■ジビエ生食の危険性 劇症化したら肝移植も! E型肝炎のリスク

 皆さんこんにちは! 茨城県でヨガのインストラクターの傍ら、新米農家&猟師をしているNozomiです。さて、前回は現役の猟師である私が実際に調理したイノシシレシピについてお伝えさせて頂きましたね。

まだまだ私の自慢のレシピは数多くありますので、また別の機会にご紹介させて頂きますね。今回は前回と地続きの話で、『なんでジビエを生で食べたらダメなの』か、その危険性についてお話させて頂きます。そもそもジビエの“生食”についてそのリスクをしっかり知っている人ってなかなか少ない気がします。SNSをチラッと覗いてみると、美味しそうな猪や鹿の“たたき”や“さしみ”の投稿は簡単に見つけることができますし、そういった投稿に寄せられる「おいしそう」「食べてみたい」「新鮮だから安心!」などのコメントの多さ! 大切な事なので結論から先に行ってしまいますが、『ジビエの生食はとても危険なこと』です。このめまぐるしい情報社会の中、私はみなさんに学んでほしいのです。ジビエの生食の恐ろしさを。みなさんとその家族を守る為に。この文章を通して少しでも貴方が健康で安心、安全なジビエライフを過ごせる為のお手伝いができたら幸いです。



【ズバリ! ジビエの生食はなんでダメなの?】
 さて、皆さんがスーパーで気軽に買うことができる豚肉や牛肉などの畜肉は、「と畜場法」や「食品衛生法」などの多数の法律により衛生的に管理されたお肉です。飼育から屠殺、流通まで厳しい法律の目があるおかげで、私たちは安心で安全にスーパーで買ったお肉を食べることができているという訳なんですね。ただし、豚肉や牛肉などでも、解体処理する過程で腸内にいる腸管出血性大腸菌やサルモネラのような病原性の細菌がお肉や内臓に付着したり、人に害を与えるウイルスや寄生虫に感染している場合があります。そんな汚染されたお肉を十分に加熱せずに食べてしまった日には大変……重篤な食中毒や感染症を患い、場合によっては死亡してしまうケースも少なくはありません! 管理されたお肉でさえ重篤な食中毒を起こしてしまう可能性があるんです。

みなさんが安心してジビエを美味しく頂くために、“正しい知識”を持って対処していけるように、一緒に勉強していきましょう!



 そもそも「ジビエ」に限らずお肉を生で食べる行為は、食中毒や感染症になる可能性があるので危険です! 食中毒や感染症で死亡するケースもあります。そのため、「と畜場法」と「食品衛生法」という2つの法律で、食肉管理の基準が定められています。
 まずと畜場法ですが、そもそも「と畜場」とは牛や豚、馬などの家畜を屠殺して解体し、食肉に加工する施設の名称。「と畜場法」は公衆衛生の見地から、その「と畜場」の経営や供給する食肉を規制して国民の健康の保護を図ることを目的とする法律。例えば、汚物やネズミや昆虫等の処理といった「と畜場」を衛生的に保つための基準が定められていたり、「と畜場」に運ばれてくる家畜が病気を患っていたり、人に害悪なものが付着していないかの検査等について定められているよ。



 続いて食品衛生法ですが、飲食によって生ずる危害の発生を防止するための法律。例えば有毒な食品や基準に合わない食品などの販売の禁止などが定められている。また、疾病にかかっていたり異常のある獣畜の販売の禁止や一定の衛生事項の基準をクリアできなかった獣畜の海外からの輸入の禁止などが定められているよ。平成27年6月12日から、この食品衛生法に基づいて、豚のお肉や内臓を生食用として販売・提供することを禁止されています。



【ジビエ生食の危険① E型肝炎に気を付けよう! 死亡例も】
 ジビエを食べることによるリスクとしてよく聞くのが「E型肝炎」ですね。E型肝炎ウイルスの感染による急性肝炎で、急性肝不全を起こし死亡する例もあります。ウイルスに感染したシカやイノシシの肉、特に内蔵を生食する事により感染します。

シカは鹿刺しやルイベ(魚や肉を凍らせて凍ったまま薄切りにした刺身のこと)等、火を通さずに食す文化もあり、注意が必要ですね。2003年にシカの刺身を食べた4名がウイルスに感染、E型肝炎を発症しています。同様にイノシシでも、2003年イノシシの生レバーを食べた2人がE型肝炎を発症、そのうちの1人が劇症化し亡くなっているのです。イノシシの乾燥胆嚢を粉末にして水に溶き、生薬として飲用し、そこから感染した例もあります。肉なら安全だろうと思いがちですが、肝臓で増殖したウイルスは血液内にも循環しているので、血抜きが不十分な場合は肉が汚染している事もあるそうです。



 こんな話を聞いてしまったら怖くてジビエ食べられない! と思ってしまうそこのアナタ、大丈夫ですよ。肝炎予防の確実な方法があります、それは加熱です。しっかりと厚生労働省から明確な基準も紹介されています。
 ですが、加熱を行う際にも注意が必要です!



