欧州でもいくつかの国々で5Gの高速通信サービスが開始され、AIや8Kがトレンドワードとして注目される中、ドイツ・ベルリンで9月6日から11日まで世界最大級のエレクトロニクスショー「IFA」が開催された。「コ・イノベーション=共創」というテーマを掲げたIFAの展示から垣間見えたエレクトロニクスの未来を考察してみたい。


 IFAにはオーディオビジュアルからPC・モバイル、白物家電までエレクトロニクスのありとあらゆるイノベーションが集まる。今年も過去の記録を塗り替える約2000の出展社が広大なメッセ・ベルリンの会場にブースを構え、6日間で24万5000人を超える来場者が足を運んだ。
 IFAはエレクトロニクスに関心を持つ一般来場者のための展示会としての顔とともに、欧州を中心に世界各国から腕利きのトレードビジターが集まる商談会としての顔がある。ここでは毎年の年末商戦に向けた熱いビジネスが繰り広げられるのだ。
 3年前に始まった特別展示「IFA NEXT」には世界中から多くのスタートアップが集まり、創造性豊かな製品やサービス、技術を所狭しと言わんばかりに出展する。今年は日本が初めての「IFA NEXTグローバル・イノベーション・パートナー」に選ばれ、約20社の出展がそれぞれ自慢の製品や技術を見せた。
 いまがまさしく伸び盛りの時期を迎えるIFAの会場に、今年はどんな注目すべき展示があったのだろうか。5Gに関連するトピックスから振り返ってみよう。
 IFAの基調講演にはファーウェイ コンシューマービジネスグループのCEOであるリチャード・ユー氏が登壇。5G対応のモバイル向け新SoC「Kirin 990 5G」を発表した。
 同日には米クアルコムのプレジデント、クリスチアーノ・アモン氏も続けて基調講演のステージに立ったことは現地でも大いに話題を呼んだ。アモン氏は今後も5Gの普及を加速させるために、ミドルレンジクラスのスマートフォン向けSoCの5G対応を積極的に進めていくことを壇上で宣言した。

 ファーウェイからの5G対応端末の発表は次の機会に持ち越される格好になったが、クアルコムのパートナーであるサムスンなどのスマートフォンメーカーからは、今年の夏から続々と5G対応のスマホが発売されている。韓国では既に5Gの商用サービスが始まっていることもあり、サムスンやLGはいま積極的に5G対応スマホの商品化を進めている。
 サムスンはIFAの開催に合わせて、9月6日から韓国で販売がスタートした2画面・折りたたみスマホの「Galaxy Fold」を展示した。欧州の展示会で実機のハンズオンが行われる機会はこれが初めてだったことから、サムスンのブースには常時長蛇の列が出来ていた。端末の価格は日本円で20万円を超える高級機。韓国では5G対応スマホとして発売されているが、9月18日からはイギリスとドイツでも5G対応のモデルが発売される。
 また、サムスンからはミドルレンジクラスの「Galaxy A90 5G」もIFAに頃合いを合わせて発表された。LGエレクトロニクスからも、専用アクセサリー「Dual Screen」を合体させることによって2画面スマホのような使い方ができる「LG V50S ThinQ 5G」が発表された。韓国のほか、北米やイギリスなど5Gに積極的なエリアに展開を予定する。
 ソニーグループはIFAをコンシューマーエレクトロニクスのショーとして狙いを定め、展示する内容も絞り込んだうえで出展をしている。そのためスマホは4G対応の「Xperia 5」を新製品として発表したが、今年のMWCで見せた5G対応のXperiaの試作機については展示もなかった。ただ、2020年の秋には日本でも5Gの商用化がスタートしているはずなので、来年はソニーからも5G対応の製品が発表されるのではないだろうか。

