『ミシュランガイド』は毎年、新しい三ツ星レストランを誕生させる。この新情報が「気になって放っておけない」と語るのは、「世界のミシュラン三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男の過剰なグルメ紀行」の著者、藤山純二郎氏。
■三ツ星を獲る極上の魚料理がフランスの田舎町にあった
前回、地方料理が登場したので、もうひとつ、藤山の忘れられない地方料理を紹介しておく。
残念ながら、『2016年版』から、二ツ星になってしまったが、僕が食べた時は正真正銘の三ツ星レストランだった「ラ・コート・ドール」(現「ルレ・ベルナール・ロワゾー」)の名物料理がそれである。
この「ラ・コート・ドール」という店も、パリから248キロ、ブルゴーニュ地方のソーリューという人口約2500人の片田舎にあるから、かなり遠い。僕はレンタカーを飛ばして行ったが、パリから電車で行き、ソーリュー駅からタクシーで行ける。
シェフの名は、故・ベルナール・ロワゾー(1951~2003)氏。現在は、未亡人のマダム・ドミニク・ロワゾーがオーナーで、と、ロワゾー氏の愛弟子のパトリック・ベルトロン氏がロワゾー氏の名物料理を出している。
その料理名は、「皮付きサンドルの蒸し焼き、エシャロットのフォンデュと赤ワインソース」。メニュー名は「サンドル・ソース・ヴァン・ルージュ」。

はじめて店に行った時、レストランに併設されたホテルのロビーで、ばったり会ったロワゾー氏に、拙いフランス語で、一生懸命、この「サンドル・ソース・ヴァン・ルージュ」を食べたい旨、説明した覚えがある。なぜなら、ロワゾー氏には一切、英語が通じなかったからだ。
片言ながら、僕のフランス語が通じた時の、ロワゾー氏の笑みは、いまでも忘れられない。それに、僕にとっては、この料理、これまでに食べた料理の中で5本の指に入る、素晴らしくおいしかった料理でもある。
そう、「サンドル・ヴァン・ルージュ」……。
サンドルというのは、すずきに似た味の川魚で、日本には生息していない。ここでは、川すずきとでも言っておこう。
■生臭いはずの川の魚がシェフの手で生まれ変わった

赤ワインソースが一面に敷かれた大皿の中央に、カリカリに焼かれたこのサンドルが大皿に乗せられて出て来た。
ナイフとフォークで、その断面を切り裂くと、サンドルの白い身がソースの赤に映える。湯気がまだ出ている身を取り出し、赤ワインソースをたっぷり浸して口の中に。
「え?」 一瞬、驚いた。なぜなら、白身魚独特のもっと淡白な味を想像していたからだった。
それが……。いや、このカリカリに焼いたサンドルの身の味の良さ。
一般的に魚料理に赤ワインは合わないものだが、この赤ワインソースは、ロワゾー氏の一世を風靡した「水のソース」的で、コクがあるのに軽く、かつすっきりしてサンドルの良さを引き出したもので、あまりのうまさに絶句したことをよく覚えている。ロワゾー氏本人にこの料理をぜひ食べたいとアピールしたので、気合が必要以上に入っていた可能性もあるけれど。

さすが、伝説の三ツ星シェフ、ベルナール・ロワゾー氏のスペシャリテ中のスペシャリテだ。
この「サンドル・ソース・ヴァン・ルージュ」に代表されるように、ロワゾー氏には、ある料理哲学がある。
それは、従来の伝統的なフランス料理からバターやクリーム、オイルなどを排除し、肉の焼き汁、野菜のピューレなどを水でデグラセ(調理に使った鍋やフライパンに付いた煮汁にワインを加えて溶かして作ったソース)して、自分のオリジナルのソースを作り出すことであった。
それを「キュイジーヌ・ア・ロー(水の料理)」と名付けた。
この創造的な料理哲学を学ぼうと、彼の店「ラ・コート・ドール」で働きたいという志願者が1年に数百人も出たらしい。その料理哲学が、この「サンドル・ヴァン・ルージュ」に見事に生かされていたことは言うまでもない。

ちなみに、ベルナール・ロワゾー氏は03年2月14日、銃で自らの命を絶った。
原因はいまだに不明だが、ガイドブックの『ゴーミヨ』で、20点満点で19点を獲得していたが、03年版で17点に降格して、ミシュランでも三ツ星から二ツ星に降格するのでは、と気に病んでの自殺と言われているが、自殺後発表された『03年版ミシュランガイド』では、「ラ・コート・ドール」は三ツ星のままであった。
『ミシュランガイド』の星をめぐる事件は、これだけではない。
(つづく)