 厚生労働省では「HEV(E型肝炎ウイルス)は、当該食品の加工時に行われる63℃で30分間と同等以上の熱処理で感染性を失う」と紹介されていますが、ここが注意! 例えば塊肉を63℃で30分湯煎しても肉の中心温度は十分に上がり切りません。中心部までに十分に火が通って中心部の色がしっかり変わるまでは感染のリスクがありますので、中心部の温度を意識してよく加熱してから食べましょう。E型肝炎だけでなく「O-157」などの腸管出血性大腸菌などの微生物のリスクも考えて、『中心部まで、75℃で1分間以上加熱』すれば病原微生物は死滅するので安全にジビエを楽しむことができますね! え? 調理の温度とかよく分からないって? 確かに調理中の温度等気にしたことがある人は少ないかもしれませんね。お肉を焼くときは肉の中まで色が変わって完全に火が通った状態を目安にしましょう!



【E型肝炎にかかったらどうなるの? その症状は?】
では仮に、E型肝炎にかかってしまったら、どうなるのでしょうか。

以下、簡単にまとめてみました。





潜伏期間:2週間~9週間(平均6週間)
主な症状:褐色尿を伴った強い黄疸が急激に出現。(約12日~15日間)
     腹痛、食欲不振、発熱、肝臓肥大、悪寒、吐き気、嘔吐
     通常発症から1ヶ月を経て完治
治療法:急性期の対症療法のみ。
    劇症化した場合、血漿交換、人工肝補助療法、肝移植などの特殊治療が必要。
ワクチン:開発中



 致死率:致死率は1~4%とされ、免疫不全者や妊婦が感染するとその致死率は高くなり、特に妊婦の場合は劇症肝炎をきたし致死率が20%以上にものぼると言われており注意が必要です。
 E型肝炎ウイルスは基本、ウイルスに汚染された飲料水あるいは食物を、飲んだり食べたりすると感染します。従ってヒトからヒトへの感染は稀なのですが、厄介な事に新型コロナウイルス等と同じで保菌している無症状感染者がウイルスをばらまいてしまうことがあるのです。もし保菌者が公衆トイレを使ったら? 十分な消毒がされないままに、便や吐しゃ物等がついた便器を別の人が使ったら? 何かの不幸が重なってその人の口に入ってしまったら? 絶対に大丈夫という言葉は、この世にはありません。



 2018年には、とても悲しい事件が起こりました。血液製剤の輸血で80代女性がE型肝炎ウイルスに感染、約100日後に急性肝不全にて死亡してしまったのです。献血者はE型肝炎を発症してはいなかったものの、献血の約2カ月前に生の鹿肉を食べ、E型肝炎に感染した可能性がありました。いいですか、皆さん。

貴方が人に移してしまう可能性はあるのです。その場合、自己責任では済まされないのです。



■寄生虫にも気を付けよう! アニサキス? 肺吸虫? ザルコシスティス・フェアリー?

 ジビエ生食の危険ですが、ウイルスだけではありません。そう「寄生虫」です。
 魚介類ではアニサキスが有名ですが、ジビエにも寄生虫のリスクはあります。その一つが「旋毛虫(せんもうちゅう)」です。世界的にはブタを宿主としている事で有名な寄生虫ですが、日本での発生例はクマ。人間に感染した場合、吐き気や下痢、腹部のけいれんや微熱を引き起こします。さらに幼虫が筋肉に侵入すると、筋肉痛や発熱・頭痛、呼吸や発声に使う筋肉に痛みが強く出ます。重症化すると心臓、脳、肺などに炎症を起こす場合もあり、まれに死亡する場合もあります。





 感染例はあまり多くありませんが、1981年の12月から1982年の1月にかけて三重県四日市市の旅館でツキノワグマの冷凍肉のサシミを食べた413人中172人(!?)が、発疹・顔面浮腫・筋肉痛・倦怠感などの症状を訴え、ツキノワグマの冷凍肉から旋毛虫が検出されました。このツキノワグマは京都府・兵庫県で捕獲されたもので、仕入れ業者は解体後販売時まで-27℃で保存し、三重県四日市市の旅館は仕入れ後は-15℃で保存し、刺身で客に提供していました。