 8Kについてはソニー、シャープ、サムスン、LGエレクトロニクスなどのプレミアムクラスの製品を発売するブランドからテレビが展示されている。日本市場への進出が決まったTCL、欧州で絶大な人気を誇るフィリップスなどのブランドも8Kテレビをブースに並べていたが、画質的にはやはり見劣りするところがあった。それにしてもシャープが発表した世界初120インチの8Kテレビはサイズ・画質ともに圧巻だった。
 ソニーも6月から欧州で8K液晶テレビ「Z9Gシリーズ」の販売を開始した。だが、欧州ではまだ8K放送が開始されていないため、コンシューマーが自宅で気軽に楽しめる8Kネイティブコンテンツはない。当面は2K/4Kの映像コンテンツをアップコンバートして表示するための技術競争を各社が繰り広げることになるだろう。その点でもやはり経験で先を行くソニーとシャープ、サムスンにLGエレクトロニクスのテレビが練り上げられていることは言うまでもない。
 AIやコネクテッド機能を搭載する、いわゆる「スマート家電」の展示については昨年のIFAと比べてもまた違う傾向が見られた。一言でいえばIFA2018の頃よりも各社の“スマート家電推し”のメッセージがかなり薄まっていたのだ。
 ヨーロッパでは2015年頃からロケットスタートを切ったスマート家電のブームもいよいよ衰えてきたのだろうかと案じながら、欧州最大の総合家電ブランドであるボッシュとシーメンスのブースツアーに参加したところ、筆者の思い違いであったことがわかった。
 スタッフによると、ボッシュとシーメンスが2019年モデルとして発売している冷蔵庫に洗濯機などの生活家電は、今や「ほぼ全てのモデルがWi-Fiでインターネットにつながるコネクテッド家電」なのだと説明してくれた。つまりヨーロッパでは日本よりも先にスマート家電が「当たり前」の商品になったため、あえてブースで高らかにその機能をうたう必要がもうなくなったのっだ。

 筆者はドイツの一般家庭を訪問して取材した経験がないため、コンシューマーの意識が家電のスマート化について行けているのか、本当の所はわからない。だが少なくとも、ボッシュやシーメンスのように欧州の家電業界をリードする企業はスマート家電の積極導入を完了して、これからは普及期を迎えつつあるという現状がここにあった。各社ともにもう「次の戦略」を準備して、ロードマップを描き始めているのだ。
 各社のIFAの展示を見ると、自社ブランドのスマート家電による機器連携や、スマホで操作できる空気清浄機、コンパクトなオーブントースターなどより小型な家電にまでスマート化の輪を広げようとしているようだ。ただ、家庭にあるさまざまな生活家電をネットワーク対応にするためには5Gを使うのか、あるいは小容量のデータを長距離に渡って伝送ができて、デバイスの消費電力も低く抑えられる「LPWA(Low Power Wide Area)」の技術を使うのかなど、踏み込んだ提案はIFAの出展に見る機会はとても少なかった。
 その中でLGエレクトロニクスが今後、クアルコムと組んで生活家電に搭載することを目的とした専用SoCを開発するとIFAのプレスカンファレンスでアナウンスした。LGが独自に開発するAIプラットフォームの「ThinQ(シンキュー)」の活用、クラウドサービスやマシンラーニングの技術と一体になったスマート家電の高度化が始まる期待を感じさせる発表だった。
 直近の2019年末商戦で脚光を浴びるであろう注目製品も紹介しよう。ソニーはプラットフォームにAndroid OSを採用して、スマホのようにSpotifyやAmazon Musicのアプリをダウンロードして高音質再生が楽しめる“ウォークマン”の最新製品を発表した。二つの新製品は欧州型番の「NW-A105」「NW-ZX507」として詳細が公開されていたが、おそらく秋以降の日本導入が期待できるのではないだろうか。
 人気の完全ワイヤレスイヤホンも、オーディオテクニカが「ATH-CKR3TW」という、欧州での想定売価が99ユーロ(約1万1000円)の入門機を発表したほか、JBLも欧州での想定売価が1万円台中頃という「Reflect Flow」の投入を予告した。アップルのAirPodsを猛追する両社が1万円から2万円台までの価格ゾーンに投入する完全ワイヤレスイヤホンを発売することのインパクトは大きいだろう。

 最後に筆者が今年のIFAを取材して、最も心躍らされた製品を紹介しよう。パナソニックの透明有機ELディスプレイを使ったテレビの試作機だ。スイスの有名な家具メーカーとコラボレーションしたというプロトタイプはとてもスタイリッシュな出来映えだった。映像を視聴するだけでなく、家庭の情報ディスプレイとして、あるいは映像鑑賞とは別のエンターテインメントを家族揃って楽しむための「開かれた窓」として、テレビに新しい役割を与えるきっかけになりそうな力強い商品力を持つテレビだと思う。本機の前で大勢の来場者が足を止めていたことがその証明だ。
 冒頭に紹介した“スタートアップの祭典”、IFA NEXTのレポートは次の機会に紹介したいと思う。(フリーライター・山本敦)
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