元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰(懲役刑)を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で変われた思いを書籍で著わしました。

「読者のみなさんで、自分の居場所を失った時、人生をやり直したい時、死にたくなった時、ぜひ、ボクと愛しき懲役囚たちとのバカ過ぎて真剣な犯罪と塀の中のエピソードで笑ってください!」と語るじんさん。今回は、ドジで間抜けな逮捕劇、「ポール・フィッツジェラルド」名義のカード詐欺——なりすまし不正使用がバレる瞬間までを綴ります。本記事は、最新刊著作『塀の中はワンダーランド』より構成。

◼️バックシャンの奥さんと与論島のはずが・・・

ドジで間抜けな逮捕劇——なりすましカード詐欺【元ヤクザ《生き...の画像はこちら >>

この頃、ボクは奥さんから、「五月のゴールデンウィークに与論島に連れて行け」と言われていたので、家族揃ってバケーションを楽しむ計画を立てていた。

ボクがパクられるその日、奥さんは海辺の男どもが目ん玉を引ん剥(む)くような露出度の高い水着を、デパートへ買いに行く予定だった。

奥さんはスタイルには自信があったようで、いつかこんなことを言っていたことがある。

「由果、歩いていると、いつも男たちから声をかけられちゃう。ただし後ろからね。振り向くと『あっいけねぇ、間違えちゃった』と言われちゃうの。だから由果、前は駄目だけど後ろ姿はいいみたい。バックシャン(後ろ姿美人)ね。ギャハハハハー」

屈託なく笑うのだった。

こんな調子で自分はブスだと認め、バックシャンを自認するくらいだったから、スタイルには自信があったのだ。顔は某女子柔道家似、少し突き出た感じの顎はプロレス界の大御所、アントニオ猪木に似ていなくもなかった。

奥さんの母親は美人だったから、悪戯坊主がそのまま大人になったような顔の父親に似たのだろう。

そんなことで、与論島ではバック姿のみの悩殺ルックで、男どもの視線を釘づけにするつもりでいたのである。だが、決して後ろを振り向いてはいけなかった。期待した男どもがガッカリするからだ。

でもボクは、そんな奥さんの東村山的素朴な顔立ちや、博打(バクチ)好きで危険な性格にどこか愛しさを感じていた。

その日は、後見人となっている渋谷の某組織の直参(じきさん)、鈴木組長と新宿で会う約束があった。愛車レクサスのハンドルを握って、東村山警察署の裏道を抜けて新青梅街道に出ると、そのまま新宿方向に車を走らせた。

小金井街道を突っ切って少し先に行くと、左手に航空記念公園が見えてくる。その並びにいつも売れない外車をトレードマークのようにして置いている中古車ディーラーがある。そこを少し過ぎ、反対車線側にあるガソリンスタンドに乗り入れた。

車から降りると、ボクはポケットに突っ込んであったポール・フィッツジェラルド名義のカードを取り出して従業員に渡した。

待合室に入ってカウンター前のソファーに身を沈め、煙草に火をつけて待っていると、先ほどの従業員が現れて言った。

「あのー、お客様、お預かりいたしましたお車なんですが、タイヤが破損されているのですが、いかがいたしますか? 一度ご確認いただいて、もしよろしければ、当店ではただ今タイヤキャンペーン中ですので、お取り替えされてはいかがでしょうか?」

まだタイヤの破損状態を見ていないボクに、その従業員はさもタイヤを交換しろと言わんばかりにタイヤの売り込みをしてきた。

表へ出てみると、たしかにタイヤの脇が爆(は)ぜたように破れている。自宅のマンション脇の路地に停めておくと、ときどき悪戯されてしまうのだ。

◼️債権回収時、愛車にあの「マーク」イタズラ書きされ

ドジで間抜けな逮捕劇——なりすましカード詐欺【元ヤクザ《生き直し》人生録】

「ちくしょー、またやられたか……」

腹立たしさと同時に、ボクの意識は過去に愛車レクサスのバンパーを悪戯されたときにフィードバックした。何かの金属片でバンパー一面に、例の東京都のマークに似た女性器の絵をアートされていたのだった。

ボクはその頃、債権の回収が仕事の一つだった。そんなある日、悪戯されたままのレクサスを駆って債権回収先の会社の入口に乗りつけたのだが、これがそもそもの失敗の始まりだった。

「社長さん、この手形、知ってますよね。おたくの社員がこの手形で松山の『B』という宝石商から、卸値で1000万円相当の真珠のネックレスをパクリましたよね、手形差し替えて。その金額と慰謝料を、合わせて1300万円、返済してもらおうか」