 2016年には茨城県水戸市の飲食店で集団感染がありました。北海道で狩猟されたヒグマの肉のローストを常連客が持ち込み、加熱不十分なまま飲食店で提供したことによって感染したそうです。ヒグマを喫食した経営者を含む31名のうち、なんと21名が何らかの症状を訴えました。
 クマ以外にもキツネやタヌキ、アライグマからも旋毛虫が検出されていますが、日本では家畜やシカ・イノシシからは検出されてはいません。旋毛虫を予防するためにはしっかりとした加熱処理が必要です。低温に耐性があり、冷凍しても死滅しません。



「クマなんて食べないし大丈夫~♪」と言う方、残念ですが寄生虫はほかにもまだまだたくさんあります。カニは好きですか?「肺吸虫(はいきゅうちゅう)」という寄生虫がいます。主な感染源は淡水に住むサワガニやザリガニ、モズクガニなどの甲殻類、そしてそれらを食べたイノシシです。感染すると下痢や腹痛、発熱などに加え、喀血(かっけつ)や呼吸困難などの肺結核のような症状を引き起こします。脳へ侵入した場合、頭痛、嘔吐、てんかん様発作、視力障害などを示して死亡することもあります。関西地方、南九州でイノシシからの感染例が多く、地元の食習慣によりイノシシを生食した事例が多かったようです。

予防策ですが、こちらも生や加熱調理が不十分なままでジビエ、カニやザリガニを食べないようにすることです。





 さらに「ザルコシスティス・フェアリー」(東京都福祉保健局ほかではサルコシスティスなどと呼称)という寄生虫はウマや犬、そしてシカにも寄生します。馬刺しにより感染する事例が多く、軽度の下痢や嘔吐を起こします。2015年には滋賀県の飲食店で、加熱不十分な鹿肉のあぶりからも感染が発生しています。さらにこの寄生虫は爬虫類や鳥類にも寄生しますので、カモなどのジビエを食べる際にも十分に注意してください。こちらの予防策ですが、マイナス20℃(中心温度)で48時間以上冷凍処理すると、食中毒を防ぐことができます。
 ちなみに冷凍処理についてですが、寄生虫とひと言で言ってもそれぞれ別の生き物なので、低温に弱いもの、強いものがいます。特に旋毛虫の中には-18℃で5年間(!)生存可能な種類もあり、一般的な家庭用冷凍庫の平均は-18℃ですので、寄生虫の予防は出来ないと思ったほうが良さそうです。





【終わりに。誰のせいでもない、取捨選択するのは貴方】
 如何でしたでしょうか? 本当はジビエの生食のリスクとしてもっとたくさんの事例を紹介したかったのですが、文字数の関係でなかなかそうはいきません。私は危険だからジビエを食べるな! と伝えたいわけではないのです。他の命を奪い糧とするのだから、自分ではない“何か”を自分の身体に取り込むのだから、リスクがあるのは当然です。それはジビエに限らずとも同じこと。私が伝えたいことは、リスクを学び、正しく恐れ、適切に対処すればジビエは美味しく素晴らしいものだという事です。
 なお今回はE型肝炎ウイルスおよびザルコシスティスの画像は国立感染症研究所さまに、旋毛虫とウエステルマン肺吸虫イメージのモズクガニの画像は旭川医大寄生虫学講座さまに許可をいただき、お借りしました。
 さて次回は“狩猟動画”というジャンルについて、そして私が“狩猟動画”を撮り続ける理由についてお話させて頂きたいと思います。この連載を通して私の、私たちの想いが、少しでも誰かに繋がり、そして何かのお役に立てれば幸いです。





※参考
厚生労働省/「E型肝炎ウイルスの感染事例・E型肝炎Q&A」
長野県食品衛生協会/「信州ジビエ衛生管理ガイドライン・衛生マニュアル」
内閣府 食品安全委員会/「寄生虫による食中毒にご注意ください」
国立感染症研究所/「わが国における旋毛虫症」
横浜市衛生研究所/「旋毛虫感染症(トリヒナ症)について」
鳥取県庁広報課/「野生鳥獣肉(ジビエ)の衛生」
国立感染症研究所/「E型肝炎とは」「ザルコシスティス総論」ほか
仙台市役所/「クマ肉による旋毛虫食中毒が発生しました」
一般社団法人 日本感染症学会HP

編集部おすすめ