ある冬の取材帰り。日吉の駅ビルにある文具店で、万年筆11本を並べて書き味が試せるコーナーを見つけた。試筆台というらしい。私といえば、卒論を書くに当たり、明治通りと早稲田通りの交差点にかつてあった「古屋万年筆」で手づくりの万年筆をつくってもらうか、流行り始めたワープロを買うかで1週間ほど悩んだあげく、秋葉原で発売されたばかりのモデムつきワープロ「NEC文豪ミニ5HT」を買ってしまったことで有名だ(知らんがな)。
試筆台はパイロット万年筆の、カスタム74という入門モデルのものだった。
黒々とした文字が記されていく。ずいぶん昔に同じように書いたときの懐かしい感覚が蘇ってきた。「書く」といえばすなわちキーボードを叩くことを意味する私にとって、万年筆の書き味はとても心地よいものだった。もちろん、太い文字が書ける。その場ですぐに、ペン先Cの万年筆を一本買った。思い起こせば自分で万年筆を買ったのは、これが初めてだった。
新しいおもちゃを手に入れ、嬉々としていろいろものに意味不明な文字を書き連ねた。人間とは欲深いもので、じきにCのペン先の太さが物足りなくなってきた。
主に楽譜を書く際に使うものらしいが、ぶっとい文字が書けるばかりか、カリグラフィーのような筆跡にもなって面白い。こうなると我慢できない。結局、もう一本、MSペン先も手に入れた。専用の革ケースもそろえ、“ぶっとい”の1本、“もっとぶっとい”の1本の2本体制で運用することにした。主な用途は、サインとグリーティングカードの記述用ぐらいだが、いつも鞄に忍ばせてある。
青学のシンギュラリティ研究所が主催する連続トークイベントの一つ「AI×クリエイティビティ」トークショーを取材したとき、筆記具が創作活動に与える影響は決して小さくないという話を聞いた。そういえば、キーボードで書くことをかたくなに拒み「えんぴつの会」を結成し、最後まで手書きにこだわっていた先輩編集者がいたっけ。手書きか否か。
万年筆を手に入れたからといって、手書きに戻すことは不可能だが、時にはアナログに文字を書いてみるのも、案外いい刺激になりそうだ。もちろん、下手文字をごまかすのが一番の目的だが。(BCN・道越一郎)
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