この債権は四国松山のある代議士を通して、兄貴分となっている某建設会社の社長からコミッションされたものであった。

「あんさん、何言うてまんねん。以前うちにおった社員が勝手にやったことでっしゃろ。そやから、わしは関係おまへんがな」

アゴの張った感じが一筋縄ではいかない狡猾さを現わしていた。

ふてぶてしく居直る社長にボクは凄んでみせる。

「おい! 社長さんよ。社員は会社の命令でやってるんじゃねぇのか。その命令は社長命令だろうが……。とぼけてんじゃねえぞ!」

そのとき、踏ん反り返る社長席の背面の窓越しに、表に停めてあるレクサスの周囲でランドセルを背負った学校帰りの小学生たちの姿がちらちら見え隠れしているのに気づいた。

「この車、ボクのお父さんの車と同じだけど、ハンドルが左についてるぞ。変だなぁ?」

一人の小学生が運転席を覗いて呟いた。

すると、バンパーのところでうろちょろしていた数人のガキのうちの一人が戯けた調子でわめいたのだ。

「スゲー! この車、でっけぇお○○ちょの絵が描いてあるぞ。

ねえねえ、見て見てぇ!」

この声に、周りにいたガキどもがいっせいにバンパーの前に集まってきた。そしてアートされた悪戯描きの絵を見ると、口を揃えて叫んだのである。

「うわぁー、出たぁー。ウルトラお○○ちょだぁー!」

ませたガキの一人が言った。

「どうだ、匂うか?」

するとガキどもはいっせいにレクサスのバンパーに鼻ツラを押し当てて、くんくんと匂いを嗅ぎ、「うわぁー、臭せぇぞー!」素頓狂(すっとんきょう)な歓声を上げると、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。

それらの声が耳に聞こえていたことから、ボクはすでに屈辱にまみれ、テルモの赤キャップ(注射器のキャップ)のように顔を赤くしていた。

そんなボクの目の前では、傲岸不遜な態度で踏ん反り返る社長が、笑いを必死に堪え、身体を小刻みに震わせている。これでは、どっちが追い込まれている状況なのか、まったくわからない。

一緒に行ったボクの弟分はプロレスの故・ジャンボ鶴田に似ていた。その弟分が大きな顔を苦々し気に歪め、「チッ!」と舌打ちをして立ち上がり、表の様子を見に行った。そして少しして戻ってくると、ボクの耳元に口を近づけて言った。

「アニキ、駐禁の輪っかがはまってます。

それとバンパーにカラスの糞が……」

その途端、ボクの口から思わず、「くそぉ」というシャレにもならない言葉が飛び出した。余りの情けなさと、状況の焦りによる複雑な思いが頭の中をグルグルと駆け回り、ボクの身体からドッと冷や汗が噴き出る。まさに、弱り目に祟り目だった。

◼️ドジで間抜けな逮捕劇

「どうなさいますか、お客様。これだけ、いいお車なら、新しいタイヤに交換された方がお車も痛まず、いいと思いますが……」

父っちゃん坊や顔の従業員が、にこやかにほほ笑みながら勧めてくる。

我に返ったボクは一本だけ新しいタイヤにしても格好つかないことから、全部のタイヤをカードで交換することにした。タイヤはミシュラン、値段は8万2000円プラス消費税だった。

「よし、取り替えるので、支払いはカードにしてくれ」

「わかりました。お預りしているカードでよろしいですね」

「ああ、いいよ」

そう言うとボクは待合室に戻り、また煙草に火をつけてプカプカやり始める。

ガランとした店内には、ボクの他に数人の客が車の仕上がりを待っていた。するとまもなくソファーに座っているボクの後方から声が上がった。

「お客さん、カード会社の人が電話に出てくれと言ってますけど……」

ボクは何のことかわからず振り向いた。

するとカウンターの奥に設置してある電話機のところから、受話器を握った別の従業員がボクの方を見ている。

「オレか?」

ボクが自分の顔を指して叫ぶと、「お客さん、このカード使えないらしいです。カード会社の人が電話に出てくれと言っているんですけど……」と言う。

このときボクは初めて、従業員がカード会社へ承認を取っていることに気がついた。

間抜けなボクは従業員に向かって叫んだ。

「カードが駄目なら現金で払うから、早く交換してくれ。そんな電話、放っぽっといてかまわねぇから」

財布から九枚の1万円札を抜き取ってカウンターの上に置く。

従業員はそんなボクの言動に困惑した表情を浮かべながら、何かを言おうとしていたが、その口を噤むと、そのままくるりと背を向けてしまった。そして、電話口に向かってしきりに何かを話し始めた。

ボクはカウンターに置いた九枚の札びらに背を向けると、くちゃくちゃになったラーク・マイルドソフトの煙草の取り口に指を突っ込んだ。そして折れ曲がった煙草を一本取り出して口に咥え、手にしていたライターで火をつけた。ソファーの上で、煙草の先から上がる紫の煙をくゆらせながら、呑気に南の島へと思いを馳せ始める。

このときボクは、なぜ従業員から盗難カードを取り返してズラかるという行動に出なかったのか、不思議でならない。

誰かがボクの背後から肩を叩いた。ふと、夢から覚めたかのように振り向くと、そこに制服を着た警察官の顔があった。このときになっても、ボクは自分の置かれている状況を把握することができなかった。

「あなた、ポールさん?」

「えっ? オレ?」

「そう、あなた、ポール・フィッツジェラルドさんですか?」

突然尋ねられたボクは内心、ヤベーと思いながら、

「オレ? あ、そうそう、オレ、ポールだよ、ポール」

思い出したように答える。

このときになって初めて、状況が飲み込めたのだ。

「それではポールさん、事情を聞かせてもらうので、署まで来てくれるかな」

数人の警察官に囲まれて表へ出ると、数台のパトカーがボクの愛車レクサスの行く手を遮るように停まっていた。

結局ボクは、この手の犯罪の常識とテクニックといった必要最低限の知識がなかったことから、トンマで間抜けでドジな逮捕劇を演じてしまったのだ。

教訓。「犯罪はしっかりテクを身につけて準備万端抜かりなく」じゃない、「犯罪はよそう止めよう手を出すな」である。

(『ヤクザとキリスト~塀の中はワンダーランド~つづく)

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