■「新型コロナによる『パンデミック・マーケット』で最も深刻な影響を受けるのは日本の年金です」

そう語るのは野村投信(現・野村アセットマネジメント)時代に約8000億円の資産運用を担当し、ファンドマネージャーとして金融市場で20年以上の実戦経験を持つ近藤駿介氏。現在は金融経済評論家として活動し、コロナショック後、世間の関心が高まっているGPIFと年金の問題をいち早く指摘した新刊『202X 金融資産消滅』を今年の2月に刊行した。

大切な老後資金である年金に影響が及ぶとはどういうことなのか?本記事ではマクロ視点での経済分析に定評がある近藤氏に、コロナショックと年金の関係について語ってもらった。

「給付開始年齢が段階的に引き上げられることが報じられるなど、多くの人がうすうす感じているように、日本の年金財政は非常に厳しい状況にあります。年金の話題になると、どうしても『将来いくらもらえるのか?』だけに終始しがちですが、仮にコロナ騒動が収まったとしても、日本経済の悪化と株価の下落が続けば、将来の年金給付に大きな打撃を及ぼします。

そのことを理解してもらうために、ここで日本の公的年金の仕組みを簡単に解説しましょう。日本の公的年金資金は、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という厚生労働省所管の独立行政機関で運用されています。その総額は約168兆9897億円(昨年12月末時点)。日本の国家予算の約1.6倍もの資産を運用する『世界最大の機関投資家』であり、日本を中心に世界の株式や債券に分散投資をしています。そのGPIFが運用している年金資産が年金積立金です。それが新型コロナウイルスの感染拡大による、世界的な株価の急落によって大きな痛手を被っているのです。

今年に入り世界の株式市場の値下がり率は軒並み20%を上回りました。トランプ大統領が就任してから今年の2月12日まで116回も史上最高値を更新し世界の株高の牽引役になっていたNY株式市場も、3月20日までの急落によってトランプ大統領就任後の上昇分を全て吐き出すことになりました。

東京株式市場も3月20日には、GPIFが基本ポートフォリオ(資産配分)を国債中心とした低リスク型から内外株式を中心とした高リスク型に変更した2014年10月31日の水準を一時的に下回りました。

GPIFの内外株式の中心となっている日米の株式市場の状況は、まさに『築城10年落城1日』になってきています。

その後、世界各国が相次いで大規模な経済対策や金融政策を打ち出したことで、一旦は株価の急落に歯止めがかかった格好にはなっています。とはいっても、3月31日時点でのNY株式市場の下落率は昨年末比でマイナス20.0%(S&P500ベース)、東京株式市場の下落率もTOPIX(東証株価指数)ベースで18.5%と大幅に低い水準にあることに変わりはありません。

こうした各市場の主要指数の騰落率から試算すると、昨年末時点で168兆9897億円であったGPIFの資産は3月末日時点で18兆円以上減少し151兆円前後まで落ち込んでいる可能性が高いです。市場運用を開始した2001年度以降、GPIFの収益(正確には保有資産の増減)は株式市場の状況によって大きく変動してきましたが、これまでの最大損失額は2018年10-12月期の14兆8038億円です。今回の株価下落に伴う資産消滅額はこの額を20%以上も上回る、大規模なものになっている可能性が高いのです。

GPIFが運用で多額の損失(資産を減らす)を出したことに関しては、『年金は長期運用』という理由で問題ないという意見も根強くあります。10-12月期に15兆円近い資産を失った2018年度の実績が、年度を通しては2兆3795億円資産を増やしたこともこうした見方の裏づけとなっているのでしょう。

しかし、『年金運用=長期運用』という考え方は過去のものです。なぜなら、景気悪化と少子高齢化の進展で、現役世代から徴収する年金保険料と税金だけでは年金世代の年金給付が出来ず、運用資産を取り崩す日が近づいているからです。長期運用だから問題ないというのは、あくまでもGPIFの運用資産が増え続けるという前提を踏まえたものです。

これまで年金給付は原則として年金保険料と税金で賄われ、GPIFの資産は使われてきませんでした。

そのためGPIFが多額の損失を計上しても『年金給付に直ちに影響はない』状況が続いていました。それが、年金保険料と税金だけで年金給付を賄えなくなり、GPIFの資産を財源として使うようになれば話は違ってきます。

現役世代が負担している年金保険料と税金は景気に連動しています。景気が想定以上に悪化して、年金保険料と税金が減ってしまえばGPIFの資産を年金給付の財源として使用する必要が高まります。そして景気が悪化すればするほどGPIFの資産を取崩さなければならない時期が早まるということになります。

GPIFの資産が年金給付の財源として取り崩されることになるということの影響は、『いくらもらえるのか』という年金給付の問題だけにとどまりません。GPIFが巨額の運用資産を現金化する際に市場に与える、インパクトの大きさを考えてほしいのです。

GPIFが株式の売りに転じるとわかれば、市場は先回りして売りに動き、株価はさらに下落するでしょう。つまり、ただでさえ下落傾向にある株式市場で『世界最大の機関投資家』と呼ばれ市場を支えていたGPIFが売手に回るとなれば、投資家の売りを招き、株価の低迷が長期にわたって続くことにもなりかねません。またそうした状況になっても、GPIFは年金給付の財源を確保するために資産を取り崩し続けるしかありません。すると年金財源の余命を、一気に縮めてしまう可能性があるのです。これが私の心配する、最悪のシナリオです」

日々感染拡大が報じられ、生活の隅々にまで影響を与えている新型コロナウイルスは、日本の年金にまで影を落としている。

いま私たちが支払っている年金は、必ずしも将来の確かな給付に直結するとは限らない。昨年「老後資金2000万円問題」が報じられたことは記憶に新しいが、私たち現役世代は、これからよりシビアに将来設計を行う必要があるのは間違いないようだ。

編集部おすすめ