(本紙主幹・奥田芳恵)
●コロナ禍をめぐる急激な変化に対応する
奥田 鈴木さんが社長を務めるオカモトヤは1912年創業の老舗文房具店で、現在はオフィス空間構築事業やオフィスサプライ事業などを手がけられておられます。まず、鈴木さんの社長就任までの経緯をお話しいただけますか。
鈴木 私がオカモトヤに入社したのは2006年のことで、三代目社長(現会長)である父と一緒に仕事をした後、22年7月に創業110周年のタイミングで社長職を引き継ぎました。
本来は、創業100年とか105年のタイミングでバトンを渡したかったようなのですが、その間、出産・子育ての期間もあり、すぐには引き受けられなかったのです。
奥田 今、お子さんはおいくつですか。
鈴木 小学校5年生と3年生です。
奥田 では、社長に就任された頃は、下のお子さんが小学校に入る時期だったのですね。今も大変でしょうが、子育てのほうもバタバタだったんじゃないでしょうか。
鈴木 そうですね。
奥田 そして22年といえば、その2年前に爆発的な流行を引き起こした新型コロナウイルス感染症がまだ完全に収束していない時期ですが、その影響はかなり大きかったのではないでしょうか。
鈴木 事業承継の面では、先代社長の父は、コロナ禍をきっかけに急速に普及したリモートワークやICT機器になかなかついていけないことを実感し、また業界で世代交代が進んでいることもあり、これからは若い人がやっていくべきという思いが強まったようでした。
奥田 老若を問わず、経営や働き方そのものに急激な変化を求められた時期でした。
鈴木 それまで会社に出勤することが前提だったものが、お客様との商談を含めリモートワークが主流となり、営業スタイルが変化したことは、社内的には大きかったですね。
そして、在宅勤務の人が増えると、オフィスの文房具やコピー機が使われなくなり、当社が扱うコピー機のパフォーマンスチャージ(カウンター料金)は3割ほど減少してしまいました。
奥田 売上減少をカバーするために、どんな手を打たれたのでしょう。
鈴木 今もコツコツとやっている最中なのですが、ICTのサブスク商品に力を入れています。具体的には、経理業務システムや人事労務管理システムなどのクラウドサービスで、その課金収入によって減収分をカバーしようと考えました。以前からもこうした商品に取り組んでいましたが、コロナ禍によってお客様の働き方が変わることで商品アイテム数も増え、私たちとしてもこのジャンルを強化する方向に向かったわけです。
また、電子帳簿保存法やインボイス制度などが施行・導入され国の施策としても電子化が進んだことで、それに合わせたお客様への提案の仕組みづくりをしたり、社員たちにもそうした状況に対応できるような学びを促したりしました。
●「出社したくなる」魅力あるオフィスづくり
奥田 コロナ禍はどの業界にも大きなピンチをもたらしましたが、鈴木さんは変化するタイミングでもあると捉えられたのですね。
鈴木 一時は「オフィス不要論」も出てきて、中にはそれまで使用してきたオフィスを半減するという大企業もありました。でも、昨今は原則在宅から原則出社に切り替える企業が増え、いったんシュリンクしたオフィス需要が戻りつつあり、新たな構築ニーズが生まれています。
奥田 以前のオフィス需要と異なる点はありますか。
鈴木 これはコロナ禍以前からいわれていたことですが、オフィス業界ではコミュニケーションをとることの大切さについてフォーカスされ、働き方改革の側面からの変化がみられるようになりました。
たとえば、ノートPCを持ち歩き、オフィスのどこでも仕事ができるフリーアドレス制を導入することで、同じセクションのメンバーや異なるグループのメンバーとのコミュニケーションが取りやすくなったり、管理者の席が固定されていないことで、以前より上席の人と話がしやすくなったりというメリットが生まれるといった話です。
奥田 そういう流れの中でコロナ禍を経験し、さらに変化はあったのですか。
鈴木 先ほどふれたように、コロナ禍によってオフィスが縮小され、多くの企業で完全在宅勤務やハイブリッド勤務に移行しました。もちろん、その勤務形態に良い点はあるものの、出社しないことによる支障もまた生じています。やはり、対面のコミュニケーションがないと伝わらないこともあるからです。そこで生まれたキーワードが「出社したくなるオフィス」です。
奥田 出社したくなるオフィス…?
鈴木 それまで在宅勤務をしていた社員が出社したくなるような働きやすいオフィス、居心地のいいオフィスですね。企業の特性によってその内容は異なってきますが、そうしたオフィス環境を整えることがウェルビーイングにつながり、働きがいを生み出すことにもつながってきます。
奥田 これからのオフィスは、単に人が集まって仕事をする場にとどまらず、さらに人を生かす役割を担っていくわけですね。
ところで、御社は現在、どのような勤務形態をとられているのですか。
鈴木 当社は、基本的に出社するかたちをとっています。ただ、みんなが働きやすいように時差出勤や週2回までの在宅勤務も認めていますし、シェアオフィスも契約しているので、お客様のところを訪問した後、いったんシェアオフィスに寄って仕事をし、またお客様のところに行くことも可能です。ですから、原則出社ですがハイブリッド型の勤務形態ですね。
奥田 こちらの真新しく、いろいろと工夫されたオフィスを拝見すると、たしかに「出社したくなる」気がします。後半では、鈴木さんのちょっと昔のお話と今後の展望についてうかがいます。
(つづく)
●愛用の万年筆
写真は、鈴木さんがいつも持ち歩いているという創業110周年記念のオリジナル万年筆。ペン先がよくしなるため、漢字などの「とめ・はね・はらい」がうまく表現できるそうだ。同社はオリジナルのインクもつくっており、その繊細な色が美しい。
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第370回(上)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。