factory」の駐車場にてデモ走行を実施
2030年に1万台のオリジナル車両の生産が目標
2021年創業のスタートアップが「チューリング」社です。世界で初めて名人を倒した将棋AIの開発者・山本一成氏と、カーネギーメロン大学で自動運転を研究していた青木俊介氏によって共同創業され、AI技術を用いた完全自動運転EVの量産を目指しています。
そのチューリング社が、メディア向けの工場見学会を実施しました。会場となったのは、千葉県の常磐高速道路の柏ICのすぐ近くにできた、同社の車両生産拠点「Turing Kashiwa Nova Factory」です。今年6月に完成したばかりらしく、行ってみれば中身はがらんどう。これからチューリングが進める計画の中枢を担うファクトリーとなります。
見学会は、チューリングCEOである山本一成氏のプレゼンからスタートしました。語られたのは、チューリングが目指す夢であり、そのロードマップです。チューリング社は「We Overtake Tesla」をミッションに掲げ、AI技術を用いた完全自動運転EVの量産を目指しています。そして、2023年に「自社EVで走行」、2024年に「自社EVを100台販売」、2025年に「完全自動運転車プロトタイプ」、2026年に「工場用地取得」、2028年に「量産開始」、2029年に「レベル5自動運転達成」、2030年に「1万台達成」を目標に掲げています。
ユニークなのは、AI技術を用いたレベル5相当の自動運転のEVにこだわっているところ。レベル4ではなく、最初からレベル5を目指しており、ハンドルのない車体構造を最初から想定しているとか。また、自動運転車でありながらも、カーシェアを一切考えていません。それは、「そこ(一般向け販売)が最も大きなマーケットであるから」と言います。
また、「もしもレベル5が実現できなければ、うちの会社は終わり。そういう挑戦する会社があってもいいはず」とも言い切ります。終始一貫して大きな目標を掲げることで、強い推進力を得ようと考えているのではないでしょうか。スタートアップらしい、潔く、力強い姿勢です。
開発中のLLM(大規模言語モデル)による自動運転デモを披露
そんな見学会で披露されたのは、研究用にバラされた日産「リーフ」をはじめ、AI学習データ収集用の車両、作成中のEVのフレーム、さらには開発中のLLM(大規模言語モデル)を搭載したでも車両といったものでした。
フレームを作っているEVは、東京R&D社とチューリングが連携して開発されているもの。シャーシはゼロから設計されたもので、電装部品はバラされた日産「リーフ」のものを流用します。2023年8月に日本自動車研究所(JARI)でテスト走行を行ない、10月のジャパンモーターショーに出展が予定されています。
ちなみに今回の見学会での一番の目玉は、LLM(大規模言語モデル)のデモ車でした。LLM(大規模言語モデル)は、最近話題を集めているChatGPTなどと同じAIモデルのこと。大量のテキストデーターを学習して、文章を生成したり、質問に答えたりします。その技術を使って、自動運転を実現しようというわけです。
実際のデモは、車両生産拠点「Turing Kashiwa Nova Factory」の駐車場にて行なわれました。デモカーのミニバン(トヨタ・アルファード)の後部座席に用意された記者席に乗ると、助手席のオペレーターがマイクで「黄色いカラーコーンに向かって進んで」とシステムに話しかけます。すると、LLMのシステムが音声を認識して、デモ用のディスプレイには「推論中」が表示されました。音声認識と推論は、通信機能を使ってクラウドで行なわれています。
そして、車載されたもうひとつのシステムが、クルマ前面に設置されたカメラによって周囲を認識して車両を自動で動かし始めます。
トロッコ問題をシステムに投げてみる
面白かったのは、デモカーの前に、誘導員役のスタッフが立ちふさがると、デモカーのシステムは人を認識して停止します。それに対して助手席のオペレーターが「無視して進んで」と指示すると、それにシステムが従って動きだしました。また、オペレーターがシステムに「赤いカラーコーンに進むと1人が事故にあい、黄色いカラーコーンに進むと2人が事故にあいます。どうすればいいですか?」という、いわゆるトロッコ問題を投げかけると、十数秒の考える時間の後、システムは「クルマを停止して、両方のコーンを避けること」を選択。クルマは停止しました。
まるで人格を持つAIというドライバーが、話し言葉のリクエストによって、クルマを動かしているような挙動です。これがチューリングの目指す、完全自動運転の姿なのでしょう。
もちろん、話しかけてからシステムが判断して、車両を動かすまでに、それなりの時間がかかっており、まだまだ実用化というレベルではありません。
次にチューリングを目にする日に、どれだけ開発が進んでいるのかが楽しみになる見学会となりました。
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筆者紹介:鈴木ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。